004_異世界生活始めます
「起きて下さい直哉さん、朝ですよ」
誰かが俺の体をゆすってる、やめてくれまだアラームも鳴ってない。
「アラームまだ鳴ってないから、もう少しだけ寝かして」
「あらあらまあまあ。そーれお寝坊さんの毛布はこうだー」
「ふぁあああ、寒いーーーー、だ、誰だ俺の毛布を、、、あーはん?」
朝日が差し込む部屋には、昨日のエプロン姿のセシリアが、俺からはぎ取ったふっかふかの毛布をぎゅっと嬉しそうに抱えている。
「ほら、起きて下さい。今日は色々やる事目白押しなんですから。朝ごはんもそろそろ出来ちゃいますから、顔洗って着替えて来て下さい」
彼女が指さす方向にある洗面台に、水の入った洗面器と男性用か?茶色いズボンと白いシャツ、茶色いベストが置いてある。
「ふふ、私が着る事無かったですから、新品ですよ。自分のお洋服とかは作ったりしますけど、流石に男性用は……あれ、直哉さん実は女性って事有りませんよね?」
彼女がまさかって顔でこちらを見てる。
「流石にそれは無いですね……無いよな」
そう、俺は昨日顔だけ見てまだトイレにすら行ってない。マルケッタも俺の転生先の性別に一再言及もしてない。怖い……確かめるのが怖すぎる。が、確かめずにこの先に進めるわけも無い。俺は意を決して、股に手を突っ込む。
「……ふう、有る」
相棒の感触に、さっきまでのひりつく様な嫌な気分が、朝日に当たって消えていくかの様なすがすがしい気分になる。
「もう、何してるんですか。ほら、早く着替えてきて下さい!!」
少しだけ顔を赤らめたセシリアさんがキッチンへ戻る。どうでもいいが、相棒は生前より少し上のサイズだったような気がする。
洗面台の洗面器からは少し湯気が出ている。手を入れてみると、ほんのり暖かく良い温度だ。これも家庭魔法の一種なんだろうが、本当に彼女が居れば現代と変わらないレベルで便利な生活が出来る気がする。用意されたお湯で顔を洗って、脱ぎ始めてると、キッチンから顔をひょいと出したセシリアが満足そうな顔でこちらを見てる。
「あらあら、お湯できれいきれいして、さっぱりした良い顔ですね。着替えたら、お洋服置いといて下さいねー。後でお洗濯しちゃいますから」
俺はまだズボンを脱いでないとはいえ、上半身は裸だ。いくらダークエルフ族でも無く人間だからって、まったく動揺する気配を見せず、なんか少し自分に自信が無くなる。いや……違うなこれ、そう、あれだ、母だ。家で母が俺の裸を見て、恥ずかしがらないのと同じ空気だこれ。
良く分からない敗北感を味わいながら、彼女から貰った服は、同じ材質なのだろうか、少しごわごわしてるけど、丈夫そうで野良仕事位なら平気で耐えてくれそうな布で出来ている。シャツだけ柔らかく肌触りも申し分ない。
「よかった。サイズ分からなかったから、それっぽいの見つくろったんですけど、特に問題なさそうですね」
声がして彼女の方を見ると、机の上に丁度朝ごはんを準備し終わったのか。昨日と同じ席に座って手招きしている。
「ささ、冷めないうちに頂きましょう」
「頂きまーす」
朝のメニューは、昨日出てきた大きなパンケーキに大きめのマグカップに濁った茶色い液体。パンケーキは一人2枚づつに増えていて、なんか赤いソースもかかっている。マグカップはミルクティーの様な液体が湯気を登らせながらなみなみ注がれていた。パンケーキの生地自体は昨日と何も変わらないが、ソースが美味い。甘酸っぱいリンゴのようなソースがタップリかかっていて、パンケーキが本来の俺はこれだよこれと言わんばかりに、ソースを生地にタップリ吸い、一口食べれば口いっぱいに甘酸っぱい香りとと甘味が広がる。
ミルクティーっぽい物はカップを口の近くに持ってくるとスパイシーな香りがしてきて、一口飲めば濃いめのお茶にタップリのミルクとスパイスが入っているのか体がポカポカしてくる。口の中に残ったソースを暖かいお茶で洗い流し、そしてまたパンケーキを食べる。これ、美味すぎて永遠に繰り返せちゃうな。俺が夢中で食べてると彼女がこちらを嬉しそうに見てる。
