第11話『最終通告・その他資産』
モニターに、評価結果が次々と表示されていく。
【食事コスト:赤字】
【戦闘貢献度:Eランク以下】
【精神衛生リスク:極大】
【裏切り予測:99%】
すべての項目が、警告色の『赤』で埋め尽くされている。
外部の音声を拾うマイクが、彼らの悲痛な叫びを拾い続けていた。
「リド! 頼む! もう来てるんだ! 後ろに!」
「いやぁぁ! 来ないでぇぇッ!」
アビス・ワームの影が、彼らを覆い尽くそうとしている。
巨体がバネのように収縮し、今まさに飛び掛かろうとする瞬間。
しかし。
いつもなら即座に出るはずの答えが、一瞬遅れた。
『……計算中』
『警告。マスターの感情係数がノイズになっています。除外しますか?』
「……いや、含めてくれ」
俺は拳を握りしめた。
これが最後だ。
この痛みも、迷いも、すべて飲み込んで、俺は彼らを査定する。
『計算完了』
シィの無機質な声が響いた。
同時に、外部スピーカーを通じて、俺の声が雪原に轟く。
「──計算終了。これより、結果を通達する」
その声は、拡声器を通したことで冷酷な機械音のように響き渡り、彼らの悲鳴を強制的に黙らせた。
ワームすらも、突然の大音量に警戒したのか、威嚇するように動きを止める。
巨大な口腔から空気が漏れ、奈落の底のような哮き声が周囲に響き渡る。蟷螂のように獲物を定め、いつでも飛びかかれる警戒態勢だ。
一瞬の静寂。
ゼインたちが、縋るような目でこちらを見上げた。
「り、リド……? 助けてくれるのか……?」
「よかった……やっぱりリドは優しいのね……!」
安堵の表情。
彼らは信じているのだ。
なんだかんだ言っても、俺が昔のように、自分たちを最優先に守ってくれると。
俺は、目の前に浮かび上がった魔導窓を指で弾いた。
「まず収容コスト。スペース確保、食料配給、汚物処理、メンタルケア……全部含めて算出」
俺は淡々と読み上げる。
「初期コストだけで、Aランク魔石50個分。さらに日々の維持費として、Bランク魔石が5個必要になる」
「な……!?」
ゼインが絶句する。
Aランク魔石50個。それは、彼らが命がけで1年働いても稼げるかどうかの莫大な金額だ。
「つ、償還する! 借金してでも返すから!」
ゼインが叫ぶが、俺はそれを無視して続ける。
「次に、君たちが生み出す|メリットの算出だ。戦闘力、労働力、特殊技能……過去の記録に基づき試算を行った」
俺は視線を落とす。
そこには、残酷な数値が表示されていた。
「ゼイン。君の剣術は脳筋。要塞内では破壊リスク大。評価:マイナス」
「カーラ。技巧派だが狭い場所では無意味。剣も刃こぼれだらけ。評価:ゼロ」
「ベルト。詠唱が遅すぎる。自動砲台より非効率。評価:ゼロ」
一人ずつ、その価値を否定していく。
彼らの顔から、血の気が引いていく。
ゼインは顔を真っ赤にして何かを喚いている。
カーラは青ざめて、必死に首を振っている。
ベルトに至っては、もう俺の言葉など聞こえていないのか、「腹が減った、腹が減った」と壊れたからくり人形のように繰り返しているだけだ。
醜い。
ああ、なんて醜い。
これが、かつて俺が背中を預けた仲間たちの成れの果てか。
そして、最後にエリス。
「エリス。君は回復魔法が使えると言ったな」
「そ、そうよ! 怪我を治せるわ! 絶対役に立つわよ!」
彼女がここぞとばかりに叫ぶ。
だが、俺は冷たく首を横に振った。
「この要塞には、高度な治癒魔導具がある。切断された手足ですら、1時間で完治可能だ。しかも、君の魔法のように痛みを伴わず、傷跡も残らない」
