人斬りの子
「げほっげほっ」
ドボッと水を吐き出して苦しさで目が覚める。
大猿の攻撃で川に落ちてからの記憶がない。
どうやら溺れてしまい気を失っていたようだ。
「よかった。」
彼女はそう言って頬を両手で包むようにして瞳を覗いてくる。
人間のサイズになったアストリッドだ。
「ここは……」
まだ息苦しいが何とか声を出すとアストリッドが上半身を起こしてくれて辺りを見せてくれる。
霧の中でよくわからないが大分流されてきたようで、辺りは木々に覆われている。
茂みも多いので人が滅多に来ない森のどこかなのかもしれない。
「アストリッドが助けてくれたの?」
「いいえ、セラちゃんを助けてくれたのはカラスさんよ」
「そうなんだ」
お礼を言うためにカラスを探すが彼の姿は見当たらなかった。
立つために杖を探すが見当たらない。
どうやら杖は流されてしまったらしい。
背中に背負っていたリュックはアストリッドの横に置いてあるので少しホッとする。
エンシェントドラゴンを倒してお金はあったけどヒロは豪遊したり無駄な出費をすることを嫌っていたので新しい杖の事をなんて言おう。
それよりもヒロは?
「ねぇみんなは?」
「わからないわ。今カラスさんが辺りを探してくれているけど」
「カラスさんどこにいるんだろ」
「ここにおりまする」
『きゃっ』いつの間にか現れたカラスに驚いてセラとアストリッドが声を上げる。
「いつからそこにいたの!?」
「先ほどから近くにおりました」
「そ、そうなの?」
気付かなかっただけなら申し訳ないのでなんて言おうと思ったが、その前にカラスから
「ここから少し進み火を起こして休まれては」と提案があった。
確かに気付けば全身がびしょびしょで少し寒い。
アストリッドが妖精の姿に戻ってカラスの近くに行き「どっちに進めばいい?私が先に見てくるわ」と言うと「その姿ではなく人の姿で行動していただきたい。あなたのその光は目立ちます。」とだけ答え、アストリッドは少ししょんぼりしてセラの横に戻り人間の姿に戻った。
その後はカラスを先頭に進み始める。
「セラちゃん寒くない?」
「うん大丈夫だよ」
極力セラに草や木が当たらないようにアストリッドがどけてくれながら進む。
アストリッドはドジなところもあるがとても優しくて面倒見がいい。
エンシェントドラゴンの一件以来、毎晩セラの髪に櫛を通してくれるのも彼女だ。
そんなアストリッドはセラと同じ茶色の髪で頭の後ろでお団子の様に髪をまとめている。
可愛さと綺麗さをどちらも持ち合わせており、身長も高いのでセラにとってはお姉さんといった感じだ。
今もヒロたちとはぐれて心細いがアストリッドがいてくれて本当に良かった。
川沿いに進むと少し広い場所に出たのでカラスが木を集めて火を起こした。
その火にあたって温まりながら服を乾かす。
「ここはどこだか見当は付くの?」
「はい。水車村よりかなり下流に当たる場所で、今日中に水車村に戻るのは不可能かと」
「なら今日は野宿って事ね」
アストリッドの質問にカラスは黙ってうなずいだ。
辺りは暗くなっているのでセラでも今日無理に進むのはまずいということは分かる。
カラスの話では水車村より先は殆ど人の手が入っておらず、何がいるか分からないという。
動物などは火を嫌うが物の怪は違うかもしれないので火を起こすのは危険だと思ったが、カラスが見張っているので安心してほしいと言ってくれた。
とりあえず服を乾かしてこれからの事を話し合う。
今夜はここで朝まで待って明るくなってから水車村に戻り、仲間たちがいれば合流しいなければそのままオーガの村へ向かうことになった。
見張りをカラスに任せ眠りについてどれくらいかったったころ。
焚火のパチパチという音で目が覚めた。
辺りはまだ暗い。
どの位たったかは分からないが、カラスは腰かけて焚火を見つめていた。
「どのくらい眠っていたの?」
「3,4時間といったところです。」
「そっか、じゃぁ私が変わるからカラスさんも眠って」
「いえ、私の事は」
「なんで?私だって強いから大丈夫だよ」
「ヒロ様より命を受けております」
「ヒロから?」
「はい。セラ様をお守りするようにと。」
「じゃぁヒロ達と合流するまで寝ないの?」
「場合によります」
先ほどもそうだったが、カラスは口数が少ない。
ハルトもあまりお喋りではなかったがカラスは話すことを好まないように感じる。
人が嫌いなのだろうか。
それとも人と関わることが怖いのだろうか。
「それじゃぁ私も起きているからカラスさんの話を聞かせて」
「話せるようなことは」
「沢山あるよ。じゃぁなんでカラスって名前なの?」
「この名は族長に頂きました」
「族長に?お父さんやお母さんじゃないの?」
「私の両親は死に鴉に喰われていたのです」
「え……」
一気に気まずくなる。
聞いてはいけないことをいきなり聞いてしまったようだ。
「え、えと……じゃ、じゃぁカラスさんはオーガだけど他のみんなと違って肌の色が私たちに近いし角がないのは?」
「角はあります」
そう言ってカラスが額当てを外すとそこに小さな黒い鉱石のようなものが付いている。
他のオーガ達同様の角だったということが分かるが、どうやら折れてしまっているようだ。
「ご、ごめんなさい」
また気まずい事を言ってしまい後悔で謝るとカラスが察してくれたらしく話をし始めてくれた。
「私の父は人間から鬼になりました――」
まだサザラテラができる前。
この大陸はまだ一つにまとまっておらず複数の国が覇権を競っていた。
そんな中でカラスの父は人を殺すことを生業としており、100人の殺した人間の返り血を浴びて鬼の姿へと姿を変えた。
そして大陸の全ての種族が一丸となり魔王軍と戦いに勝利し西の大陸へ押しやった時に事件は起こった。
人斬りとして名が知れ渡り過ぎたカラスの父は仲間である東の大陸の人々に忌み嫌われたのだ。
戦いが終わった後も仲間だった者たちに命を狙われそれを返り討ちにし続ける。
そんな日々に嫌気が刺したカラスの父を受け入れたのが鬼達、今のオーガの村の族長たちだ。
カラスの父はその後人斬りをやめ、オーガの村で暮らしオーガ達に剣術を教え始める。
そんなある日、弟子であった黄鬼の娘と恋に落ちそこで生まれたのがカラスだった。
カラスが生まれた後に二人は少し村から離れたところに家を建てひっそりと暮らすようになった。
そして8年の月日が過ぎたある日、カラスの家は何者かに襲われカラスの両親は殺された。
オーガの族長の話では過去にカラスの父に恨みを抱いていた何者かの仕業ということだ。
カラスも瀕死の状態で朦朧とする意識の中、鴉が両親の死体に集まって貪っているのを眺めていた。
そこに異変を察した族長が現れカラスを救ったのだ。
その後、カラスは忍びとしてオーガの里で族長に使えているのだという。
「それじゃ、カラスさんには本当の名前があるんだね」
「いいえ」
「だって、8歳まではカラスじゃなかったんでしょ?」
「あの時、私は一度死んだのです」
「ダメだよ!だってお父さんとお母さんから貰った名前だもん」
「それでも私はカラスなのです」
「なら今度は私の話を聞いて!その後に貴方の本当の名前を教えてほしいの」
大きく呼吸をして息を整えると、前髪をどかしてカラスに両目を見せる。
だがカラスはセラの目を確認し特に表情を変えずにまた焚火の方へと視線を戻した。




