沢山の女の子に囲まれるって幸だぜ?
―――ヴァルーチェ魔術学園のある街、グレイのとある場所。
リッティは身を潜めながら何かぶつぶつと呟いていた。
「ったく……。なんで誰も応答しないのよ」
“教会”の絡んだ、失敗の許されない作戦。
“疎楽園”全員がいつでも連絡できるよう、せっかく“ステッカー”を配ったというのに、先程から応答が一切無くなってしまったのだ。
「返事がなきゃ、“通信魔術”も意味ないじゃない……」
アンピが言っていたように、“イゼーカの通信魔術”が、壁に阻まれるだけで通信が途切れる不良魔術だとしても、ここまで応答がないのは妙である。
―――皆交戦中で通信する暇など無いということか? いや、戦闘前には連絡を入れろと強く言ったずだ。“疎楽園”の事だから忘れてる可能性も大いにあるのだが……。
「んもーう! 誰か返事しなさいよ!」
リッティが苛立ちを顕に声を上げた時、ブツっとノイズのような音が彼女の脳裏に響いた。
『あー、もしかしてお前……、リッティだったりする?』
所々雑音が混じっているが、その声は明らかにタチバナのものだ。
久しぶりに聞こえた仲間の声にリッティは顔を明るくしたが、すぐに怒りが湧いてきた。
「なんで今まで返事しなかったのよ!」
他のメンバーとか違い、タチバナは作戦が開始してから一度も応答してくれなかったのだ。
どれだけ呼びかけても一切返事をしなかったので、最初からタチバナなんていなかったのでは?と内心疑いかけていたくらいである。
『いやー、悪ぃ悪ぃ。なんかボソボソ聞こえるなとは思ってたけど幻聴かな……って。返事したら闇堕ちするやつとか、生き別れた妹の声かな、とか思ってた』
「アンタ、『俺、生まれてこのかた一人っ子だから、妹とか欲しいわ〜』とか言ってたじゃないの!」
『生き別れてるかもしれないだろ?!』
大事な作戦中とは思えない会話だ。
タチバナが妹について騙り始める前に、リッティは話題を変える。
「で、貴方今何してるの?」
『ああ、今戦ってるよ』
リッティは吹き出した。
よりにもよって、戦闘中にこんなくだらない会話をしていたのか……。
『俺も殺すつもりだとしても、沢山の女の子に囲まれるって幸せだぜ?』
タチバナはそんな言葉を残し、再び通信が途切れた。
―――――――――――――――――――――
屋根の至る所に広がった、同じ顔をした少女の骸。
とある民家の屋根の上では、一瞬の間も無い、瞬間の戦いが繰り広げられていた。
「やっ!」「ほいっ!」
二人のアズラが駆け出し、迫り来る大剣と斧。
ミヤビは手に持った二本のシャーペンをそれぞれ、アズラの首元へ“瞬間移動”させる。
屋根のタイルを赤い斑点が彩り、倒れ付す二人のアズラ。屋根の傾斜により、ゴロゴロと縁へ転がっていくアズラを、更にもう一人のアズラが足で踏んで止める。
「いや~、酷いことするんすね。人殺すのに躊躇とか無いんすか?」
「そういうアンタは、“自分の死体”踏むのに躊躇とか無いの?」
ミヤビの問いかけに、アズラは鼻で笑う。その答えとでも、言いたげに、彼女は踏み止めていた“もう一人の自分”を屋根から蹴り落とした。
先程からこんなことの繰り返しだ。
どれだけアズラを殺めようと、一向に数が減ることは無い。ミヤビの魔術は暗殺には長けているが、多勢との戦闘では不利だ。しかもそれが無限の兵力を持つ敵ともなれば言うまでもない。
“全員のアズラ”が同時に攻めてこれば、為す術もないだろう。しかし、彼女“達”はそれをやってこない。チビチビと小出しして行き、弾切れを狙っているのだろう。―――これでは遊ばれているのと変わらない。勝負というより遊戯だ。
ミヤビは後ろポケットに手を回し、残りのペンの数を確認する。
「―――私も見てます?」
死角から聞こえるアズラの声。
ミヤビは反射的に魔術を行使しようとする。が、それより早く、刃物の凌ぎ合う音が響いた。
「俺を忘れるな!」
上空から振り下ろされた双剣を、アーサーの模擬刀が受け止める。
アーサーが力み声を上げ、アズラを弾くと同時、彼女の喉元にペンが刺さる。
「悪い。ありがと、アーサっち…… 」
「ふん。見てるいるだけ、というのも性に合わないからな」
死角からの攻撃はアーサーが受け、その隙にペンで倒す。即興だが悪くないコンビネーションだ。しかし、圧迫感の無い後ろポケットに、ミヤビは下唇を噛み締める。
「“弾切れ”っすか?」
