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紅き瞳は夜に溶ける  作者: かな
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15/15

13章【偽りの救済者と皇子の嘘 ~毒の茶会~】


「……ヴァル」


ディアが小さく名前を呼ぶ。


「なんで、帰らないの?」


ヴァルは眉を寄せたまま、答えない。

苛立ちを押し込めるように、短く息を吐く。


「……茶だ」


「え?」


「混ぜられていた」


短く、言い切る。

ディアは意味が分からず、首を傾げた。


「毒だ」


はっきりと、告げる。

ディアの瞳が揺れた。


「……でも、私……平気だよ?」


「だから面倒なんだ」


低く吐き捨てる。


「普通の人間なら、とっくに死んでる」


空気が、わずかに冷えた。


「……死ぬ?」


その言葉に、ディアの声が小さく震える。

ヴァルは何も答えない。

ただ、肯定するように視線を落とした。




……違う、はずなのに

エミリアは、あんなふうに笑う人だった

優しくて、穏やかで――


少なくとも、誰かを殺そうとする人には見えなかった


なのに


どうして、胸がこんなにざわつくの



「……嘘、だよね」


言い切るように、呟いた。



■□■□



「……おい、いい加減にしろ

いつまで口を閉じてるつもりだ」


セオドールの低く、困惑した声が部屋に響く。

セオドールの手には、ドロリとした琥珀色の液体が入った小さな瓶が握られていた。

部屋中に広がるのは、煎じ詰められた薬草の、鼻を突くような独特の苦い香り。


「……やだ……それ、苦いもん」


ディアはベッドの上で毛布を頭まで被り、隙間から、拒絶の意志を秘めた瞳でセオドールをじっと見つめている。


「『やだ』じゃねえだろ……お前、森の毒草は平気で食う癖に、なんでそんなに嫌がるんだよ」


「毒草でも、お花みたいな味がする時もあるよ?