「え……?」
「加えて、君は精神的安定性が低い。ヒステリーを起こして要塞内の空気を悪化させるリスクが極めて高い。……よって」
俺は、ウィンドウを閉じた。
冷酷な死刑宣告を下す裁判官のように。
「四名のトータル評価額は、『算出不能なほどのマイナス』だ。君たちを乗せることは、ドブに最高級のステーキを捨てるよりも非合理的だ」
「そ、そんな……」
エリスがへたり込む。
ゼインが拳を震わせながら怒鳴った。
「ふざけるな! 人間だぞ! 俺たちは人間だぞ! モノみたいに計算してんじゃねぇ!」
「そうだわ! ひどすぎる! あんたには人の心がないの!?」
人の心。
その言葉に、俺は思わず失笑した。
「人の心、か。……それを、俺を置き去りにした君たちが言うのか?」
その一言は、鋭いナイフのように彼らの全ての反論を切り裂いた。
彼らは言葉に詰まり、口をパクパクと開閉させる。
「契約書を破り捨てたのは君たちだ。だから、俺も君たちを破棄する」
だが、俺はそこで一度言葉を切った。
喉が渇き、指が震える。
本当にこれでいいのか、という迷いが、最後の一瞬で首をもたげる。
「……一つだけ聞く」
俺は最後の情けをかけた。
「あの時、俺を追放して……君たちは少しでも心を痛めたか?」
もし、ここで「後悔していた」と、心からの言葉があれば。
俺は彼らを助けたかもしれない。
だが、ゼインは即座に叫んだ。
「い、痛めたさ!」
ゼインの声が裏返った。
本当に痛めたのか? 俺にはわからない。おそらく、ゼイン自身にもわからないのだろう。
「当然だろ! 俺たちだって辛かったんだ! エリスなんか毎晩泣いてたんだぞ!」
『警告。現在の発言に、虚偽反応を検出。……ただし、本人は真実だと認識している可能性があります』
シィの報告が、俺の耳に届く。
やっぱりな。
じゃあ、なんでエリスは今、俺を誘惑しようとした?
なんで、俺が捨てた容器の残り汁を「ゴミ」と呼んだ?
──ああ、そうか。
こいつらは、息を吐くように自分の記憶を改竄できるんだな。
「……嘘つき」
その一言で、俺の中で何かが完全に切れた。
俺はモニター越しに、エリスと目を合わせた。
かつて、俺が淡い想いを寄せていた聖女。
今はただの、醜い肉の塊にしか見えなかった。
「~~~~ッ!!」
エリスが、言葉にならない悲鳴を上げて絶望に顔を歪めた。
その時。
痺れを切らしたアビス・ワームが、ついに動いた。
巨大な顎を開き、動けない彼らに襲いかかる。
「うわぁぁぁぁッ!!」
「いやだぁぁぁッ!!」
絶叫が響く。
だが、俺はまだ終わりにするつもりはなかった。
このまま彼らが喰われて死ぬ。それも悪くないが、俺の胸の奥にある黒い感情は、それだけでは収まらない気がした。
俺の手が、コンソールの赤いカバーを開く。
中には、主砲発射用の引き金。
「……シィ。主砲、充填」
『了解。……ターゲットは?』
「ワームだ」
俺は操縦桿を掴み、要塞を旋回させた。
主砲の射線上に、ワームの巨体が入る。
その射線の延長上——彼らもまた、逃げる様子もなく立ち尽くしている。
「……巻き込まれるかもしれないが、それは仲間を捨てた彼らの自業自得だ」
俺は、震える指で引き金に触れた。
吐き気がする。
胸が張り裂けそうだ。
指が冷たい。
息ができない。
それでも。
それでも、俺はもう過去には戻らない。
「……さよなら。俺の、最低だった過去」
指が、引き金にかかる。




