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詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~異世界キャンピングカーでダンジョンも王国もひっくり返す~  作者: Gaku


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第98話:魔の咆哮と、二人だけの舞踏会 〜握りしめた拳をほどけば、風はどこまでも透きとおる〜

「欲しい……欲しい……! 全てをよこせぇぇぇ!!」


 玉座の間を揺るがす絶叫と共に、異形の王から放たれた衝撃波が、シュンたちを襲った。  それは単なる物理的な風圧ではなかった。触れた者の生気を根こそぎ吸い取り、魂を枯渇させるような、粘着質で腐臭を放つ「渇望」の波動だった。


「くっ、重い……!」  ゼイクが盾を構えて踏ん張るが、見えない巨人の手に押し潰されるように、鉄靴が石床を削って後退する。  空気そのものが泥のように重くなり、呼吸をするだけで肺が焼けるように痛い。  これが、人の身を捨ててまで力を求めた者の、欲望の質量なのか。


「来るぞ! 散開!」  瞬の鋭い指示で、全員が弾かれたように左右に飛びのく。  直後、王の肥大化した腕から黒い触手が無数に伸び、彼らがついさっきまで立っていた場所を粉砕した。  石床が飴細工のように砕け散り、破片が弾丸となって四散する。


「速い……それに、硬い!」  ガウが大斧を振るい、迫りくる触手の一本を断ち切ろうとするが、ガキンッという甲高い金属音と共に弾き返された。  黒い瘴気は、鋼鉄以上の硬度を持っていた。  しかも、切りつけた斧の刃が、触れた箇所からボロボロと赤錆びて崩れていく。 「腐食攻撃か! 武器が持たねぇぞ!」


「私の魔法も効きませんわ! 障壁に阻まれて……!」  エリーゼが放った炎弾も、王の周囲に展開された黒い幕に、水滴がスポンジに吸われるように吸収されて消えてしまう。


 絶望的な戦力差。  王は玉座から立ち上がりもしない。ただ指先を動かすだけで、この国の精鋭たちを虫けらのようにあしらっている。  彼は笑っていた。いや、顔の筋肉が過剰な魔力で痙攣し、引きつって笑っているように見えているだけだ。  その赤く発光する瞳には、底なしの飢えがあった。  どれだけ奪っても、どれだけ壊しても満たされない、永遠の飢餓地獄。


「……哀れね」  アリスが、魔導端末モニターの解析結果を見ながら冷ややかに呟いた。 「彼自身の魂は、もうほとんど残っていないわ。……『もっと』『足りない』という感情だけが増幅回路ブースターで暴走させられている。あれはもう、生き物じゃない。……欲望を燃料にして動く、バグった殺戮システムよ」


 仏教で言う「煩悩ぼんのう」の極致。  足るを知らず、際限なく求め続ける心は、やがて自分自身をも焼き尽くす炎となる。  今の王は、その炎に焼かれながら、痛みさえも快楽と勘違いし、周囲をも巻き込んで燃え上がろうとしているのだ。


「きゃあぁっ!」  メイが、衝撃波の余波を受けて吹き飛ばされそうになり、とっさに近くの柱にしがみついた。  彼女の華奢な体は強風に木の葉のように煽られている。そこへ、黒い触手が鞭のようにしなった。 「メイ殿、危ない!」  ゼイクが身を挺して割り込むが、鎧ごと弾き飛ばされ、壁に激突する。


 誰も近づけない。  一般人(この世界基準での強者たちも含め)では、もはや歯が立たない領域だった。


「……しゃーねぇな」


 混沌とする戦場の中、場違いなほど落ち着いた声が響いた。  瞬が、一歩前に出た。  彼だけは、重圧の中でも涼しい顔をしていた。猫耳カチューシャをつけたままで。  その瞳は、暴れる王の肉体ではなく、その背後に揺らめく「黒い影」を見据えていた。


「なぁ、アリス。……あいつの術式、解析できたか?」 「ええ、もちろんでしてよ」  アリスがパチンと指を鳴らす。  彼女の周りに、青白い数式のリングが幾重にも展開された。 「王の心臓部にある『コア』と、外部から供給されている魔力のパス(経路)。……そこを物理的かつ論理的に断てば、強制終了シャットダウンできるわ」


「了解。……じゃあ、いっちょ踊ろうぜ」  瞬は、アリスに手を差し出した。  瓦礫と瘴気が舞う戦場には似つかわしくない、舞踏会のエスコートのような優雅な仕草。


 アリスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵に微笑んで、その手を取った。 「リードは任せるわよ、パートナー。……足踏んだら殺すわよ?」


「おう。……リズムに合わせて、ぶっ壊す!」


 二人が同時に駆け出した。  それは、これまでの連携とは次元が違っていた。  言葉はいらない。呼吸を合わせる必要さえない。  互いが互いの「役割」を完全に理解し、信頼しているからこその、阿吽の呼吸。


「邪魔だァァァ!!」  王が叫び、全方位へ触手の嵐を放つ。  避ける隙間などない、飽和攻撃。


 だが、瞬は止まらない。  彼は、迫りくる触手を避けるのではなく、正面から殴りつけた。  ドゴォッ!!  触手が弾け飛ぶ。  本来なら触れるだけで腐食するはずの瘴気が、瞬の拳が纏う圧倒的な「気」によって吹き飛ばされる。  彼の拳は、「理不尽」を許さない。  物理法則すらねじ伏せる、純粋な「否定」の力。