そのお薬は……なんていうか、悪いことしてるみたいな味がするんだもん」


「悪いことって……意味わかんねえよ」


セオドールは乱暴に頭をかいた。

戦場での負傷ならいくらでも手当てしてきた。

だが、この“お薬嫌いの少女”という強敵を前に、完全に行き詰まっていた。

力ずくで飲ませるわけにもいかず、かといって放っておけば、命に関わるのはレオンから嫌というほど聞かされている。


「ほら、一口でいい……飲んだら、後で何か甘いもんでも探してきてやるから」


「……本当? 本当に、甘いのくれる?」


「ああ、約束だ、だから――」


「ダメですよ」


背後から冷ややかな声が突き刺さり、セオドールは肩を跳ねさせた。

振り返ると、そこには腕を組んで入り口に立つレオンの姿があった。


「セオドール、物で釣るような真似はしないで下さい」


「……レオ、でも」


「薬の効果が薄れるので、しばらくは飲食は禁止だと伝えたはずですが?」


ディアがさらに深く毛布に潜り込む。

レオンの視線は、セオドールが持っている薬瓶へと向けられた。


「ディア様、その薬は、体内にある“毒”を抑えるために必要なものです

味が悪いのは分かっていまが、飲んでください」


「……飲まなくても、私は平気だよ? 」


ディアの呼吸は穏やかだったが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「平気ではありません

ディア様は自分の限界を理解していないだけです」


レオンは一歩ずつベッドへ近づき、セオドールから無言で瓶を奪い取った。

その表情は鉄のように硬く、一切の妥協を許さない「騎士」の顔だった。

けれど、薬を持つ指先が、わずかに震えているのをディアは見逃さなかった。


「お願いします、飲んで下さい」


ディアはしばらくレオンの瞳を見つめていたが、やがて諦めたように、ゆっくりと毛布から顔を出した。


「……わかった」


ディアは小さな手で瓶を受け取り、意を決して中身を飲み干した。


途端、顔が歪む。

舌の上を這い回る、えぐみと苦味。


「……っ、」


「よくできました」


レオンは短く告げると、彼女の口元を布で丁寧に拭った。

セオドールはその様子を、気まずそうに、けれどどこか居たたまれないような顔で見つめている。


「…………これ、いつまで飲み続けるの?」


ディアの問いに、レオンは答えなかった。

ただ、空になった瓶を握りしめ、微笑んだ。


「……レオンも一緒に飲んでくれるなら、次は大人しく飲んでもいいよ?」


「わかりました」


「……飲むの?これ、すっごく苦くて不味いよ?」


「知ってます」


即答で答えられ、ディアが困った表情を浮かべていると――レオンの足元の影が、ゆっくりと歪む。


影が、まるで“生きている”かのように蠢いた。


――次の瞬間。


「ッ、バカ……大人しくしてろ」


レオンが言葉を言い終えるのと、同時に一匹の黒い魔獣――クロが這い出してきた。

クロは寝ぼけたようにあくびをすると、ディアの膝元でごろんと喉を鳴らす。


一瞬、部屋が静まり返った。

誰一人として、言葉を発することができない。




「…………あ?」


真っ先に声を漏らしたのは、セオドールだった。

セオドールは目を皿のように見開き、ディアと魔獣を交互に見つめる。


「おい、レオ……お前が隠してたの、ソレか? 」


「……見るな、セオドール」



レオンの隣で、それまで静観していたテオが、獲物を見つけた猛獣のような目で一歩踏み出した。



「おや……やはり妙ですね」


テオは眼鏡のブリッジを押し上げ、食い入るようにクロを凝視する。

その瞳には、知的好奇心という名の狂気が宿っていた。


「以前見た時から違和感はありましたが……

なるほど、貴方が魔石無しで安定していた理由、“コレ”でしたか」


「クロはいい子だよ」


ディアが庇うようにクロを抱き上げるが、テオの言葉は止まらない。


「これほど貴重な“研究材料”を、独り占めしていたのですか?

魔獣を使った実験で、試したいものが沢山あるんですが」


「“研究材料”でも“魔獣”でもない、クロですよ」


レオンの顔が怒りと焦燥で歪む。


「クロが居なければ……私は此処にいなかったでしょうね」


本来なら、勝手に外へ出たディアに、二度とこんな真似をさせないと約束させるはずだった。

けれど、クロが露見した今、事態は「約束を破った」なんて次元を遥かに超えてしまった。



「お前……自分一人でこれを抱え込むつもりだったのか?

見つかれば、間違いなく処刑……良くて生涯研究施設送りだぞ」


セオドールの呆れたような、けれど危惧に満ちた声がレオンに突き刺さる。


「……分かっている、だから、隠していた」


レオンは吐き捨てるように言い、拳を固く握りしめた。



張り詰めた空気の中――



「……くだらん」


低く、吐き捨てるような声が落ちた。

全員の視線が、一斉にそちらへ向く。

部屋の隅。 壁に背を預けていたヴァルが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

赤い瞳が、クロを一瞥する。


「そんなもの、どうでもいい」


その一言で――空気が、歪んだ。

ヴァルの視線が、今度はテオへと向けられる。


「問題は――“誰が”手を出そうとしているか、だ」


静かに、一歩。

床が軋む。


「……協会」


その言葉が落ちた瞬間、空気の温度が変わった。


「妙な真似をしたな」


淡々とした声音。 けれど、その奥にあるのは、明確な“敵意”だった。


「呼び出し、毒、監視……」


指折り数えるように、言葉が並べられる。


「ずいぶんと手間をかけたらしいが――」


ヴァルは、わずかに口角を吊り上げた。


「で?」


わずかに首を傾け、続けた。


「何がしたい」


その問いは、場にいる全員ではなく――

ただ一人。

協会側に向けられていた。


■□■□


セオドールが、苛立ったように舌打ちをひとつ落とした。


「……なら、俺が直接話つけてくるか?

