転移者
師匠に拾われ、かなりの時間が経った。
正確な年数は一応覚えているが、わざわざ正確に言っても仕方がないので長い年月とだけ言っておこう。
その長い時間で私は実に多くの経験をした。
普通の人の数倍の時を生きてきたこともあり、積み上げてきたものは半端ではない。
今私が得た力も、その一つだ。
そんな私は今、立ち寄った街の飲食店で昼食を摂っていた。
「おい聞いたか。隣の国で大人数の転移者が現れたらしいぞ?」
「ああ知ってるさ。若い男女が一気に2,30人やって来たらしいな。不吉だぜ」
大して美味しくもないスープとパンのみの昼食。
おかずと言えば、こういった他の客の世間話くらいなものだ。
にしても、転移者か。
規模と年齢から考えて、恐らく学生がクラスごとこっちにやって来たんだろう。
可哀想に…こんな世界に望んでもいないのに…
さて、それはそうと同じ場所にこれだけの転移者が現れるとは…彼の言う通り、不吉だな。
この世界には転移者、転生者がおよそ30~50年に一度の間隔で現れる。
その数年後に決まって何かしら災いが起こるのだ。
転移者、転生者はその災いの前兆として現れ、時にその災いに対する特効となる。
だから、不吉な存在としてあまり好かれない。
「此度の転移者は随分と面白い力を持っているようですよ?彼らの世界と連絡を取る手段があるのだとか」
「そうなのか?すげーな」
「『ハイシン』という名の力だったと思いますよ。持ち主の名前は…ヒロトでしたかね?」
「変わった名前だな?」
「転移者の名前など大抵変なものですよ」
ハイシンの力を持つヒロト…
…配信?
それにヒロトって…どこで聞いたことがあるような?
「その話、興味がある。聞かせてくれ」
話に花を咲かせる2人の町人と1人の旅人に声をかける。
特に旅人。
私は彼から転生者に関する情報を引き出して、自分の記憶と照らし合わせる。
すると、おぼろげに浮かんでくる情景。
これは…高校時代の記憶か?
「…調べてみる価値はありそうだな。ありがとう、これは礼だ」
3人にはした金を渡して店を出る。
隣国なら、軽く走って行けば日没までには間に合うだろう。
本気を出せば十数分あれば十分。
道中で情報を集めながら行ってみよう。
私の予想が正しければ…今回の転移者は私の元クラスメイトだ。
別に彼らに特別な思い入れがあるわけじゃないが…この世界の理不尽から守る傘くらいにはなってあげたい。
そして…
「ヒロトの『配信』の力…興味深い」
もう帰ることの叶わない前世の故郷と連絡が取れるのなら…家族にこっちで上手くやっていることくらいは伝えてもいいだろう。
突然の事故で私を失った家族に、慰めの言葉をかけてあげたいと…もう欠片しか残っていないかつての『私』が言っている。
私は彼の力を求め、その地へ向かった。
◆
「うぅ~…腹減ったぁ…カップラーメン食いてー!」
ある国の街中。
数人の日本人と、彼らを護衛する騎士たちの集団が居た。
その中の1人である『永松普翔』こと俺は、空腹を嘆いていた。
「こっちの世界にそんなものはない。諦めな、普翔」
「くそ~!現実見せてくるなよ賢也!」
故郷の美味い飯を食いたい俺に現実を見せつけてくるのは、中学時代からの友人の松田賢也。
メガネをかけて真面目っぽそうな顔つきをしているが、髪を茶色に染めてるし、授業中はつまらないと堂々と寝るしであまり真面目ではない。
そんな奴だ。
「お前ら〜!スパチャでこっちになんかもの送れないのか!?あるだろそういうスキル!最近だと割と定番だって!」
――残念ながらそんな機能は無いね
――あったとしても送れるものなんて食べかけのポテチしか無いな
――ミント味のコーラとかどう?
