ムラムラします。
金縛りという現象がある。
就寝中に誰かが上に乗っているかの様に感じ、目が覚めても動けないという奴だ。
金縛りと言うものにあったことがなかったから、すこしこれが金縛りか!と意気揚々と瞼を開くと、驚いたことに本当に人が自分の上にまたがっていた。
長いピンク色の髪、パーフェクトボディとは彼女の為にあるのではないかと言うほど強調された胸と尻。
さらにはそれを惜しげもなく見せつけるためだけと言ってもいい露出の高い服を着ている。
見事と言ってもいいくびれには一切のぜい肉はなく、気付いた時には手を伸ばしていた。
「あら、起きたと思ったらいきなり積極的なのね」
そう彼女に言われて完全に目が覚める。
ぼやけていた視界がはっきりとして、彼女の頭についた角と腰にある蝙蝠のような羽に気付いて正体を察した。
サキュバスだ。
男を二つの意味で昇天させる、夢のようで悪魔のような存在だ。
それが今、自分の上にまたがっている。
ここは自分の部屋だ。
宿屋なんかじゃない。
持ち家の自分の部屋だ。
窓に鍵は付いていないので、飛んで窓から入ってきたのだろうか。
そんなことを考えようと思ったが、一瞬で思考をかき乱される。
近い……。
一センチでも顔を上げればお互いの唇が重なると言ってもいい距離だ。
そして彼女の髪が頬に当たりくすぐったい。
ここまでなら何とか耐えられたかもしれないが、なぜか自分の服は脱がされており、彼女もいつの間に脱いだのか、自分の胸に彼女の胸がじかに押し付けられている。
「な、なんで……」
「なんででしょうね?」
そう言って彼女は下半身を右手でまさぐり「腫れあがったこれをお医者さんが治しに来たのかも」と笑った。
「お医者さんって……」
「お医者さんごっこは嫌い?男の子はみんな好きでしょ」
「嫌いじゃないけど……」
「嫌いじゃないけど?」
「保険適用外?」
「もちろん保険適用外」
あぁダメだ……。
このまま身を任せたい。
そんな事をしてしまえば死んでしまう。
でも、死ぬ前にいい思いはできる。
――いやいや死ぬわけにはいかない。
なにか萎えることを考えよう。
そうだ、ハルトとオグがよく風呂で背中の流し合いをしているのでそれを想像しよう。
「何を考えているの?」
「お風呂で流し合いをね」
「お風呂に入るならまず汚さないと――」
まずい。入る。
入ったら抗えない。
抗うわけがない。
俺の冒険もここまでか。
スライム娘を真っ白にしたい人生だった。
そう至高の瞬間を迎えようとしようとした時だった。
「そこまでニャ!」
バンと扉を開け、ケティが中に入ってくる。
「あら、男女のまぐわいを邪魔するなんて酷いペットね」
「ペットじゃないニャ!」
「まぁいいわ」
そう言うと彼女は人差し指にキスをし、その指で口を押さえてきた。
「この続きはまた今度ね」
そう言って翼を広げ窓から飛び去った。
「だから言ったニャ……」
ケティは床に転がった服をこちらに投げ、早く着ろと合図した。
――実はアルノが家に来て、エルフの里に同行してほしいという話を聞いた時に話が噛み合わず異世界転生がばれそうになった。
アルノの護衛だけならハリー達のパーティでいいのではと伝えたのだが、ちょうどハリー達はクエストの為に先にエルフの里に行ったのだとか。
しかし今回の同行はそのクエストとは関係なく、ヒロの知識を貸してほしいという事だった。
血が足りずに療養の為ほぼ寝たきりだったのだが、その間にタカシとよく食事を共にしていたケティ達はどこかでオークに革命を起こしたサトルと同郷だということを漏らしたのだろう。
エルフたちは元々人間達とはあまり関りを持たなかったのだが、30年ほど前に数が減り今の場所に移り住んだのだとか。
その関係で自給自足ができなくなり人間と交易をするようになったのだが、最近その収入が減ってきて産業の見直しをしたいようだ。
その話の最中に出身地を訊かれて濁したところ、追及されて危うい状態になった。
幸いケティが助けてくれたのだが、アルノが帰った後に仲間たちに自分が異世界転生者であることを明かすと、ケティが慌てた様子で全員に他言無用でいるよう強く言い聞かせた。
「神に選ばれた存在って言うのは、魔王側からしたらかなり目障りな存在って事が分かったかニャ」
「それでも当日に刺客が来るとは思わなかったよ」
「ニャー、確かにどこから漏れたのかニャ」
「サトルが転生者って誰か知ってたのかな?」
「だとしたらニャー達のせいかもしれないニャ」そう言ってケティは肩を落とす。
「もしかしたらアルノが転生者を知っていて感づいたって説もあるぞ」
「だとしたらエルフの里に行くのはやめるかニャ?」
「逆にアルノが黒か白か分かるいいチャンスじゃないかな。とりあえず転生者を公言するのがまずいのが分かったから気にしなくていいよ」
「ニャーがニャーをしっかり護るニャ」
「期待してるよ」
――――――
サザラテラ周辺の麦畑が終わり、馬車は森の中に入った。
