婚約?
「それじゃあ、また、学校で」
手を振って、ヴィオラが帰るのを見送った後、ジョセフィンはジョージ王太子に向き直った。
「さ、本心を聞かせてもらいましょうか」
応接室に戻って、改めてお茶が出る。
「ねえ、ヴィオラのことを疑っているんでしょう?」
「疑って当たり前だろう。入学式の時にぶつかってきたんだぞ。護衛が止める暇もなかったんだ。今、思うと、身体強化してたんだろうな」
ジョセフィンは頬に手を当てた。
「怪しいところしかないものね。でも、もう、わかっているでしょう。ヴィオラがただの素直な子だってこと」
「君まで彼女に懐柔されているのか? イアンやライルだけでなく」
「懐柔ねえ。単に好きになっただけだわ」
「魅了の魔法かと思って、確かめてもらったが」
「何もなかったんでしょう」
「いや、未知の薬物かもしれない」
「自分が惹かれていることをそこまで否定したいの? 今日だって、影に命令すれば済むところをわざわざ、やって来て。ヴィオラに会いたかっただけじゃないの?」
「馬鹿な」
「あら〜、図星かしら。耳が赤くなってますよ」
ジョージはパッと耳を押さえた。
「貴族として、感情を表には出さず、いつでも穏やかでいること。私たちは小さな頃からそれが当たり前だと思っていたから。だから、ヴィオラの自由さに素直さにどうしても惹かれてしまうのよ」
「珍しいものに惹かれてるだけだろう」
「惹かれていることは認めるのね」
生徒会に誘った時の明らかに嫌そうな顔。真剣に武闘会の準備をする顔。気取った笑顔ではない、くしゃっと崩れる笑顔。
ジョージの頭にヴィオラのいくつもの顔が思い浮かんだ。
払い落とすように頭を振って、ジョージはジョセフィンをにらみつけた。
「武闘会でライルを優先したことが気に入らないんでしょう。だから、一々、絡んで」
「そんなことない。ヴィオラさんが本当に見たままの人間なら、あの才能を騙されて利用されないように管理する必要がある」
「いくらでも言い訳を思いつくのね」
執事がおずおずと口をはさんだ。
「お嬢様、だんな様がこちらに向かうとご連絡がありました」
「え? どうして」
正直言って、娘を政略結婚の駒としか考えていない父親だ。ふだん、この屋敷に顔を出すことはない。
「ジョージ殿下、時間も遅いことですし、このまま、お夕食を共にするのは、いかがでしょう」
執事の次の言葉にジョセフィンはわざとらしくため息をついた。
「ほら、影に任さず、殿下が直接来るから、面倒なことになる」
大喜びする父親の顔が目に浮かぶ。
ジョセフィンの言葉にジョージ王太子は本気でため息をついた。
「断れないか」
貴族の力関係的にもジョセフィンの父の誘いを断ることはできない。
「あの、夕食にはマヨネーズを使用した新しい料理を出すとシェフが張り切っております」
執事はそれで慰めたつもりらしい。
「さ、いつもの私たちに戻りましょうか」
ジョセフィンの言葉に王太子はうなずいた。貴族らしく本音は隠して穏やかに。
ジョセフィンと王太子は知らなかった。二人がヴィオラに惹かれる理由は『聖女は愛に囚われる』でヒロインのアリアに攻略対象者が惹かれていく理由と同じであることに。
次の朝、修行の時間になっても、ジョセフィンと王太子は現れなかった。
「たるんでいる。特に王太子。自ら修行に参加すると言い出しながら、サボるとは」
ライルは剣を振りながら、ブツブツ言う。
「昨日の後始末が大変なんだろう」
イアンはさらりと言った。
「後始末?」
「知らないのか。筋肉ばかり鍛えるんじゃなく、少しは頭を使ったらどうだ。情報は大事だぞ」
イアンとライルは頭脳派と筋肉派でタイプが全く違うせいか、すぐにマウントの取り合いになる。
「一体、何の話?」
ヴィオラが尋ねるとイアンは嬉しそうに話し始めた。
「昨晩、ジョージ王太子がジョセフィンの屋敷に泊まったという噂が広まっているんです」
「そう、娘を売り込みたい公爵が広めているって話もあるけどね」
アネモネ様が口を挟んだ。
「婚約までこぎつけるチャンスだものね」
「えっ、二人はそんな仲だったんですか?」
ヴィオラは驚いた。
この年で婚約というのは前世の記憶から異常に感じるけど、この世界の貴族では普通のことだというのもわかっている。
王太子とジョセフィンの距離はそれなりに近いけど、仲がいい感じはあまりなかったのに。
あっ。これがケンカップルという奴か。
「ヴィオラちゃんは変わってるのね。貴族の結婚に仲は関係ないでしょう。それに王太子が婚約すると聞いても平気なのね。その様子を見て安心している人もいるけど」
アネモネ様の言葉にまわりを見ると、ライルとイアンはサッと目をそらした。
「平気じゃないですよ」
そう言うと、ライルとイアンの視線がパッと集まる。
「だって、ジョセフィンは大事なお友達ですから」
ヴィオラがそう言うと。アネモネ様は大きく笑い出した。ヴィオラには何がおかしいのか、わからなかった。




