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Wing  作者: 光輝
■5部
18/19

4:あなたじゃないと、意味がない。


遠くの救助隊の声に、マリアは薄目を開けた。


目下に揺れる赤い髪、盾となって壊れたゼロに、マリアは奥歯を噛んだ。仰向けに寝かせ、いつものようにゼロの頬を叩く。

「……起きなさい、ゼロ……」


胸元に蜂の巣のようにあいた弾痕から、黒く細い煙があがる。

「っ起きなさいッ……」マリアの声に涙がかかる。

「命令ですわよゼロ、起きっ……ゼロ、ゼロ……」

真珠のような珠の涙がゼロの頬におちた。虚しくも水を弾くようなショート音が返るだけで、ゼロが目覚める事はなかった。


呆然としたマリアは痛む腹をおさえつつ、廃墟と化した自室の奥へ向かう。

ベッドで静かに横たわるヘレナは陶器のように白く、静かにこときれていた。マリアは呆然と後ずさり、血まみれの床に膝をつく。


救助隊の呼びかけに、マリアは静かに顔を上げた。

差し出された手をとらず、マリアは転がる銃を杖に立ち上がる。

血まみれの腕で涙をぬぐう、その瞳にかつての無垢な少女の面影はなかった。




静かな〔T-テオ-〕の足元では、救助隊により会長達の遺体がしめやかに回収されていた。


駆け付けたサムソンが見たものは、北条博士だった粉と、難を逃れたポッドから取り出された新しい北条栞だった。

エレナほど幼い赤ちゃんの北条栞の、鮮やかな翡翠色の髪が光る。サムソンは呆然と赤ちゃんを受け取った。


「……髪が緑に……〔T-テオ-〕の光で羊膜壁がコスモクロア反応を起こしたのか……」


記憶は情報に過ぎない。クローンは記憶を持たない。

サムソンは心に穴が空いたようだった。いつか北条博士が言った言葉が胸に刺さる。

《全部が終わったら、キミはこのクローンと好きに過ごすといい》

彼女は最初から、この結末をわかっていたのだ。


「……北条博士……君じゃないと、意味が、ないのに……」

サムソンはそう声を震わせ、溢れる涙に目を伏せた。




こうして夜明けとともに、悲劇は終わった。

裏の歴史に刻まれたこの日は、たった一夜の出来事だった。


新生マラークが誕生した瞬間、内部テロを起こしていた研究員たちは次々と倒れていった。

先の検視の結果、テロを起こした研究員たちの脳内にスティモシーバーの痕跡が確認されることとなる。


暴徒と化した研究員たちは〔AR軍の人道的救済活動によって制止された〕として、悲劇の一夜は〔イルミナの内部テロ〕という形で収束を発表された。爪痕は深く、13血流もまた統制に深手を負ったのだった。



大きな産声を、ウィングがきくことはなかった。

グレアの元に悲しい知らせが届いたのは、それからしばらくしてからの事。グレアの涙に誰もが目を伏せた。


イルミナ復興活動の最中、ミルクにどっぷり浸したかのような医療室は、棺のようにしんと静まりかえっていた。

ウィングが亡くなってからというもの、グレアはまるで人形のようだった。笑いもせず、泣きもせず、ただぼんやりと息をしているだけだ。

ウィングがいない、その言葉はグレアにとって何よりも残酷な現実だった。


そんなグレアに、アーロンは毎日面会に訪れ、返ることのない会話を投げかける。

今日はいい天気だよ、サクラの花が綺麗だよと。しかしグレアは返さない。ただ静かに、腕の中の赤ちゃんを見つめるだけ。

赤ちゃんの翼色の髪が太陽に輝く。

褐色の肌、赤い瞳、まるでウィングの生まれ変わりのような赤ちゃんは、無垢にグレアを見つめていた。



「グレア!」


ある日、アーロンが息をきらしかけつけた。赤ちゃんを起こさないよう、そっと扉を閉める。

動かぬグレアの手の平に、1つ輝くものをのせた。

グレアの視線がちらと動く。それはナットを粗削りにしたような、いかにも手製のいびつな指輪だった。

「ウィングの部屋の照明から見つかったんです」


ふとグレアの瞳に指輪の光が射した。2人で一緒に過ごしたあの日に、ウィングが「まだ内緒」と照明の上に何か隠していたこと。

そっと指にキスをして、愛し気に頬ずりしてくれたこと。声なき愛の囁きの数々を。

冷えた心の奥底が、ウィングのあたたかい思い出で解けるように溶けてゆく。


グレアは左手の薬指にそれを通した。いびつなリングは、ぴったりのサイズだ。

とたん言葉にできない感情が溢れ、熱い涙が一気にせきをきる。


ウィングの無邪気にふざける姿や、ふてくされる横顔、むせびなく姿や、優しい笑顔。

さりげない腕力や、無垢な優しさ。抱きとめて優しいキスをしてくれたこと、大丈夫だよって愛してくれたこと。


グレアは痛みに震えるような嗚咽を漏らした。熱い涙が赤ちゃんに落ちる。

赤ちゃんは小さな手でグレアの頬に触れ、春の雨のような温かい涙に濡れた。


「もっともっと、そばにいたかった。……いつまでもそばにいたかった。もっと喧嘩もしたかった、一緒に散歩したかった……

したい事も、してあげたい事も、たくさん……伝えきれてない言葉も、たくさんたくさんあったのよ……ウィング」


あなたじゃないと、意味がない。

あなたの隣でずっと、歩んでいきたかったのに。



……・……



……あれからもう、16年にもなる。


薬指にいびつに光るリングを見て、グレイシアは窓の外を見上げた。


イルミナ研究所という鳥籠に閉じ込められ、くる日もくる日も研究漬けの毎日。

卓上に並ぶフラスコや試験官の山を横目、そっと胸元から息子の写真を取り出す。


「今日でちょうど、16年……」


某郊外の荒野にたたずむ、イルミナ生命工学研究所。

地平まで続きそうな塀はさながら刑務所のようで、高圧電流の金網が蛇のようにとぐろをまいていた。


そこに一筋の光がさすのはそう遠くない未来の事。


……辛いながらも、日々は続いた。



ー おわり ー


MIB1st contact へ続く

次のページはあとがきです。

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