馬車の運転席には二人の護衛についた冒険者が座り、荷台にはヒロとケティ、アルノが座っている。
ハーフエルフのセラをエルフの里に連れて行くのはまずいと思うし、本人も行きたくないと思いオグ、ハルトと共に置いてきた。
回復役のハルトがいれば3人で狼狩りができるし、生活費を稼ぐことができるだろう。
「じゃぁやってみるニャ」
「いくよ。――ブレイブ」
「何も起きないニャ」
「起こらないね」
「本当にニャーは四大属性の魔法が下手糞ニャ」
エルフの里は一日ほどで着くのだが、その道中が暇なのでケティに身体強化のスキルを教わっている。
武器で戦う戦士たちは剣の技があれば魔力はいらないかと言うと実はそうではない。
魔力を使って一時的な身体強化をすることができ、それにも魔法同様に属性がある。
例えば肉体を強化して攻撃力を上げるブレイブは魔力に火の精霊サラマンダーのイメージを練り合わせて発動する。
魔法で言ったら下級魔法に当たるスキルだ。
他にも風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネ、大地の精霊ノームの力を使った肉体強化のスキルを教わったのだがことごとくダメだった。
「浄化魔法は使えるのに、なんで他のウンディーネのスキルや魔法は使えないんだろ?」
「たしかにそれは不思議ニャ」
「なぁケティ、跳躍強化は無属性なんだからそれを教えてよ」
「ここで教えても無理ニャ。馬車から落ちちゃうニャ」
「まぁそうか」
「そもそも訊きたいんニャけど、ニャーは火ってなんだと思うニャ」
「酸素との燃焼反応とか?」
「どういう意味ニャ」
「例えば焚火なら、木に含まれる可燃性の物質が酸素とくっついて酸化したときに発生する熱なんだよ」
「酸素ってなんニャ?」
「今吸ってる空気」
「空気が燃えているのかニャ?」
「んーちょっと違うけど、空気が無きゃ火は起きないよ」
「そんなことないニャ」
「なら今度、焚火にバケツを被せてごらん。バケツの中の酸素がなくなったら火が消えるから」
ケティは納得いってないようだが、今度見せてあげることにしよう。
「じゃぁ水はなんニャ?」
「水素と酸素の化合物」
「母なる大地はどうニャ?」
「母なる大地ていうか、地中に含まれる窒素、リン酸、カリウムが――」
「もうやめるニャ!多分そのよくわからない知識が精霊の機嫌を損ねてるニャ」
ケティがポカポカと肩を叩いてくる。
でも、確かにケティが言う通りかもしれない。
中途半端に知っている知識が神秘的な精霊の力を行使する邪魔になっているのかも。
子供しか魔法を使えないなんて言う映画やテレビの話は、もしかしたらこういう事だったんじゃないだろうか。
「着きましたよ」
朝早くに出発したが、もう日も落ちて辺りは暗くなってきている。
だがエルフの里はそうではなかった。
「凄い……」
思わず声が出た。
エルフの里は背の高い木の森の中にあり、ドーム状のように木が空を塞いでいるのだがとても明るい。
その明かるさは各木々に取り付けられた宝石のようなものの明かりで、人間が使っている明かり代わりの魔法の石とはまた別のもののようだ。
アルノの方を見ると出迎えたエルフと話している。
にしてもエルフはイメージ通り美形が多い。
行きかう人はみな美しいブロンドの髪にとんがった耳。
女性たちが美人なのには異論はないが、男のエルフたちも中性的でメイクをしたら思春期と童貞の男は騙されるだろう。
「長老さんはすでにお休みになっているようですので、私たちも今夜は休みましょう」
「それではアルノ様、私がお連れ様を今夜の宿にご案内します」
「よろしくお願いします」
アルノと話をしていたエルフに連れられて里の奥の方に連れていかれたのだが、おかしなことにアルノとケティとは建物が違う。
というかアルノとケティは里の入り口の建物にある宿泊施設に入っていったので、明らかに自分だけ引き離されている。
「中にいる女はお世話係です。自由に使ってください」
「え?」
そう言うと、ここまで連れてきたエルフはささっと帰っていった。
自由に使えってどういう事だろう。
「こんばんは~」
恐る恐る扉を開けて中に入ると一人の女性のエルフが出迎えてくれた。
いつでも引っぺがしてくださいと言わんばかりの薄い服を着ていて、ご丁寧に布団まで敷いてある。
その布団の横で彼女は頭を下げたのだが――あぁそういう事ね。
服の上から見ても油断のない見事なスタイルの彼女を見て、今朝方喰らったお預けを思い出す。
あぁなんか――ムラムラします。
彼女の前に立って顔を覗くと、彼女はビクっと体を震わせ、怯えた表情を見せた。
20代ほどの整った顔、綺麗なエメラルド色の瞳に少し乱れたブロンドの髪が何とも言えない。
あぁ俺の馬鹿。本当に馬鹿。
だって、本当にムラムラしてるんだよ。
可能ならば今すぐこの感情を抜き去ってほしい。
でもさ……その前に彼女に言わなければいけない事がある訳よ――。
「あの……セラのお母さんですよね?」