協会だろうが何だろうが、やりようはいくらでもある」


荒っぽい提案。 だが、この場の空気を変えるには十分だった。


「やめてください」


即座に、レオンがそれを制した。


「そんな単純な話ではありません」


静かな声。

だが、その奥にははっきりとした警戒が滲んでいる。


「証拠もない状態で動けば、こちらが“先に手を出した側”になります ……協会は、それを待っている可能性もある」


セオドールが舌打ち混じりに息を吐く。


「……面倒くせえな」


「ええ」


短く肯定してから、レオンはわずかに視線を伏せた。


「だからこそ――軽率には動けない」



その時だった。



「……なるほど」


テオの場違いなほど穏やかな声が、静寂を割る。



「証拠がない、ですか」


くすり、と笑う。


「では――少し視点を変えましょうか」


その視線が、ゆっくりと部屋の隅へ流れた。


「……そこに隠れているお二人に、協力していただくというのはどうでしょう?」


空気が、凍る。


「……ッ」


息を呑む気配。

次の瞬間――物陰から、二つの影がわずかに揺れた。


「出てきなさい」


優しい声音。

だが、拒絶は許されない。

しばしの沈黙の後、観念したように姿を現したのは――シーナとフィオナだった。


「……っ、最悪」


シーナが舌打ちする。

フィオナは、気まずそうに視線を落としたまま動かない。


「なんで私達が隠れてるの、分かったのよ」


「さて、どうしてでしょうか?」


テオは微笑んだまま答える。


「シーナ、話……聞いてましたよね?