「ふふ、そんなあわてないで大丈夫ですよ、御代りも沢山ありますからね」
結局俺はその後パンケーキをもう1枚とお茶を1杯お代わりして、朝強引に起された事なんて綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
彼女が昨日と同じように、手際良く食べ終わった食器を片づける。黒いエプロンを彼女が脱ぐと、横に掛けてあった茶色いエプロンをさっと付けて戻ってくる。
「さ、今日はここでの生活を色々と教えてあげますね。ほら、これから長い間使う物ですし、早めに覚えて下されば色々とはかどりますよ。それに時間に余裕が出来れば、2人ならきっと何時かここから出られる方法とかも思いつくかもしれませんし」
方法……方法は有るんだよなーなーなー。まあ、紋章を授けて彼女がどのくらい強くなるかわ分からないけど、きっと周りにいるやつぐらいなら倒せると……いいなー。倒せなかったらマルケッタの胸がもっと薄ペったくなる呪い掛けてやる。まあ、彼女ともう少し生活して、話せるかどうかだけは見定めないとな。
さて、そんなこんなで、ここでの生活方法を彼女に教わるのだが、なんか、もう、色々と凄かった。
「まず、この畑は私たちが食べるお野菜を育てています。昨日食べたケレルや香辛料などなど、森でも色々と採りに行くんですが、大体はここですませちゃいますね。」
彼女は少しかがんだかと思うと、白菜の様に生えているケレルの根元に杖を当て「ショートエッジ」と瞬間、薄く青い小さい光が杖先からナイフの様に伸び、手際良くケレルを収穫していく。そして、まだ収穫しない作物には「ショートシャワー」と唱えると水をジョウロのように出し、芽が出ていない所では「グリーンブースト」と唱えると、1分ぐらいたっただろうか、小さくて可愛い植物がピョンと土から芽を出した。
「ふふ、凄いでしょ。これのお陰で少しだけ早く、収穫出来るんですよ」
「鎌とジョウロと肥料を同時にこなすとか、セシリアさんって本当に凄いんですね」
褒められて嬉しいのか、ぱああっと凄く良い笑顔になっている。
「あー、、、もう、良い子ですねーーー!!こっちおいでおいで、頭よしよししちゃいます!!」
急に彼女に頭をぎゅっと抱き寄せられたかと思うと、頭を凄い勢いでよしよしされる。
「わーーー、ちょっとセシリアさんストーーップ、ストーーーーップ!!苦しい、凄く苦しいーーー」
俺の身長だと丁度目線が彼女の胸のラインで、それが思いっきり抱き寄せられれば、林檎が落ちれば地面に落ち、太陽が昇れば朝が来て、太陽が降りれば夜が来るのと同じように、俺の顔が半分ほど胸の谷間にずっぽりと収まる。ごわごわしてる筈の服の上にエプロンまで付けてるのに、彼女の胸はふっかふかで、農作業の後だからか少し汗で湿ってる。あわてて声を出したためか、土と彼女の混ざった香りを胸一杯に吸い込むこととなり、フェロモンが凄いのか、少しだけ頭がくらくらする。
「ああ、御免なさい!大丈夫?その、40年ぶりに誰かにはっきりと褒められちゃうと、すっごく嬉しくなっちゃって、その、御免なさいね、悪気はないのよ、痛く無かった?」
「はい、少しくらくらするけど、大丈夫です。40年も誰とも会っていないんですもんね、仕方ないですよ」
痛い?あれはその逆で、痛さと衝撃を吸収してくれるエアバッグだ。ありがたがる事が有ったとしても、嫌がるなんて、とんでもない。
「ふふ、優しいのね直哉さんは。じゃあ、次はお洗濯も見せちゃいますね。
