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【完結済】追放された荷物持ちは要塞でコーヒーを飲みながら元仲間の没落を眺める  作者: ろいしん


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第9話『ガラス越しの指紋』



 ゼインは立ち止まった。

 クレバスの底。そこに広がる光景が、脳の処理能力を超えていた。


 崩壊した氷のドーム。

 無残に砕け散った、巨大な魔物の残骸。

 そして——その中央に鎮座する、異様な黒い塊。


 キャタピラの跡を辿り続けて、半日。

 彼らがここに辿り着けたのは、要塞が残した「踏み固められた雪道」のおかげだった。

 幸運——あるいは皮肉か。要塞は、まだここにいた。


「……なんだ、ありゃ……」


 ゼインは息を呑んだ。

 広場の中央に鎮座する、黒い鉄の塊。

 馬車数台分はありそうな、巨大な鉄の箱。

 その表面は、どんな光も反射しない漆黒の装甲で覆われている。


「おい……あれを見ろ! 窓の中だ!」


 大柄な魔法使いベルトが叫ぶ。

 車両の側面に、透明な窓が並んでいる。

 その内側には、宝石のように輝くAランク魔石がガラスケースに美しく展示されていた。

 さらに、木箱には氷漬けの高級食材。極寒のダンジョンで完璧に保存された、蟹や魚介の山だ。


「宝の山だ……! これだけあれば、俺たちは……!」


 ゼインたちは狂ったように駆け出した。

 寒さも忘れ、雪に足を取られるのも構わず、その黒い城へと殺到する。


 だが。


 ガキンッ!!


 先頭を走っていたゼインが、鉄の箱の壁にぶつかって弾き返された。

 入り口が見当たらない。

 エアロックは固く閉ざされ、継ぎ目さえ見えないほど精密に噛み合っている。


「開けろ! 開けろぉぉッ!」


 ベルトが杖を叩きつける。

 だが、甲高い音が響くだけで、黒い装甲には傷一つ付かない。

 先日の戦闘で傷ついたはずの箇所も、完全に修復されている。


「くそっ! くそっ! なんで開かねぇんだ!」


 カーラが短剣で突き立て、エリスが魔法を放つ。

 だが、すべては無駄だった。

 アダマンタイト合金。

 伝説級の金属で覆われたこの要塞は、彼らのなまくらな武器では触れることすら許されない絶対的な拒絶を示していた。


「……あの窓! ガラスなら割れるはずよ!」


 エリスが指差したのは、側面の透明な窓——さっき中の宝が見えていた、あの窓だ。

 四人はその窓に駆け寄り、必死にへばりついた。


 ゼインは剣の柄で、力任せに窓を殴りつけた。


 ————ドォン!


 重い音が響く。

 だが、窓にはヒビ一つ入らない。


「な……ッ!?」


 それは無駄だった。

 透過装甲『クリスタル・アダマンタイト』。

 人力では傷つかない。


 四人は折り重なるようにして、その窓にへばりついた。

 中を覗き込む。


 そこは、別世界だった。

 柔らかな間接照明。ふかふかのソファ。

 壁一面に映し出された映画のスクリーン。

 そして、テーブルの上に置かれた飲みかけの黒い炭酸水と、食べかけのポップコーン。


 外の極寒地獄とは無縁の、暖かく、平和で、文化的な空間。


 そのソファの上で。

 リドが、毛布にくるまって幼児のように丸まり、無防備に眠っていた。

 足元には白銀の狼──フィンが、耳をピクリと動かしてこちらを一瞥したが、すぐに興味なさげにあくびをした。


     ◇


 車内。

 警告音が小さく鳴った。


『警告。外殻装甲に微弱な衝撃を検知。敵性体マナ反応、四名』


 シィの声で、俺は薄目を開けた。


「んん……なんだ……?」


『先ほどの追跡者です。侵入を試みて、窓を叩いているようです。迎撃しますか?』


 モニターを見る。

 窓の外に、必死な形相で張り付いている男たちの顔が見えた。

 ゼイン、エリス、カーラ、ベルト。

 かつての仲間たちが、まるでガラスケースの中の展示物を見るように、血走った目でこちらを睨んでいる。


 エリスに至っては、形相を変えてガラスに顔を押し付け、両手で必死に叩いている。

 口の動きからして、何か叫んでいるようだ。


「……」


 一瞬、胸の奥がチクリと痛んだ。

 だが、それも一瞬だ。

 俺はゆっくりとあくびをした。


「……一回だけ、音を入れてくれ」


『了解』


 外部マイクがオンになる。

 途端に、金切り声が雪崩れ込んできた。

 耳障りな懇願。プライドなどない。ただの悲鳴。

 俺は眉をひそめた。


「……シィ、もういい。遮断しろ」


『了解』


「外部音声遮断。ガラスの遮光率も上げてくれ。……眩しい」


『了解。……賢明な判断です。魔獣の群れよりも騒がしいノイズでした』


 スゥッ、とガラスの色が濃くなり、カーテンのように視界を閉ざしていく。

 外の絶叫が、プツリと途切れた。

 口をパクパクと動かす彼らの姿は、まるで滑稽な無声映画のようだ。


 俺は毛布を頭まで被り、再び夢の世界へと落ちていった。


     ◇


「待て! 待ってくれ! 閉めるなァァァッ!」


 外では、ゼインが絶叫していた。

 目の前で黒く曇っていくガラス。

 中の光が遮断され、完全な拒絶が突きつけられる。


「リドォォォッ! 起きろ! 俺たちを入れろ! そこは俺たちの場所だ!」

「開けろよぉ……! 頼むからぁ……!」


 彼らは必死に叩いた。

 爪を立て、顔を押し付け、唾を飛ばして叫び続けた。


 だが、要塞は沈黙したままだ。

 中からの反応は一切ない。

 完全に、無視されている。


 やがて、力が尽きた彼らは、その場に崩れ落ちた。


 残ったもの。ガラス一面の指紋。汚い脂の跡。

 磨かれた装甲を汚す、醜い「格差」の証明。



 ────その時はまだ

 彼らが叩き続けた騒音が深層の怪物を目覚めさせたことに、誰も気づいていなかった。

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