――胡椒とか砂糖とかで荒稼ぎできないように対策されてるっぽい
――カップ麺送っても良いぞ〜。ショートケーキ味のやつだけど
「送れないのは知ってるけど、送ろうとする意思のある奴らが言ってるのが全部罰ゲームのやつじゃねぇか!こっちは真剣に困ってるんだぞ!!」
賢也に酷い仕打ちを受けた俺は、これを見ている奴に助けを求めた。
俺の能力、『異世界配信』によって俺たちの動きは元の世界に公開されている。
また、その中の機能の1つであるコメント機能で会話もできるが…まあ、この調子だ。
そもそも、俺の能力はかなり珍しいだけで、それほど使えるわけでもない代物。
期待するだけ無駄だったりする。
「まあまあ。落ち着いてよ普翔くん。もうすぐお店に着くだろうし、お腹いっぱい食べよう?」
そんな俺を諌めるのは、俺たちの班のリーダーである委員長の『飯沢初奈』。
長く艶のある黒髪が自慢の彼女は、今日も髪を強調するように動きをしている。
自他共に認める美人だからこそできる動きだな。
「そうだな委員長……けど、こっちの飯って味薄いしボソボソしてるしなんか臭いからなぁ…異世界でグルメなんて求めない方がいいぜ?お前ら」
――まあそんなもんよな。異世界にグルメを求める方が間違ってる
――期待できるのなんて珍味くらいなもんだろ。大抵食べるのは勇気がいるけど
――俺、転移転生するなら飯が美味い世界がいい
コメントの反応はこの通り。
俺のよく読んでた漫画とかだと、ドラゴンの肉!とかオーク肉のトンカツ!とかうまそうなグルメがあったが、そんなものはないのだ。
ドラゴンの肉なんて滅多に食えないし、そもそも毒がある場合が多く食に向かない。
オークの肉を食用にするなんて話はまず聞かない。
コメントにもあったが、転移するなら飯が美味い世界がよかったぜ…
そんなことをずっと愚痴りながら歩き、ようやくたどり着いた店。
酒屋を併設する、元の世界で言うところの居酒屋のような店で料理を注文すると…まあ、予想通り味の薄くぼそぼそして変な匂いのする料理が出てきた。
それでも贅沢は言えないと食べていると…店に酔っ払いが増えて騒がしくなってきた。
「お酒…こっちに未成年飲酒を咎める法なんてないけど、私たちが飲んだら炎上するよね?」
「そうだな真里。やめた方がいいだろうな」
俺たちの班、飯田班は5人のグループでそのうちの2人の女子の片割れ、森下真理が酔っ払いたちを見つめている。
彼女は家族が酒豪なためお酒に興味があり、お土産にこっちのお酒を持って帰ったら喜んでもらえるかな?と言っていたほどだ。
けど、もとが高校2年生でまだ転移して半年しか経たない俺たちが酒を飲むわけにはいかない。
こっちでは法に触れないとはいえ…ダメだと言われ続けた飲酒をしていいものか。
それは、未だに議論されている。
――酒って飲んだらダメなの?
――飲酒を取り締まる法自体はないから、現地で飲んでも問題はない。けど、それをメディアに流すのはどうなのか?って話
――法律上問題はない。けど、そういうのにうるさい奴がいるから自粛してるのさ
――この配信は小学生も見てるからな。コンプラ的に不味い部分でヒロトたちの意志で同行できる部分は控えてるんだよ
一応、元の世界にも18歳でお酒が飲める国がある。
そういう国で酒を飲む分には問題ないらしい。
だから俺たちが飲んでも何も言われないが…問題はそれを配信に載せること。
コンプライアンスの関係上、意識して避けられる部分は避けるべきだ。
けど、戦闘での血やケガは避けるのが難しいので見る側の責任ということになっている。
今のところ、俺の意思で配信を終了したり一時停止はできないからこその話だ。
なんて、内輪の話をしていた時だった。
「おいお~い、お前ら転移者かぁ?」
一人の酔っ払いが俺たちに絡んできた。
そいつは背が高く、体も筋肉もりもりのマッチョメンで、濃いひげの似合う豪快な男。
武器を携えていることもあり、彼が冒険者であることは一目瞭然だ。
そしてもう一つ。
…彼は強い。