「道は開けたわ!」  その背後から、アリスが飛び出す。  彼女は瞬が作った一瞬の隙間を縫って、王の懐へと滑り込む。  空中に展開したキーボードを高速で叩くように、指先を動かす。  『術式干渉』  『防御障壁、解凍デコード』  『魔力供給ライン、切断カット


 パリン、パリン、パリンッ!  王を守っていた見えない壁が、ガラスのように砕け散っていく。  アリスの「知性」が、王の「暴力」を論理的に分解していく。


「な、なにを……!? 力が……抜けていく……!?」  王が狼狽する。  自分の絶対的な力が、訳のわからない理屈で無効化されていく恐怖。


「終わりだ、裸の王様」  瞬が、王の目の前に迫っていた。  彼は拳を振りかぶり、王の胸元――黒い瘴気の核となる部分を狙う。


「楽になれよ」


 瞬の声は、攻撃的ではなく、意外なほど優しかった。


「そんな重いもん、一人で抱えてたら疲れちまうだろ。……もう、頑張らなくていいんだ」


 それは、敵を倒すための一撃ではなかった。  執着という名の重い鎖に縛られ、苦しむ者を、その苦しみから解放するための、救済の一撃。


 ドォォォォン!!


 拳が、王の胸を貫いた(ように見えた)。  だが、瞬が砕いたのは肉体ではない。  王の心に巣食っていた、ドロドロとした「黒い影」そのものだった。


 バキィィィッ!  影が悲鳴を上げて砕け散る。  同時に、アリスが叫んだ。


「エンターキーッ!!」


 彼女が最後の術式を完成させ、指を突き下ろす。  システムダウン。  王の体から、黒い霧が一気に噴き出し、断末魔のように霧散していった。


 部屋を満たしていた重圧が消える。  腐敗臭が薄れ、夜明け前の冷たく清浄な空気が流れ込んでくる。


 王は、糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。  その顔からは、狂気が消え、ただの疲れ切った老人の寝顔のような、穏やかな表情が戻っていた。


「……やったか」  壁際でゼイクが剣を下ろす。  メイがへたり込む。


 勝った。  最強の二人が、力と知恵を合わせて、欲望の怪物を浄化したのだ。


 瞬は、自分の拳を見つめ、ふうっと息を吐いた。 「……ふぅ。ダンスにしては、ちょっと激しすぎたな」 「そうね。ヒールが折れるかと思ったわ」  アリスが髪をかき上げ、額の汗を拭う。


 二人は顔を見合わせ、ニカっと笑い合った。  ハイタッチ。  乾いた音が、静寂を取り戻した広間に響く。


 ***


 その後、玉座の裏にある隠し部屋から、幽閉されていた本物の「前国王」が発見された。  彼はやつれていたが、生きていた。  そして、倒された「王」の正体が、魔族によって作られた精巧な影武者(泥人形)に憑依したものだったことも判明した。本物の現国王は、すでに暗殺されていたのだ。


 夜が明ける頃。  城のバルコニーに立った前国王(復位した王)は、広場に集まった国民たちに真実を告げた。  魔族の企み。偽の王による暴政。そして、それを打ち破った異国の英雄たちのこと。


 「うおおおおおっ!!」  「俺たちは解放されたんだ!」  獣人たちの歓喜の声が、朝焼けの空に響き渡る。  鎖から解き放たれた彼らの瞳には、再び生気が戻っていた。


 だが。  その歓声の輪の中に、瞬たちの姿はなかった。


「……あーあ、腹減った」  城の裏口で、瞬が地面に座り込んでいた。猫耳はいつの間にか外している。 「なんで宴会ねぇんだよ。国を救ったんだぞ? 肉くらい出せよ」 「仕方ないでしょ。国中が混乱してるんだから」  アリスが呆れるが、彼女のお腹もグゥと鳴った。


「……帰ろうか」  アリアが、ぽつりと言った。  彼女は、遠くで沸き起こる獣人たちの歓声を聞きながら、どこか寂しげな目をしていた。 「え?」 「ここには、私たちの居場所はないわ。……みんな、自分の国のことで精一杯だもの」


 獣人たちは、自分たちの復興に夢中だ。  他種族である瞬たちへの感謝はあっても、彼らを「仲間」として受け入れ、共に暮らす余裕まではまだない。  それは仕方のないことだ。それぞれの生活、それぞれの場所がある。  けれど、少しだけ寂しかった。


「そうだな。……帰るか」  瞬が立ち上がる。膝の泥を払う。 「俺たちの家は、ここじゃねぇしな」


「じゃあ、お迎えを呼ぶわね」  アリスが魔導端末を操作すると、朝焼けの空から風切り音が聞こえてきた。  銀色の巨体が、城壁を越えて音もなく舞い降りてくる。国境に隠しておいたはずの「クイーン・アリス号」だ。 「自動操縦システム、正常に作動中よ。……さあ、帰りましょう」


 目の前でハッチが開く。  あの中なら、温かいスープもあるし、ふかふかのベッドもある。  何より、気兼ねなく笑い合える仲間がいる。


 彼らは、誰にも見送られることなく、ひっそりと乗り込み、王城を後にした。  背後で湧き上がる歓声は、彼らにとってのBGM(背景音楽)に過ぎなかった。


 英雄とは、孤独なものだ。  けれど、今の彼らは孤独ではなかった。  隣を歩く仲間がいる限り、どこへ行ってもそこが「帰る場所」になるのだから。


 上昇していく銀色の機体が、朝日を受けて五人の影を地上に長く伸ばしていた。

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