ちょっと協会に行って来てください」


「……は?」


シーナの眉が跳ね上がる。

その反応を楽しむように、テオは目を細めた。


「理由ですか?」


わざとらしく間を置いてから――


「簡単ですよ」


一歩、近づく。



「シーナ」



名前を呼ばれた瞬間、空気が張り詰めた。



「貴女――私に隠れて、エミリア様と接触していましたよね?」



「……ッ」


シーナの瞳が鋭く細められる。


「……だから何?」


開き直るような声音。

だが、その奥にわずかな揺らぎがあった。

テオはそれを見逃さない。


「……楽しかったですか? エミリア様とのお茶は」


「……ッ、あれは――」


言葉が詰まる。


「妹を守るため、ですか?」



ぴたり、と動きが止まる。


「……図星のようですね」


くすり、と笑う。


「貴女は既に、協会と接触している ――つまり、“無関係”ではない」


一歩、距離を詰める。


「でしたら」


静かに、告げる。


「当事者として動いていただきましょう」


テオの口元が歪む。

その瞬間――



「おい、待て」


セオドールが、はっきりとした声で割って入った。


「話が飛びすぎてる」


シーナを庇うように、一歩前に出る。


「協会が怪しいって話と、コイツらを使うって話は別だろ」


視線がテオに向く。


「勝手に決めんな」


空気が、わずかに揺れた。


「……ほう?」


テオが興味深そうに目を細める。


「では、どうされます?」


「簡単だ」


セオドールは肩をすくめる。


「行くなら、勝手に行かせねえ」


一瞬だけ、シーナとフィオナを見る。


「オレが一緒に行く」


セオドールが即座に言い切る。


「話つけるなら、人数いた方がいいだろ」



だが――


「無意味です」


レオンが、静かに遮った。


「……あ?」


「魔女の騎士でもない、ただの騎士団が出向いたところで――相手にされるはずがない」


淡々とした声音。

だが、その瞳は冷え切っていた。


「相手は“協会”です」


一歩、前へ出る。


「形式も、立場も、全てを見てくる」


セオドールが舌打ちする。


「……だからって、お前一人で行く気かよ」



レオンは静かに頷いた。その瞳に迷いはない。


「私には……そのための“役”も、すでにありますので」


レオンの視線が、ゆっくりとシーナへ向けられる。


「――口利きは、シーナ様にお願いします」


「……は?」


シーナが眉をひそめる。


「ディア様は現在、意識不明にしておきましょう」


静かに、言い切る。


「その原因が“協会にある可能性がある”以上――」


一瞬だけ、間を置く。


「直接、確認する必要があります」


フィオナが、不安げにシーナを見る。


「……姉様」


「……ちっ」


舌打ち。

だが、拒否はしない。


「……フィオナを助けてもらった借りはある

それを返すだけよ」


視線を逸らしながら吐き捨てる。

レオンは、わずかに頷いた。


「助かります」


そして――


「責任は、全て私が負います」


その一言だけが、静かに落ちた。



■□■□


冷え切った石造りの礼拝堂に、レオンの足音が静かに響いた。

ステンドグラスから差し込む月光の下、一人の女が背を向けて立っている。



「……シーナちゃんも嘘吐きな子になったわね」


エミリアは振り返り、フードを外した。

その金の瞳には、昼間の穏やかさはなく、冷徹な諦念だけが宿っていた。


「ディア様に、何を飲ませたんですか?」


レオンは剣の柄に手をかけることなく、ただ鋭い視線で問い詰めた。


「……さぁ、私はディアなんて子――知らないわ」


エミリアは小さく笑った。

その声には、なんの悪びれもない。


「“終焉の白”と言えば分かりますか?」


「魔の森に住む魔女の子だもの、誰もが知っているわ……ところで、貴方は誰なの?」


「失礼しました

私はディア様の騎士――レオン・セリウスです」


エミリアは、ゆっくりとレオンに近づいた。


「私ね、嘘吐きな人は嫌いなのよ」


エミリアは再びフードを深く被り、影に溶け込むように背を向けた。


「レオニス様、あなたのその不器用な優しさが、いつかあの子を一番残酷な形で殺すことになるわ」



最後に残されたその一言だけが、ひんやりとした礼拝堂の空気に、いつまでも重く、冷たく響いていた。


「…………っ」


レオンは、彼女が去った暗がりの空間をただ見つめていた。

拳に込めた力が、行き場をなくして震える。


「ディア様」


レオンは深く、長く息を吐き出すと、ステンドグラスから差し込む冷たい月光を仰ぎ見た。

自分の“騎士”としての誓いも、“皇子”としての過去も、ここではただの足枷に過ぎないのかもしれない。


けれど、もう後戻りはできない。


■□■□


シーナから「大聖堂の裏手で、会いたがっている人がいる」と誘われた時、自分の企みが“失敗”したのだとすぐに理解できた。


「即効性でないとダメでしたね」


誰もいない部屋で、エミリアは小さく息を吐き出した。

事後処理の面倒さを嫌い、後から調べられても問題のない遅効性の毒――日常の摂取物や魔力の乱れとして処理できる禁薬を選んだが、それが仇となった。

反省しなければならない。

ディアが死んでいれば、すべては“疲れによる衰弱”で片付いたはずだった。


けれど、あの子は生きている。


「……終わらせてあげなくては」


エミリアの言葉は、静かな部屋に飲み込まれて消えていった。








礼拝堂の冷え切った闇の中で、エミリアは口元を歪めた。


ディアが会いにいてくれれば良かったのに、目の前に居るのは、魔女から生まれ、何の力も持たない第三皇子。


怒りを押し殺したその顔、精一杯“騎士”の皮を被って、大切なものを守ろうと足掻いている。その滑稽さに、思わず笑みがこぼれそうになった。


■□■□


エミリアと別れた翌朝。

レオンは、正面から堂々と聖協会へ足を踏み入れていた。

突然の来訪者に、ざわめきが広がる。

だが、レオンは彼らの視線を歯牙にもかけず、大理石の廊下を迷いのない足取りで進んでいった。


「はじめまして、エミリア様」


朝から協会内が騒がしかった原因が、今、自分の目の前に立っている。


「……ご要件はなんでしょうか?

