30歳と15歳
セラの髪の毛に卵白を揉みこんでいく。
「はいオーケー、ちゃんと先に湯船に浸かるんだよ」
「はーい」と元気よく返事をしてセラがお風呂場へ向かう。
セラの髪のケアをするのは二人の日課になっていた。
というのも18時頃には酒場以外の店はすべて閉まってしまう。
かといって、スマホやテレビが無いこの世界では夜の暇を潰せるものがほとんどない。
酒を飲むというという手もあるのだが、ヒロは酒があまり好きではなかった。
結果的にマヨネーズを作る際に必ず余る卵白を使ってセラの髪のケアをして時間を潰すようになった。
ちなみにシャンプーはないので代わりにオリーブオイルを使っている。
「浄化」
流しに置いてある桶にたまった水を浄化魔法で綺麗にし、手に付いた卵白を洗い流す。
この世界にはまだ水道がないので、こうやって流しには汲んできた水が置いてある。
結局、ヒロが初めに覚えた魔法は浄化魔法になった。
というのも、一日でもっともセラにお願いしていた魔法が浄化魔法で、これから先もセラにお願いするわけにはいかないと習得することにしたのだ。
桶の水に自分の顔が映る。
30歳の自分の顔…こちらに来ていくらか歳を感じさせる要素が加速的に増えているような気がする。
そういえば、セラの年齢は15歳だった。
ちょうど自分の半分。15の時に自分は何をしていただろうか。
まだ自分は闇の力を受け継ぐもので、秘めたる力が己の体から沸き上がり世界を滅ぼすとか考えていたころだろうか。
闇の力に抱かれて眠ってたかもしれないし、左手が疼いていたかもしれない。
最近だと、SNSに「あー、記憶飛んだと思ったら血だらけの大学生倒れてたわー、またやっちゃったわー、よくあるんだよねー」とか投稿している年齢だろうか。
セラの場合は女の子だから、どちらかというと高校生になりたてで、部活の先輩あたりに恋心を抱くころかも。
都会だったら、街であった大学生に……。
そこまで考えてなぜか胸に疼き…というか痛みを感じた。
恋心ではない。
親心に似たようなものだろうか?年齢的には養子の娘って感じだけど。
全国のお父さんたちが娘の結婚式で泣くのがほんの少しだけど分かった気がする。
――こんなことをしてる場合じゃないな。
二階の自分の部屋からアルノ、つまりはカシミール商会との取引で受け取ったものを持ってくる。
この世界には電球がないが、光り続ける魔法の石がある。
寝室を常に明るくするわけにはいかないので、各部屋にはランタンが置いてあり、逆に1階は常に魔法の石で明るくなっているのだ。
そんなわけで読み物をするようなときは1階の方が都合がいい。
ドンっと机の上に荷物を置く。
カシミール商会から受け取ったものは100ゴールドとこの家、妖精の粉以外にも沢山ある。
まずはこの世界の正確な地図だ。
オッサン(神様)から貰った本にも地図のページはあったが、かなりざっくりしていて詳細な村や都市の場所は明記されていない。
生き物の皮に描かれたこの地図には小さい集落まで詳細に載っている。
次に、モンスター図鑑 上、中、下巻。
分厚いこの本たちは現在、可能な限り判明しているモンスターの生態、生息地などが記載されている。
この二つがあれば攻略可能な地域と人外娘たちの生息する地域を当てはめて今後の目標を決めやすくなる。
あとは、スキルの値段と説明が書かれているスキルカタログ各ギルド分とカシミール商会で扱える食料品のカタログを用意してもらった。
この世界ではまだ本は高級品で、聖書などは1ゴールドもする。
なので、こういったものは殆ど出回っておらず、値段もその本の必要を疑うほど高い。
これだけ手に入れば、駆け出し冒険者としては大成功だろう。
地図を見ながら各本のページをめくり、今後の目標を立てる。
したい事はとりあえず3つある。
一つ目はこれだ
ヒロは机の上に設計図の描かれた紙を置く。
そこにはリボルバーの設計図の出来損ないが描かれている。
この世界では本が高いといったが、紙も高い。
というか、紙が高い。
A4サイズほどの紙が1カパーもする。
墨で書き、消しゴムがあるわけでもないので何度も間違えては書き直すということができない。
ちなみになんでこの設計図が出来損ないかというと、引き金でハンマーとシリンダーを動かす理屈は大体理解している。しかしバネを3カ所使用していた気がするのだがどこだか思い出せない。
試作品を実際に作って試せるわけでもないので、これが正しいのかわからないのだ。
銃弾に関しては雷管をどうするかも考えなければならない。
二つ目は食の問題。
サザラテラに食事をする場所はいくつかあるが、今のところ冒険者ギルドの酒場しか使っていない。
もしかしたらパーティに入ってくれる冒険者に出会えるかもしれないし、なによりどこへ行っても似たり寄ったりの料理しかないからだ。
なぜか香辛料はほぼ世界中のものが揃っているにもかかわらず、食文化は偏っている。
大体がジャガイモ+なにか、肉+何か、おまけでパンといった感じだ。
魚は塩漬けのものしかなく、特に美味しくもない。
要は和食と米が食べたい。
わさびはあるので、たまにわさびをつけて和食気分を味わってはいるが、やはり日本の味が恋しくなる。
サザラテラの東の港町に東洋人ににた容姿の人間が住んでいるらしいので行ってみたいが、馬車で数日かかるようだ。
三つ目はやはりパーティの問題。
東の港町に行くにも、銃の製造法が見つかったとしても、サザラテラの外に出るにはやはり仲間がいる。
100ゴールドという大金があるのでいっそ雇ってしまおうかと思ったが、それはなにか違う気がする。
どうしたもんかなぁ
頭を掻きむしっているとセラがお風呂から出てきた。
椅子に座るとセラはお願いといった目でこちらを見てくる。
「わかったよ。魔法使って」
「――温風…」
セラの右手から温風が発生する。ヒロはその手を掴んでタオルを髪に押し当てながら乾かしていく。
温風――魔力1消費事に約30秒間片手の掌に現れる魔法陣から温風を発生させる。要は片手がドライヤーになる魔法だ。
というか、呪文を唱えたときドライヤーにしか聞こえない。
この世界は髪をタオルドライするにはタオルの吸水力は高くない。
柔軟剤があるわけでもないので、クマのぬいぐるみが飛び込んできそうなふっかふかのタオルは存在しないのだ。
夏場はいいのだが、冬場はきつそうなので浄化魔法の次はこの魔法を練習してもらった。
乾いた髪にくしを通す。
「はい、これでおしまい」
「ありがとう」
「鏡見ておいで」
セラが嬉しそうに笑顔でこちらを見た後、鏡の前に小走りしていく。
かなり立派な鏡をこの家に備え付けで用意してもらったのだが、鏡って高いんじゃなかったかな。
「そういえばセラ、今後の目標を決めたいんだけど、何かしたい事あるかな?」
「もっと美味しいものが食べたい!」
「美味しいものか…」
港町を目指してみるか。
明日カシミール商会のアルノに相談でもしてみよう。
そう考えながらヒロはお風呂に入ることにした。




