紅茶と妖精の粉
陶器のカップに入った紅茶をソーサーごと手に取り香りをかぐ。
あぁこの香り最高。
酒場でアルノを紹介された翌日、サザラテラ屈指の商業ギルド『カシミール商会』にやってきたヒロとセラに出された紅茶の香りにヒロは喜びを感じていた。
この世界に来てから1ヶ月が経とうとしているが、元居た世界で飲んでいた飲み物の殆どがここにはなかった。
酒やコーヒーはあったのだがヒロはどちらも好きではない。
何が飲みたいかと尋ねられたので、無理を覚悟で『ラプサンスーチョン』と答えると、まさかまさかで今ここに用意されたのだ。
ラプサンスーチョンは中国紅茶で、松の煙香の強い独特な香りが特徴的だ。
葉巻の香りに似ているとイギリス王室で愛されていたという説明を昔どこかで読んだ気がする。
日本では正露丸の匂いとか言われるそのお茶は、ドクターペッパーの様な謎の中毒性がある。
「はぁ…もうどうでもよくなってきた」
ヒロの心の声が少し漏れてしまった時に、隣ではセラが渋い顔をしている。どうやらセラには合わなかったようだ。
「マニアックなお茶を御存じなのですね」
ニコニコと笑顔で話しかけてくる中性的な顔に、開いているか分からないほどの細い目をした青年はカシミール商会のアルノだ。
ヒロは褒められるより少し変わっていると言われる方が喜ぶタイプなので、そこを見抜いて話しかけてくるアルノは確かに凄腕なのかもしれない。
「それでは昨日お話しした商談の条件に付いてなのですが」
アルノが契約書を取り出しヒロの前に差し出した。
その内容はレシピと引き換えに、今後のカシミール商会が販売したハンバーガー、ホットドックの利益の2割をヒロに渡すという内容だ。
ヒロたちが作るハンバーガーやホットドックのパンは街のパン屋から買ってきて、肉も肉屋から、そしてヒロが一人でマヨネーズとケチャップの調理をする。
材料費は一個につき4カパー掛かるので、一個10カパーで販売し、6カパーの利益が出る。
カシミール商会ほどの大きい商業ギルドであれば材料費を抑えられるし、他の街でも展開、そもそも一日で作れる量が段違いだろう。
それだけの展開をした商品の利益の2割となれば、働かなくても家が建つ可能性さえある。
しかし、しかしだ
「その条件なら断ります」
ヒロの言葉にアルノの細い目が一瞬大きく開いた。
「かなりいい条件だと思うのですが、何か気になることでもありましたか」
「実はドップラー商会にも同じような話を頂いているんですよ」
今度はアルノの表情は変わらない。ニコニコとこちらに微笑んでいる。恐らく気付いたようだ。
ヒロはそこら辺の冒険者より学がある。それもそうだ。元居た世界の人間と違って、この世界の人間は義務教育、というよりもそもそも学校に行っているわけではない。
早い者では15歳になる前に冒険者としてモンスター相手に戦い始める。
だが、アルノはヒロが異世界から来たことを知らない。
普通の冒険者だったら飛びつく好条件だが、ヒロからしたらアルノの提案は論外であった。
現に隣でセラはなんで?という顔をしてあわあわしている。
「それでドップラー商会さんからはどんな条件を提示されたんでしょうか」
アルノの質問にヒロは「あっとごめんなさい。ドップラー商会さんとは話したことはありませんでした」
そう返してもアルノの表情は全く変わらなかった。
「それではレシピを買いきることにしましょう。値段はそうですね…二つのレシピを合わせて100ゴールドなんてどうでしょう」
100ゴールド、その大金にセラが明らかに驚いた顔をする。
「嫌です。」
「ふぇっ」ヒロの一言にセラは変な声が出る。
「それではいったいどうしましょうか」
「まずはこちらからの最低限の要求を聞いてもらいましょうか」
相変わらず表情が変わらないアルノに対してヒロが話始める。
意味が分からないセラは目が回り、生きた心地がしていなかった。
――――――
「妖精の粉ゲットだぜ!」
「なんであんなに吹っ掛けたんですか!」
珍しくセラが積極的だ。というか、ちょっと怒ってる?
宿舎に帰ってきて、まずヒロは木製のコップに水を汲むとセラの前にコップを出す。
「浄化よろしく」
「浄化」
つい癖で浄化魔法を使ってしまうセラ。
「ありがとうセラ」
そう言ってヒロは能力石を握る。セラが魔力を使い切るのを確認するために魔道具屋で5カッパーで買ってきたものだ。
ヒロの手の甲に表示された数値を見ると、『魔力0』
それを確認してコップの水に妖精の粉を溶かし一気に飲み込んだ。
もう一度、能力石で魔力を確認する。
『魔力1』
小さくガッツポーズをした。
「それじゃ説明するからそこに座って」
セラをベットに座らせると、向かい合ってヒロは椅子に座った。
「セラはアルノにハンバーガーかホットドックを売った記憶があるかな」
「いいえ、私は多分売ってないと思います」
「それはそうだよね。冒険者がメインのお客さんだったから、商人が買いに来たら絶対に覚えてるはずだ。勿論、誰かが買ってアルノに渡した可能性はあるけど、包み紙も皿もなしに提供している食べ物を手掴みで誰かに買っていくことは考えにくい」
「つまりどういうことなんですか?」
「きっと衛兵の嫌がらせはアルノの仕業だよ」