朝から無断で立ち入るなど、騎士団の規律を疑ってしまいますが」


レオンはそんな言葉に眉一つ動かさず、むしろ優しく微笑むと、その場にいる全員に聞こえる明確な声ではっきりと告げた。


「単刀直入に申し上げます……エミリア様、貴女にかけられた『魔女殺害容疑』について、話を聞きに参りました」


その瞬間、室内の空気が凍りついた。


「なっ……な、何を言っているんだ貴様!」


「エミリア様に向かって、なんたる不敬を!」


周囲の神官たちが顔を真っ赤にして叫び声を上げる。

だが、レオンは表情を崩さない。


「不敬だと? ……この私に、誰に向かって口を利いている」


低く、けれど広間に響き渡る声。

レオンの瞳に宿る、薄らと淡い金色。

その瞳が、今は帝国の正当な血統を示す、何よりも重い証として輝いていた。


「私は第三皇子レオニス

帝国が庇護する魔女ディアに、不審な毒物の反応が確認された

私は彼女の主として、この疑惑を見過ごすわけにはいかない」


エミリアは、周囲の神官たちがその「名」の重みに気圧され、息を呑むのを静かに見つめていた。


しかし、エミリアの微笑みは崩れていない。



「……面白い冗談ですね、レオニス様

私が、同じ魔女であるあの子を殺そうとした、と?」


「冗談かどうかは、これからの調査で明らかになります」


「場所を変えても宜しいですか?」


エミリアはそう告げると、周囲の喧騒を背に、近くの応接室へとレオンを案内した。

重厚な扉が閉まり、廊下の雑音が完全に遮断される。

エミリアは優雅な手つきで茶器を扱い、淹れたてのお茶をレオニスの前へとそっと置いた。


立ち上るのは、昨夜、ディアの前に置かれたものとよく似た、けれどどこか違う、花の香りに似た湯気。


「毒味が必要ですか?」


エミリアが小さく首を傾げ、試すような微笑みを浮かべる。

だが、レオニスは何事もないように、迷いなくそのカップを取り上げ、優雅に口をつけた。


「蒸らしが足りないな」


「手厳しいですね」


エミリアは思わず、ふっと息を漏らすように笑った。

昨夜、“毒を仕込んだ”と告げた相手からの茶を何の躊躇いもなく飲み干した。


レオンはカップをソーサーに戻すと、冷ややかな瞳でエミリアを射抜く。


「お前の淹れた茶は不味いが、毒が入っていないことだけは確かだ」


「即効性でない可能性もありますけど?」


「“皇子を毒殺する”という愚を犯すはずないだろ

……本題に入ろう、ディア様に何を仕掛けた」


エミリアは自分の分のカップを持ち上げ、ひと口だけ口をつけると、そのままゆっくりとレオニスを見つめ返した。


「私は、ただ――救いたいだけです」


エミリアの言葉が、部屋の空気をわずかに震わせる。

朝の陽光が差し込む静かな部屋の中で、二人の視線は、再び鋭く交錯した。


「……身勝手な救済だな

貴女が飲ませた薬のせいで、ディア様は――目を覚まさないままだ」


「え……?」


エミリアの完璧な微笑みが、一瞬だけ、わずかに凍りついた。

茶器を持ったエミリアの指先がぴたりと止まる。


「意識不明、ということです」


レオニスは表情を一切崩さず、むしろ冷徹な静けさを保ったまま、エミリアに言葉の刃を突き立てた。


「昨夜、彼女の体調が急変した

呼吸は辛うじて続いているが、呼びかけにも応じない」


「……」


「エミリア様、貴女の言う“救い”とは、彼女を物言わぬ骸にすることですか?」


「…………」


エミリアは黙り込んだ。

エミリアの脳裏に、様々な仮説と、想定外の事態に対する焦りが一瞬だけよぎる。

だが、彼女はすぐに平静を取り戻し、冷ややかな視線をレオニスへと戻した。


「おいたわしいことですね、レオニス様

……ですが、私には心当たりがありません

証拠もなく私を罪人扱いなさるのは、それこそ不敬ではありませんか?」


「私は、証拠を掴むためにここへ来たと言ったはずだ」


レオニスは立ち上がり、エミリアを見下ろした。

皇子としての威圧感が、狭い応接室の空気を押し潰すように膨れ上がる。


「彼女は帝国にとっても最重要の“魔女”だ

その命に危機が及んでいる以上、私は彼女の主として、徹底的に調査を行う権利がある」


「……随分と強引なのですね」



エミリアの唇から漏れた薄氷のような言葉は、返されることなく空気に溶けた。


カチリ、と。


部屋に置かれた古びた時計の針が、重く、静かに時を刻む音だけが、これからの凄惨な嵐を予感させるように部屋に響き渡っていた。

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