そう言って、彼女が俺が脱いだ服や彼女の服の入ったかごを用意したかと思うと、杖をかごの上にかざして「ウインドボール」と唱える。その瞬間風が吹いたかと思うと、杖の先には小樽ぐらいのサイズをした風の球体が渦巻いていた。そこに洗濯ものを放り込むと、ドラム洗濯機宜しく服がグルグル回っている。彼女は先程と同じ「ショートシャワー」を唱えると風の球体に水が吸い込まれていく。後は汚くなった水を捨てて、それを数回繰り返し、水を入れないで回して乾燥させて洗濯終了。いやー、本当に現代家電も真っ青だな家庭魔法。
「この家庭魔法って誰でも使えるんですか?」
「うーん、どうでしょうね。メイドさんとか主婦なんかの家事がメインの方は取ってるかもしれませんけど。後は冒険者の方がお水出すだけを取る事も有るとか無いとか。でも、此処まで何でもかんでも家庭魔法でってのは普通はいませんね。ほら、私は時間だけは凄く有ったから、色々とやってるうちに覚えたり増えたりしてですね」
うーん、その時間を普通の攻撃魔法覚えるの使えば、この人はここを脱出したのではと思ってしまうが、そうもいかないらしい。使える魔法はは本人との相性らしいので、彼女は攻撃魔法に縁が無かったそうだ。
「あと、魔法の長い詠唱も無しで凄いですよね。普通魔法って言ったら何かしら長々と詠唱するイメージですが」
「そうですね、家庭魔法の規模ではどうしてもその程度の力しか使えないんです。攻撃魔法とかだとやっぱり長い詠唱必須ですし、そもそも規模が違いますからね」
「なるほど、やっぱり攻撃には使えないんですねそれ」
「ええ、私も色々強くなればって思った事も有ったんですけど、結果はご覧の有りさまです」
ちょっとだけ残念そうな彼女だけど、それでも十分凄いんだけどな。まあ、彼女が外に出たいと思っていて、それの役に立たないなら仕方ないか。
そして、彼女は次に牧場に連れてってくれる。牛の頭にでかい角が2本生えた動物から、朝飲んだミルクティーに使っていたミルクを採取するらしい。彼女が牛のお乳の下にバケツを用意しいて、杖をお乳に添えて「エアハンド」と詠唱して杖を離したかと思うと、うどんのように太いミルクがビュー、ビューと勝手に搾乳されてる。良く見ると、お乳の周りに薄い風の膜が張られ、それが手で搾乳するかのように動いている。もう何でも有りだなこれ。
その後は森に入って、狩りの準備。彼女が迷い無く森の中を歩いて行くので、何時も狩り場は決めてるのと聞くと、サーチの魔法でなんとなーくの方向と気配だけは分かるらしい、ただ小さいホワイトラビットとかそれぐらいにしか分からないので、まあ無いよりはまし程度、いや凄いでしょそれ。獲物が通りそうな木と木の間や茂みの間などに彼女が杖をかざして「ハンターサークル」と唱えると、20センチほどの光の輪が地面に刻まれて直ぐに光が消えてゆく。円より大きい生物がその上を通ると、大きな衝撃が真上に出て獲物を気絶さしてくれるらしい。彼女いわくこれが手持ちの魔法で一番攻撃力が高いそうで……ホワイトラビットが限度では確かに色々と辛いな。
狩りは明日になったら様子を見に行くので、今日の作業はこれでお終い。丁度夕方ぐらいになり、ご飯の準備を始めるらしい。今日は昨日張りきってしまって作りすぎてしまったミネストローネみたいなスープにパンケーキと同じ材料で練って作った麺を入れた簡易スープパスタもどきだ。
ご飯の前には家の裏に有る、木で出来た電話ボックスの様な物が有り、何かと思ったら簡易シャワー室だった。そこで彼女が出してくれたお湯で体を洗って、用意してもらった同じ内容の新しい服に着替える。
「じゃあ、私もお湯浴びちゃうのでお部屋で待っていて下さいね。上がったらご飯にしましょう」
彼女が自分の着替えとタオルを持って外にやってくる。うーん、これ家に入るふりをして是非覗いて行きたいが、きっとすっごく怒られると言うか、今彼女に嫌われたら色々と人生が詰んでしまうので絶対にやめておこう。
「その、駄目ですからね覗いたら。もし除いたらご飯抜きですよ」