「そこで止まりたまえ。彼らに何か用件があれば私を通してもらおうか?」
俺たちは何も5人だけで異世界を旅してるわけじゃない。
俺たちが転移してきた国の王様が、護衛の戦力を用意してくれているのだ。
絡んできた酔っ払いの相手をしているのは、俺たちを護衛している騎士のまとめ役であるスレイさん。
金髪碧眼で顔も整ったまさに『騎士』といった男性。
実力も4つある騎士団のうちの1つで副団長を務める猛者だ。
けれど、そんなスレイさんよりもあの酔っ払いの方が強い。
この半年で身に着けた察知能力が、そう判断している。
「不味いの…あやつ、ミスリル級の冒険者じゃ」
「マジかよ。シニャさんなら何とかできるか?」
「スレイ副団長と2人がかりならな…何事もなければよいのじゃが…」
酔っ払いの強さはミスリル級。
俺たちの護衛の中でもスレイさんと双璧をなす実力者にして宮廷魔法使いの一人、ハーフエルフのシニャさんがそう言った。
シニャさんは火・水・風・土の4属性の魔法を扱う小柄なハーフエルフの魔法使い。
70歳超えの人生経験の豊富さに何度も助けられている。
そして、酔っ払いの強さであるミスリル級は冒険者のランクの事だ。
上からオリハルコン、ミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、カッパー、アイアンの7段階あるうちの上から2番目。
スレイさんとシニャさんは冒険者の強さで表すとプラチナ級相当なので、酔っ払い強さが伺える。
逆に言うと、ミスリル級は騎士団長相当の実力者。
普通に国で数人とかのレベルのガチですげー奴だ。
…そんなすげー奴が、こんなところで何やってんだ?とは思う。
「なんだぁてめぇ?俺様を誰だと思ってやがんだぁ!!」
「知らんな。自己紹介をしてくれるのなら、名前は覚えておこう」
「うるせぇ!てめぇに用はねぇんだよ!!」
「ぐっ!?」
息を殺して様子を窺っていると、スレイさんが酔っ払いに殴られた。
防御はできたようだが、殴られた衝撃でスレイさんの体がこっちに飛んでくる。
俺は何とか避けられたが…
「きゃっ!?」
「真里!!」
真里は避けられず、スレイさんとぶつかってしまう。
――うわあああああ!!!
――マリちゃんがやられた!!
――何やってんだよあの酔っ払い!?
――テンプレ展開来た!…とか言ってる場合じゃねぇ!?ガチでヤバいぞこれ!!
――相手はミスリル級だぞ?勝てんのかこれ…
コメントもかなり荒れている。
確かにテンプレ展開ではあるが…こういうのって普通カッパーか強くてもシルバーあたりが絡んでくる奴じゃねぇのかよ!?
上から2番目の奴が絡んでくるとか、普通にやべーだろ!
流石に相手が悪すぎて俺達じゃどうしようもない。
かと言ってこのまま何もしなければ、酔っ払いVSスレイさん&シニャさんの大怪獣バトルが始まってしまう。
逃げるべきか…?
そう迷った一瞬、俺は左腕を掴まれた。
「いいっ――!!?」
俺の左腕を掴む力はとんでもないもの。
まるで万力で圧迫されてるみたいだ。
左腕を掴んでいたのは、やはりあの酔っ払い。
痛みで顔を歪ませる俺を見て…コイツは笑ってやがる!!
「ほっせぇ腕だな?背は高いくせにまるで肉がついてねぇ。転移者ってのはみんなこうなのか?ええ?」
「痛ぇ…!この!放しやがれ!!」
馬鹿にされ、頭に来た俺は酔っ払いの顔をぶん殴る。
こっちに来て半年。
戦い方というのはある程度覚えた。
体重をかけ、まだまだ未熟だが魔力も使って強化したパンチ。
だが、酔っ払いは俺のパンチを受けても1ミリも動かなかった。
…どうなってんだ?
「弱いな。その程度かよ」
酒臭い息を吐く酔っ払い。
アルコールの影響もあり、すこし熱い息とは真逆に俺の肝はどんどん冷えていく。
――逃げろヒロちゃん!!
――戦っちゃダメだ!スレイさんとシニャさんに任せて逃げろ!!
――殺されないよな?大丈夫なんだよな!
――異世界に飛ばされて半年。ついに犠牲者が…
――うそでしょ!?シニャさん何とかしてよ!!
