表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】追放された荷物持ちは要塞でコーヒーを飲みながら元仲間の没落を眺める  作者: ろいしん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話『残飯を奪い合うSランク』



 クレバスへ続く斜面。

 吹雪の中で、リーダーのゼインは目を細めた。

 何かがある。



 限界だった。

 エリスの魔力は昨晩で底をつき、もう「ヒール」も使えない。


 魔法使いのベルトは寒さで正気を失いかけ、呪文を唱えようとするが舌が凍りついて言葉にならない。

 大柄な体が、みっともなく震えている。


 赤髪の剣士カーラに至っては、もう言葉を発することすらなく、ただ機械のように足を動かしているだけだ。

 あの冷たい瞳は、今や虚ろだ。



 戻る道はない。

 既に深層に踏み込みすぎていた。

 本当は、俺が焦って深層への道を急ぎすぎたせいだ。

 ——リドを切り捨てた後、なぜか焦燥感に駆られていた。まるで、何かから逃げるように。

 認めたくない事実が、ゼインの心を苛む。


 そんな時だった。

 斜面の途中に、不自然な色彩が転がっていたのは。


「……あれは、なんだ?」


 近づいてみると、白い容器だった。

 中にはオレンジ色の液体がわずかに残り、強烈な塩気の匂いが漂っている。


「食べ物……?」


 エリスがふらりと歩み寄った。

 彼女の目は虚ろだ。

 最後にまともな食事を取ってから、もう二日が経過している。食料は凍りついて石のように硬くなり、噬み砕くこともできない。

 高貴な聖女の面影は消え失せ、今はただの飢えた動物のような眼光を放っていた。


「待て! 毒かもしれない!」


 エリスが飛びつく。汁を一気飲みし、瞳孔が開いた。

 濃厚な魚介の香りが、凍りついた嗅覚を圧倒的に刺激する。

 理性が焼き切れた。


 ベルトが横取りし、残った具を雪ごとかき出した。

 カーラが指ごと噛みつく。


「よこせぇ! 俺は前衛だぞ!」

「私が見つけたのよ!」


 Sランクパーティ。

 彼らが、たった一つの容器の残り汁を巡って、雪の上で取っ組み合いをしている。

 指先の感覚はない。だが、舌の上に垂れたその最後の一滴が、涙が出るほどに美味かった。

 雪原の上で、赤い血と、白い涎が混じり合う。

 美味すぎて、惨めだった。

 もはや人間としての尊厳など、どこにもなかった。


 だが、ゼインだけは動かなかった。

 彼は容器の側面を見て、凍りついていた。


「これ……文字が……」


 見覚えのある手書き文字。

 そして、鼻腔に残るスパイシーな香り。

 黒胡椒——あいつも料理にやたらと振りかけていた、あの刺激臭だ。


「……嘘だろ」


 ゼインは首を振った。

 認めるわけにはいかなかった。

 自分たちが泥水を啜っている時に、あいつがこんな上等な食事をしているわけがない。

 だが、その香りが、かつての記憶──リドが作ってくれた温かいスープの味──を残酷に呼び起こす。


「……リド、なのか?」


 その言葉に、争っていた三人が凍りついた。


「リド……? このゴミが?」


 エリスが容器を見つめる。

 よく見れば、それは明らかに人工物だ。

 こんなダンジョンの深層に、こんなものが落ちているはずがない。


 つまり、誰かがここで食事をし、捨てたのだろう。

 自分たちが餓死寸前で彷徨っているこの場所で。

 温かい食事を取り、不要になった容器を、ポイ捨てしたのだろう。

 ——それが、リドなのだろうか?


「ふ、ふざけるな……!」


 ベルトが容器を握り潰した。


「俺たちが泥水をすすってる時に……あいつは!」


 屈辱。

 奪い合った「餌」が、リドの捨てた「ゴミ」かもしれないという事実。

 プライドが砕け散る。


「許せねぇ……!」


 カーラが短剣を雪に突き立てる。

 彼女の目から、理性の光が消えた。


「殺してやる……! あいつを見つけ出して、すべて奪ってやる!」


 エリスも、もう祈りを捧げようとはしなかった。

 聖女の仮面は剥がれ落ち、そこには嫉妬と憎悪に歪んだ女の顔があった。


「そうよ……神様なんていない。奪うしかないのよ……私たちの『権利』を!」


 ゼインはゆっくりと立ち上がった。

 彼の目には、後悔も反省もない。

 あるのは、燃え上がるような殺意と、強欲だけだ。


「行くぞ。あいつは近くにいる」


 ゼインが指差した先には、キャタピラの跡が続いている。

 それは巨大なクレバスへと向かっていた。


「あの跡の先にいるやつを見つけ出せ。食料も、すべて俺たちのものだ。あいつはズル(チート)をして、俺たちの『運』まで盗んでいったんだ」


 そう。

 あいつだけが得をするのはおかしい。

 これは強盗ではない。不当に奪われた『権利』の回収だ。


「リドには……相応の報いを受けさせてやる」


 彼らは歩き出した。

 もはや冒険者ではない。

 歪んだ正義を掲げる強盗団に堕ちた彼らは、狂気を孕んだ瞳で、雪の荒野を進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