人差し指を顔の前に立てて、反対の手は腰に当ててちょっと前かがみで彼女が注意してくれるが、これだけで可愛い、可愛いよ120歳。メッって彼女に叱られたい衝動に駆られつつおとなしく部屋に戻る事にした。
晩御飯もつつがなく終わり、昨日と同じ配置でベッドに潜る。
「お休みなさいセシリアさん。今日も有難うございます。明日からは何か色々とお手伝いさせて下さいね」
彼女が明かりを消すと、優しい顔でこちらを見ながら頭を撫でてくれる。
「ふふ、有難うございます。でも無理はしないでくださいね。まだまだ、この世界に来たばっかり何ですから、ゆっくり少しづつ初めて行けばいいですからね」
生まれてからこんなに優しくしてもらったのは、子供の時ぐらいだなと思いつつ、彼女の手を取って撫でて貰うのを止める。
「有りがとございます。ただ、僕がセシリアさんと同じスピードで物事を考えちゃうと、ちょっとだけ寿命が足りなさそうなので無理をしない程度に頑張ります」
「まあ、それは御免なさいね。少しだけ私の方が長生きですもんね」
今の時点で120歳にちょっとと言われたら、元の世界なら葬儀屋が仕事無くて廃業してしまうなと思いつつ、そろそろ寝る事に。
20分位だろうか、一日たって少し余裕が出たのか全然寝付けない。寝付けない夜は色々と考えてしまう。元の世界に残した両親や友達、それに好きだったゲームの配信日などなど大切な事やどうでも良い事まで思い出してるうちに、何がと言われると分からないが凄く悲しくなってきた。涙が出てくる、声を殺して、ただただ顔に涙がツーっと落ちて行くのを我慢しながら泣いてると、横でもぞもぞと音がする。
「直哉さん起きてます?大丈夫ですか」
「あ、すみません起してしまって。大丈夫ですよご心配なく」
月明かりだけで少し見えづらいが、彼女がちょっとだけ怒った顔になってる。
「嘘ですね。顔が涙で濡れてるじゃないですか。ほら、これつかって顔拭いて下さいね」
彼女が窓辺に置いてあるタオルを取ってこちらによこしてくれる。涙をぬぐって、彼女に返すと、彼女が毛布の口を少し手で開けて、反対の手でまくらをポンポンと叩いてる。
「ほら、こっち来て下さい。今日は直哉さんが寝るまで添い寝してあげますから」
「大丈夫ですよ。それにその、ちょっと恥ずかしいですしそれ」
そんな事言ってると、彼女が俺の方に寄ってくる。
「何言ってるんですか。そんな目を赤く腫らして泣いてる人が横にいて、普通に寝れるわけ無いじゃないですか。貴方もここに来て急に色々変わって不安になっちゃったんですよね。その、私もお爺ちゃんが倒れた後、すっごく不安で一人になってしまって、寂しいやら悲しいやらで、どうして良いか分からず、ずーっと泣いてたんですよ。でも今貴方は一人じゃなくて私が側にいるんですから、少しは頼って下さい」
そう言うと、寝ている俺の横に彼女が寄ってきて、俺をぎゅっと抱きしめてくれる。凄く柔らかくて良い匂いで、さっきまで泣いてたのが嘘みたいに落ち着いてくる。
「さあ、寝るまで添い寝しててあげますから、安心して寝てくださいね」
そう言って彼女が横で子守唄を歌ってくれる。最初に出会った時のような呑気な明るい歌では無く、静かで優しい綺麗な歌声だった。彼女の胸の温もりや、頭を撫でて貰ってるうちに、段々と眠くなっていく時、彼女に紋章師の事を話して良いかなと思って来る。
いくら40年振りに有った人だからと言って、此処までしてくれるものなのだろうか。正直彼女が底抜けに優しく良い人で、只の善意にしか思えない。彼女はここから出たいと言ってくれてるし、きっと受け入れてくれるような気がする。そうしよう、明日起きたら彼女にちゃんと話をしようと、そこまで思った時には意識がだんだんと薄れてゆき彼女の子守唄がだんだんと聞き取りづらくなっていく。
「お休みなさい可愛い坊や。何時かきっと良い事が有りますよ」
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