第4話『弾薬費無限の掃討戦』
第六十一層。
ここは通称『氷牙の回廊』と呼ばれるエリアだ。
無数の氷柱が迷路のように立ち並び、その影には凶悪な魔物たちが潜んでいる。
「グルルルル……!」
行く手を阻むように現れたのは、白い体毛に覆われた人型の魔物たちだ。
スノー・グール。
集団連携を得意とするBランクモンスター。その数、五十体ほど。
通常なら、即座に撤退を選択する数だ。
五十体のBランク魔物に囲まれれば、Sランクパーティと言えども無傷では済まない。
『敵性生物を確認。スノー・グール、五十二体。進行ルート上に展開しています』
シィのアナウンスが響く。
だが、その声に緊張感は皆無だ。
「フィン、見てろよ」
「ワンッ!」
俺の膝の上で、フィンが勇ましく吠えた。
やる気満々だが、今日のところは観戦だ。
いきなり実戦に投入するのはリスクが高い。まずは俺たちの戦い方を覚えてもらう。
「シィ、迎撃開始。全部やれ」
『了解。戦闘モードへ移行………魔導多砲身銃、起動』
ズウン、と車体が微かに震えた。
ルーフに設置された砲台が旋回し、その銃口をグールの群れに向ける。
グールたちが一斉に襲いかかってくる。
奴らの爪は、鉄の鎧さえ紙のように切り裂く。
だが。
『射撃開始』
ガガガガガガガガガガガッ!!
轟音。
魔力弾の嵐が、グールを「消去」する。
次々と弾け飛ぶ肉体。
悲鳴を上げる暇すらない。
「すげえ……」
まるで画面越しのゲームだ。生々しさがない。
指先一つで、命がゴミのように消えていく。
そのあまりの呆気なさに、背筋が少しだけ寒くなった。
これが、要塞の力か。
……いや、考えるな。感傷に浸る時間はコストの無駄だ。
モニターの赤い点が消えていくだけの作業。
そう自分に言い聞かせ、残ったコーヒーを流し込む。
苦味が、少しだけ胸のざわつきを抑えてくれた。
『戦闘終了。経過時間、十二秒』
シィが淡々と告げた。
『敵性反応、全滅。弾薬消費、千二百発。コスト換算……魔石で三つ分です』
「……安いな」
魔石三つ。
市場価格にして銀貨三枚程度だ。
たったそれだけで、Bランクモンスター五十二体を殲滅したのか。
『さらに、魔導式飛翔体による自動回収を行います』
車両の後部ハッチが開き、数機の小型飛翔体が飛び立った。
それらは戦場を飛び回り、グールの死骸から魔石だけを器用に抜き取って戻ってくる。
『回収結果:魔石×52。その他、ドロップアイテム多数。現在の総在庫は魔石換算で約六十個。収支計算………黒字です。大幅なプラスです。……マスター? 口元が緩んでいますよ。悪趣味ですね』
「はは、笑いが止まらんな」
魔石は、一つで銀貨十枚の価値がある。
それが五十二個。
たった十数秒で、一般市民の年収に近い額を稼ぎ出したことになる。
これが「効率」だ。
これが要塞の「力」だ。
……調子に乗りすぎか? いや、事実を述べているだけだ。
俺はソファに深くもたれかかり、勝利の余韻を味わった。
フィンも「俺もやりたかった!」と言いたげに尻尾を振っている。
「よしよし、フィン。次はお前にも遊ばせてやるよ」
言ってから、ハッとする。
遊ばせてやる? 殺し合いをか?
いつから俺は、こんな好戦的な性格になったんだ。
フィンを撫でながら、俺は苦笑した。
これならいける。
この要塞があれば、どんな深層でも、どんな魔物が相手でも──
『マスター、前方に未踏破エリアへの入り口を検知』
「よし、進め。俺たちの理想郷はその先だ」
要塞は、グールの死骸を踏み越えて進んでいく。
◇
一方、その頃。
リーダーのゼインたちは、地獄のような状況に追い詰められていた。
「ぐっ……うぅ……!」
ゼインが呻き声を上げながら、小瓶の中身を一気に煽る。
彼らが今飲んでいるのは、市販の下級ポーションだ。
「まずい……ッ!」
吐き気を催すほどの苦味。泥のような食感。
そして、喉の奥にべっとりと張り付くようなえぐみ。
だが、飲まなければ傷は治らない。
昨晩、薪をケチるんじゃなかった。
ポーションの在庫を出し惜しみせず、早めに使っておけばよかった。
そんな「小さな節約」の積み重ねが、彼らの体力を確実に蝕み、たった二体のスノー・グールに苦戦するという醜態を招いていた。
「なんで……たった二匹に……!」
剣士のカーラが血の滲む腕を押さえながら叫ぶ。
いつもなら一撃で倒せる相手だ。
だが、寒さで体が動かない。指がかじかんで剣が握れない。
「リドのポーションは……こんな味じゃなかった……」
エリスが涙目で呟く。
彼女は知らなかったのだ。
リドが渡していたポーションは、彼がわざわざ味を調整し、飲みやすく調合したものだったことを。
「苦いとエリスが嫌がるから」という理由だけで、彼が夜なべして蜂蜜やハーブを調合していたことを。
「あいつ……余計なことしやがって……!」
ゼインは空になった小瓶を壁に投げつけた。
感謝するどころか、逆恨みだ。
自分たちが甘やかされていたことに気づかず、失った快適さを「奪われた」と錯覚している。
「進むぞ……! ここまで来て引き返せるか!」
ゼインが立ち上がる。
だがその足取りは重い。
戻るにしても体力がない。ならば前に進んで、どこかで休息できる場所を探すしかない。
彼らは知らない。
この先の広間で、要塞が別ルートから合流し、グールを殲滅した後だということを。
彼らの目指す先には、リドが蹂躙した後の「グールの死体の山」が待っている。
それを見た時、彼らは果たして何を思うのか。
絶望か、それとも──更なる殺意か。
彼らの行く手には、救いなど欠片も残されていなかった。