機微な表情の動きも見逃さないようで、アズラは嘲笑うように問いかける。
図星を突かれたミヤビは正面のアズラを睨みながら、ブラフとしてブレザーの中に手を忍ばせる。
「“最初の私”に三本。それ“以降の私”には一本ずつ。合計十三本もつかってるんすよ。これ以上ポケットに入ってるとは考えにくいっすよね?」
「どうだろうね……。別にポケットだけが武器庫じゃないし」
「まだ俺がいるだろうが」
アーサーは居合斬りでもするかのように、剣を構える。
「“残刀”を使えば、一瞬だ」
「試したことも無い技に賭けるのは怖すぎるかな……」
実際問題、ペンの補給に行かなければこれ以上闘えない。ペンのある部室にまで行って、再び戻ってくるのは容易いが、アズラが部室で待ち伏せている、と考えると実行出来ない。
なにより、この場から一旦引くだけでも、ミヤビのプライドは許さなかった。
こうしている間にも、アズラ達が攻めてこないかと視線を向ければ、辺にいるアズラ全員が、皆もの難しそうに頭を抱えている。
全員が同じ体勢で、全員が同じ表情。その光景を見ているだけでも不安な気持ちになった。
しばらくして、一人のアズラが屋根から飛び移ると、その後を追うように他のアズラも屋根の上を後にして行く。
「どういうつもり?」
訳が分からず、ミヤビは叫ぶ。すると、最後のアズラがこちらに向き直った。
「他の“私”から救援命令が来たんすよ。申し訳ないっすけど、遊んでる暇は無くなったんす」
そう言うとアズラは、呆れた顔を浮かべ、面倒臭そうに屋根から飛び降りる。
「……追わないのか?」
「ごめん。もうペン無いんだよね……」
緊張の糸が解け、ミヤビはふぅと息を吐いた。アーサーも蓄積したダメージがたたったのか、屋根に膝を着く。
しかし、救援とはなんだ?
ミヤビは思考を巡らす。
遊んでる暇は無いと言うあたり、“疎楽園”の誰かが相手なのだろう。そして、あれだけの数が救援に行くのだ。相当手強いはずだ……。
一人の男が思い当たった。忘れもしない、“異世界”で初めて敗北を喫した彼が―――。
―――――――――――――――――――――
「ったく、“私”の癖に救援信号なんて……、呆れたもんっすね……」
そう呟いてアズラは、救援のあった目的地へと急ぐ。
口では強がってみるも、彼女の内心を徐々に不安が侵食していた。
“自分のことは一番自分が分かっている”。普段の自分が他の“自分”に助けを求めることなど無い。そして、脳裏にいつも聞こえていた、他の“自分”の声がどんどん聞こえなくなっていた。
「ま……、そんな事はないでしょうけど」
頭に過った“最悪の場合”。アズラは頭を振り、自身の想像力を否定する。
が、目的地に到着した時、アズラが目にしたのは、想像よりも悲惨な現場だった。
あらゆる所に転がり、山すら築く大量の亡骸。全員が、自分と同じ顔なのは言うまでもないが、その中心に立つ青年―――タチバナは狂人の如く笑うわけでも、悲しそうにする訳でも無く、たまたま面白いものを見つけた通行人のように飄々としていたのだ。
「おや? まだいたんだ。89人目となると、超そっくりな姉妹って線は流石に無いかな」
本来なら驚くべきであろう、“89”という数字だが、アズラの思考はそんな事まで考えられなかった。
“自分の亡骸”は見慣れている。が、これだけの数を持ってしてもタチバナには傷一つ、返り血の一滴すら負わせることができていないのだ。その事実に耐えられ無かった。
「あああああ!!」
気づけば、大声を上げてアズラは突っ込んでいた。
全員均一な力でも、自分なら勝てるかもしれない、という根拠も無い妄想を実行したのかもしれない。
「―――一時停止」
タチバナが静かにそう呟く。
と、次の瞬間、アズラの腹部に“死んだはずのアズラ”が槍を突き刺していたのだ。
何が起きたのか、理解する間もない中、最後の“アズラ”は倒れ付す。
一人立ち尽くすタチバナは悩ましげに頭を掻いた。
「“無限に増える後輩系の女の子”……。すっごい唆られるけど“教会”さんだしなー……。実に惜しいもんだよなぁ……」
そう言ってタチバナは路地を後にする。
悲しいことにアズラが完全にかませ犬です。相手が悪いですね。これは相性の問題でしょう。ヨツバとアーサー、アイスストーカー辺りなら勝てると思いますよ。
さて、内容とは関係ありませんが、今回でこのシリーズも100話になりました。ここまで続けられたのも、皆さんが読んでくれるおかげです。
次回は水曜日です。