およばれ
「ねえ、本当にこれで大丈夫?」
「大丈夫です」
ミヤが言うなら、大丈夫なんだろうけど。今日はジョセフィンの家、と言っても、ハーモニー学園の近くの小さな別邸におよばれだ。友達の家によばれるのが初めてな上、マナーにうるさいジョセフィンに注意されるのではと不安でしょうがない。
ヴィオラは鏡の中の自分を見つめた。フリルもレースもないシンプルな薄いラベンダー色のドレス。コルセットもない。髪はハーフアップでドレスと同じ色のリボンで結んでもらった。銀色の髪にも紫の瞳にもよく合っている。
「地味じゃない?」
「コルセットなしの軽装でとおっしゃってたんでしょう。それにメイドの方にジョセフィン様のドレスは確認しました。シンプルだそうですし、色もかぶっていません」
ヴィオラの授業中、ミヤは他の生徒たちのメイドと交流を深めて情報網を構築しつつあるらしい。
「そんなことをするから、余計にジョージ殿下に疑われるんじゃない?」
「私が何をしても、お嬢様のしたことを考えれば、全然、目立ちませんから大丈夫です」
「え、疑われたの、全部私のせい?」
「ええ。お嬢様は世の中のバランスを崩し過ぎるんですよ。疑われる原因の一つ、グラント領が急に豊かになった事だって、豊かにしたのはお嬢様ですからね」
いや、でも、ゲームの中では母様を亡くしたことと貧しさから父様は犯罪に手を染めたから。断罪の運命を変えるにはグラント領を栄えさせるしかなかったんだし。
「くだらないことを言ってると、遅れますよ。さ、参りましょう」
ミヤはバスケットを手に取った。中には手土産の作りたてマヨネーズが入っている。バスケットは冷却の魔道具が取り付けられているので安心だ。
寮には迎えの馬車が来ていた。白地に金の飾りがあるロココ調の馬車だ。
豪華な外見だけでなく、乗り心地も良かったが、すぐにジョセフィンの家に着いてしまった。
「これが小さな別邸?」
建物は大きいし、ロココ調でお姫様〜って感じだ。
「いらっしゃい」
ジョセフィンは質素にも見えるベージュのドレスを着ていた。ただ、そうすると、余計に美貌が目立つ。
「本日はご招待いただき、ありがとうございました」
ヴィオラが丁寧に挨拶しようとすると、ジョセフィンは止めた。
「今日はマナーのことは忘れてちょうだい。学校じゃないんだし」
「いいの?」
「もちろん」
ヴィオラは大きく息を吐いた。顔がにやけてしまう。
ミヤはマヨネーズの説明をするために厨房へ、ヴィオラは応接室に案内された。
テーブルも椅子も猫脚で優美でジョセフィンにぴったりだ。
「来てくれてありがとう。ポテトチップスのレシピ、せっかくもらったのにうちのシェフがうまく作れなくて。ミヤさんが来てくれて助かったわ」
ミヤによると、これはジョセフィンの言い訳でジョセフィンはヴィオラを招待したかっただけらしい。
「だって、シェフがうまく作れないわけないじゃないですか。おまけに休みの日にヴィオラ様と一緒に来るようにって、お嬢様の言う『ツンデレ』で普通に招待できなかったってことですよね」
ミヤの言葉を思い出すと、ヴィオラは嬉しくなってしまう。ジョセフィンは休みの日にも会いたいと思ってくれたのだ。
「今日のお土産もお口に合えばいいんだけど」
「ヴィオラさんの作るものはみんな、美味しいですわ」
「ミヤが上手なだけです」
そんなことを言っていると、お茶とお菓子が運ばれてきた。小さなサンドイッチもある。
「お菓子はナッツのクッキーとベリーのケーキ。こちらのパンはお土産で頂きましたマヨネーズという調味料で合えた卵を挟んだものです」
執事が説明してくれる。別邸にもいるのね。
「どうぞ、召し上がれ」
と言いながら、ジョセフィンはサンドイッチに手を伸ばしている。食べる前にじっと見つめているので、ヴィオラは声をかけた。
「卵サンドって言うの。美味しいよ」
サンドイッチがあると、アフターヌーンティーっぽくていいよね。
ジョセフィンはパクリと食べると目を見開いた。
「あら、美味しい。このマヨネーズというのが合うのね」
「ハムやキュウリを挟んでも美味しいから」
そう言いながら、ヴィオラはケーキを食べる。少し甘めだけど、ベリーが新鮮。
「おいしい」
「よかった。グラント領って、美食の街って聞くから緊張しちゃった」
ヴィオラが前世の記憶で作りだしたメニューは近隣の領にも評判になっている。
「すごくおいしいよ。クッキーは香ばしいし」
ヴィオラは頬を抑えた。
二人で好きな食べ物の話をしていると、急に屋敷が騒がしくなった。
「全く、お客様がいるのにどういうこと」
ジョセフィンが少し怒った時にいきなり、ドアが開いた。スタスタと入ってきたのはジョージ王太子だった。後ろに執事が慌ててついてきている。
「お、お嬢様、ジョージ殿下がいらっしゃいました」
執事の声がうわずっている。
ジョセフィンがすっと、立ち上がって見事なカーテシーを見せたので、慌ててヴィオラも真似をした。
「いや、そんなにかしこまらないでよ。ちょっと、二人でお茶会って聞いたから、私も参加したいなって思って」
「お友達と楽しいひとときを過ごしていたのに無粋ですこと」
ジョセフィンが微笑んでいるが、目が怖い。
「まあ、許してよ。同じ生徒会の友達じゃないか。だから、殿下っていうのは無しで。学園と同じで身分関係なしで話そうよ」
執事やメイドたちが素早く用意した椅子にジョージ王太子は座った。お茶を飲んでくつろいだそぶりを見せる。
「仕方ありません。ヴィオラ、ごめんなさいね。この屋敷が学園に近いのが悪かったかもしれません」
「いえ、そんなことありません。私のせいだと思います」
きっと、直接、監視に来たってことだ。ヴィオラはため息をついた。
「これは何?」
「卵サンドというものでございます。グラント領ではサンドイッチという料理が人気だそうで」
マイペースな王太子に執事が説明すると、護衛がすっと、ナイフで切って、一部を食べた。
「あ、毒味はいいよ」
そう言って、ジョージも卵サンドを食べる。
「うん、いいね。おいしい。この調味料は何かな」
「これはマヨネーズと言って、何につけてもおいしい調味料なんです」
前世ではマヨラーだったに違いない。ヴィオラはマヨネーズを熱心に説明した。
そうしている内にジョージ王太子に監視されていることも忘れて、普通に会話していた。




