猫又の過去
サザラテラを出発してその日の夜にヒロたちは港町ジャポンについた。
初めてジャポンに来るときは足の速い馬車で7日もかかったことを考えるとさすがは飛行移動といった感じだ。
鬼の村はジャポンの北西、ウンディーネ達の居る湖の向こう側にある。
そこで今夜はジャポンに泊まり、翌日鬼の村へ向かうことになっている。
「それでケティがあの村に行きたくなかった理由って?」
遥か向こう側に見える明かりを見ながら月明りに照らされた彼女の隣に座る。
彼女というのはケティではなくウンディーネだ。
ジャポンについて仲間達を酒場に置いてヒロは一人でウンディーネに会いに来た。
というのも、今回向かう鬼の村にケティは行きたくないと言い、結局のところついてきたのだが最後まで理由を言わなかったのだ。
そこでケティと昔から仲が良さそうだったウンディーネに相談に来た。
「話してもいいが後ろで聞き耳を立てているぞ」
ウンディーネが指で後ろを示すと、聞こえたらしくケティが岩陰から出てきた。
「今更気にしたところで変わらないだろう化け猫が」
「だから化け猫って言わないでほしいニャ」
嫌がってはいるが今回はケティの元気がない。
「仕方ないニャ。ニャーから話すニャ。でもニャーの事も話すことになるかもしれないニャ?」
「構わないさ。それを聞けばこの男も私に愛想をつかす」
ウンディーネがヒロの顎をくいっと持ってからすぐに顔を横に向けさせた。
何があったか知らないが、ウンディーネのこういう美人なのになんかくさい感じのところがまたたまらなく可愛い。
他のウンディーネと違ってワンピースを着ているだけでなく、と言っても全部水なんだけど、大き目のベルトをワンピースの上かから着けてシルエットにメリハリをつけているのもポイントが高い。
「それで結局どっちが話してくれるんだ?」
いつまでも話が始まらないので催促すると、どうやらケティが話してくれるようだ。
「これから話すのはニャーが猫又になる前、まだ普通の猫だった話ニャ」
それからケティの昔話が始まった。
ケティがいたのはここから鬼の村よりさらに先の小さな村だったらしい。
そこに住む青年にケティは飼われていたのだが、ある日その青年は恋に落ちる。
長い髪に美しい白い肌、だが薄汚れた着物を着た女性。
人間の姿に変わったウンディーネだ。
気付いたらここにおり記憶がないと告げた彼女を青年は信じて一緒に住まわせることにした。
それから幾月かの時が流れ、ケティが20歳の誕生日を迎えることになる。
その頃にはウンディーネは仕事を覚え、青年は水を組み上げる水車を作り平坦な土地にあった村にはかなり広い範囲に田んぼが出来た。
聞く話だとその頃は水車は製粉するぐらいにしか使われておらず、恐らく揚水水車は彼の発案によるものなんだとか。
どうやら自分たちの湖から流れた水を上手く使っている青年にウンディーネは興味を持って接触したらしい。
村も豊かになってきて子供を作ろうと青年が告げようとした夜だった。
ケティの体に異変が起こる。
急に苦しくなると二本目の尻尾が生え始める。
綺麗に二つの尻尾が同じ長さになると痛みは消えたが、今度はケティの姿を見た青年が恐怖に声を上げる。
ケティの体がどろどろと溶け始めたのだ。
それにケティ自身が体の異変に気付いた時には家は巨大化したケティに耐えられず倒壊していた。
青い炎に包まれたケティを見た青年が一番最初に言った言葉。
「化け猫」
その言葉にケティは傷ついてその場から逃げ出した。
青い炎を纏った未知のモンスター。
誰かが欲しがったのか、未知の生物に挑戦したかったのかわからないが、それからケティは冒険者たちに命を狙われるようになった。
どの位の間逃げ回っただろうか。
逃亡に疲れたケティが最後に青年に会おうと村に戻った時、その村には誰もいなかった。
特に荷物がなくなったとかではなく、村人たちが突然神隠しにでもあった様だった。
「いたぞ!猫又だ!」
突如声がする。
声の主の方を見ると刀を持った鎧を着た男たちがこちらに向かっている。
鬼だ。
この村人たちがいなくなったのは鬼のせいだろうか。
「この村を襲ったのはお前たちか?」
気付けばケティは言葉を話せるようになっていた。
だが、鬼たちから答えを聞けることはなく戦闘になったケティは傷だらけになって逃げだした。
いったい青年はどこに行ったのか。
命を狙われても青年の事が気になってケティはこの土地を完全に離れることはできなかった。
だが、もう彼がいないのなら逃げるしかない。
行けるのだろうか。
行った事のない土地。
とりあえず川沿いにひたすら走る。
夜が明けようとした時だった。
見知った女がケティの前に現れる。
だが、彼女の体は薄い水色で反対側が見えるほど透き通っている。
「お前だったか」
「人間ではなかったのか?」
「あぁ、私はウンディーネだ」
ウンディーネは何があったかは教えてくれなかった。
だが、湖の近くの洞窟を教えてもらいケティはそこに住むようになった。
そして半年後、ウンディーネがケティの為に力を抑える腕輪を作ってくれてケティは今の姿になる。
名前と語尾はその時つけた。
その後、ケティは冒険者たちと共に各地をまわり第二の人生を送り始め今に至る。
これがケティの話してくれた話だ。
「それで、鬼の村に行きたくないのは殺されるかもしれないから?」
「そうじゃないニャ。正直今ならニャーの方が強いに決まってるニャ」
「ならなんで」
「察してやれ」
野暮な質問をしてしまったらしくウンディーネがヒロの肩を叩く。
そうか、昔を思い出したくなかったのか。
いや、元居た村の近くに行くのが嫌なのか。
ケティは無神経な猫だと思っていたが、実は闇を抱えていたのか。
むしろ無神経に見えたのは過去を忘れたり誤魔化そうとしていたからかもしれない。
「ケティ、今からでも間に合うと思うけどオグの方に行く?それともここで待っているか?」
無理やり連れてきて今更だがケティに質問すると、ケティがクスっと笑ってこっちを見た。
「もう何年も前の話ニャ。いい加減に心の整理をしろっていうことかもしれないニャ」
今夜はきっと月明りが強かった。
それくらいケティの顔がはっきりと自分の目に焼き付いた。




