広がる輪
「あの、今日は生徒会に行けないと連絡をお願いします」
ヴィオラの言葉にジョセフィンは心配そうな顔になった。
「どうしたの」
「カレーラス様の対応を頼まれています」
答えたのはケイトだった。ヴィオラの後ろに取り巻きのようにアンとケイトが立っている。
「そう。きっと、また、何か話が大きくなってるんでしょ」
ギク。ヴィオラはジョセフィンの鋭さに内心、ビビりながら、微笑んだ。
「そうよ、ヴィオラ、マナーを忘れちゃだめ。淑女は顔に感情を出さないものよ。まだ、笑顔がぎこちないから、二人を見習いなさい」
振り向くとアンとケイトはいつもの微笑を浮かべている。
「アン、ケイト。ヴィオラのこと、お願いね」
「お任せせください」
ジョセフィンの言葉に二人は力強く答えた。
アネモネ様が迎えの馬車をよこしてくれたので、三人で乗ると、すぐに馬車は騎士団の演習場に向かった。
カレーラスの対応と言いつつ、実際は歌による治癒能力の検証だ。
カレーラスへの教育の前に治癒能力を確かめたいという宰相の意向に従い、実験することになった。極秘のため、病院で治癒を試すではなく、訓練後の騎士の疲労を取ることになった。
騎士は入団時に魔法で誓約するので、秘密の漏洩を気にしなくていい。
「いらっしゃい。こちらへ」
アネモネ様が裏から案内してくれる。
「ヴィオラ? なぜ、ここに」
歩いている途中に声をかけてきたのはライルだった。平民のような簡素な服を着ている。
「ライルこそ、どうしたの?」
「最近、騎士団の訓練に参加させてもらっているんだ。身体強化の訓練に参加する人が増えたから、今までの練習だけでは追いつかれてしまうと思って。剣技を磨くんだ」
「確かに私は力押しばかりなので剣技は教えられないものね」
ヴィオラは納得した。
「それでヴィオラはどうしてここに?」
「騎士団に所属していない者には答えられません」
アネモネ様が代わって返事をする。
「どういうことだ。……誓約が必要ということか。それなら、大丈夫だ。俺はヴィオラに騎士として誓約している」
アネモネ様はライルをジロリと見た。
「それなら、団長に確認します」
ライルも一緒に演習場に行くことになった。
演習場は何もない広い土地だった。大きなグラウンドという感じで、大きな石とかもない。
そこに等間隔の同心円上に騎士が座っていた。
ライルと同じような服装で訓練用の服なのかもしれない。
円の中心に背を向けて座っている姿はシュールだ。
「団長、俺も参加します」
ライルが円の中心に立つ大男に言う。
「ヴィオラさんに剣を捧げているそうです」
アネモネ様が言うと、団長はにやりと笑った。
「なるほど。それなら、秘密を漏らすことはないだろう」
そばに行くと、団長はヴィオラに手を差し出した。
「初めまして。可愛い師匠さん。あなたのおかげでライルもちょっと強くなりました」
「初めまして」
カーテシーではなく、握手で応える。力での握り合い。さすがに強い。
「団長!」
気づいたライルが声を上げると、団長は手を離し、アンとケイトには普通に挨拶した。
「それでは、みなさんの疲労が消えないうちに実験をさせていただきます」
アネモネが説明をはじめた。
「治癒魔法を歌に載せて響かせる実験です。届く距離を測りたいため、歌を聞いたことで体調が良くなった人は右手を挙げてください。ないとは思いますが、悪化した方は左手を挙げてください。では、ケイトさん、お願いします」
「は、はい」
緊張した面持ちのケイトが前回、アネモネ様を治した歌を歌い出す。
一番内側の円上の騎士が手を挙げる。歌がサビに来ると、二周目の円の数人が手を挙げた。
「では、次にアン」
アンが歌うと、すぐに二周目の円上の騎士、全員が手を挙げた。それから、三周目、アンの前方の騎士が手を挙げるがそこまでだった。
「ありがとう。でも、思ったより、普通だったわね」
アネモネ様の言葉にライルが大きくうなずく。アンとケイトのすごさがわからないのかとヴィオラが不満に思っていると、アンがふと思いついたように言った。
「どんな歌でも歌い方でも同じなのかしら」
ヴィオラは考えた。治癒のイメージでいうと、おだやかな楽曲がいいのだろうか。オペラのように歌うのはどうなんだろう。
輪になって座っている騎士を眺めながら、考えた。
「あの、輪唱を試してみない?」
音楽祭で楽曲を決めるのに迷った時、アンとケイトに試してもらったことがある。ちょっとメロディが単純ということでやめた曲だ。
「やってみましょう」
「ケイトが先でお願い」
すぐにケイトが歌い出す。新しく手を挙げる騎士はいない。そこにアンが加わると二周目の騎士全員の手が挙がった。
「いい感じ」
サビの『かっこう』の部分になると、ざっと、三周目の騎士の手が挙がる。
輪唱がもう一周すると、四周目からも手が挙がり出していく。すぐに全員から手が挙がり、アンとケイトは歌を止めた。
「すごいわ。ヴィオラちゃん。その歌い方だけで効果が上がるなんて」
アネモネ様が感動したように言うと、団長がハーッと息を吐いた。
「凄すぎる。これから、どうするんだ」
そう言いながら、左腕をまくってみせた。
「ライル、証言してくれ。この腕には大きな古傷があったってことを」
傷一つない筋肉質の腕だ。
ライルが笑い出した。
「盛り上がっていた傷がすっかり、消えるなんて」
「動きも元通りだ。ありがとう」
団長が左腕をぐるぐる回す。
「もう、何が起きても、驚かないから」
アネモネ様がそう締め括った。