視界の端で見えたコメント欄も大変なことになっている。
そんなことが分かるくらいに…まるでこれから死ぬみたいに…世界がゆっくりに見えた。
異様にゆっくりに見える世界で酔っ払いが拳を振り上げる。
その動きだけが通常速で見える。
(俺…死ぬのか…?)
そんな思考が脳裏をよぎる。
その時だった。
「そのくらいにしておけ」
誰かの声。
女性の冷たい声が聞こえた。
「……なんだお前。いつそこに立ってた?」
酔っ払いの声が真剣なものになる。
彼が振り返った先には膝下まであるフード付きの外套を身に纏い、その外套のフードで顔を隠している女性が居た。
彼女は振り上げられた酔っ払いの腕を掴んでいる。
こんな人…さっきまで居たっけ?
「おい女。手を離せ」
「手を放してほしいのか?なら、少年の手を離すべきだな」
冷たく低い声で威圧される女性。
しかし全く動じていない。
まるでそよ風に吹かれたみたいに、何でもない事のようにそこに立っている。
酔っ払いはそれに酷く腹を立てた。
「俺に指図してんじゃねえぞ女ぁ!!」
俺の左腕を掴む手を離し、外套の女性に殴りかかる。
俺が全く目で捉えられないほどの速度のパンチ。
恐らく、容赦なしの本気の一撃だったに違いない。
パァァァンッ!!という大きな音が鳴り、反射的に目を瞑ってしまった。
女性が殴られた。
そう思って女性の方を見ると、彼女は変わらずそこに立っている。
「う、がっ…!?」
逆に、酔っ払いの方が苦しそうな声を上げて膝をついた。
女性は酔っ払いの手を離し、後ろに一歩下がる。
それは…剣の間合いだ。
「な、なんだお前…?」
「………」
酔っ払いは女性を見上げる。
女性は黙ったままで、言葉に貸す耳など持ち合わせていない。
そんな態度だ。
「何と言ったらどうだ!?なんなんだよお前はッ!!!」
大声で怒鳴る酔っ払い。
…いや、女性に何かされて酔いが覚めてきたのか、声に理性が感じられる。
未知の強者を前に警戒している声だ。
「知らなくていい。知らない方がいい」
女性はそう言って、酔っ払いから俺の方へ目を向ける。
フードの奥にある顔。
そこにある白い瞳に見つめられ…言い表しようのない恐怖が、俺の心臓を握り締めるかのような錯覚をさせた。
「知らない方がいいだと…?余計に無視できねぇな。喋ってもらうぜ」
恐怖で足が竦んだ俺を正気に戻しくれたのは、酔っ払いの声だった。
いや、彼はもう完全に酔いから抜け出していて、理性的なミスリル級冒険者がそこに居る。
武器に手をかけ、女性を威圧する冒険者。
女性は冒険者の方を見てため息をついた。
「知らなくていいと言ったはずだ」
「それで納得すると思うか?」
「しないだろうな」
「じゃあ言ってみろよ。お前は何者だ?」
臨戦態勢の冒険者と、まるで戦う気が感じられないのに恐ろしくて仕方ない女性。
その二者の間に緊迫した空気が流れる。
「ヒロト君。ここを離れるぞ」
その時、シニャさんが耳元でそう囁いた。
振り返るとみんな逃げる準備をしていて、あとは俺だけだった。
返事は返さず俺もすぐに逃げようとしたとき、女性が口を開いた。
「何者、ね……知りたければ教えてもいい。『人理』と『評議会』に目をつけられてもいいのなら、な?」
『っ!?』
女性の言葉に、冒険者、スレイさん、シニャさんが息を呑む。
『人理』?『評議会』?何の話だ…?
頭の上にはてなマークを浮かべる俺の尻を誰かが引っ叩き、そのまま腕を引かれて店の外に引きずり出された。
「走れ!すぐにここを離れる!!」
俺たちを護衛している騎士の一人が俺の事を引っ張っており、スレイさんが今までに聞いたことがないほど焦った声で指示を出している。
何がなんだかわからないが……とにかくあの女がやばいことは分かった。
自分の足で走り、全員で店から離れる。
全力で走った。
そのはずだ。
それなのに……
「……我々に何の用だ!」
スレイさんが剣を引き抜き、睨む先。
そこにはあの女が立っていた。




