48. 最上級生の仕事
大阪から帰ってきた時、地元の人達は基本的に暖かく迎えてくれた。ただやはり去年のようなお祝い感はなく『3回戦で負けちゃって残念だったな』って空気も漂っている。
まあ去年が春夏連続優勝だったし仕方ないな。
一年目なんて甲子園に行けたってだけでお祭り騒ぎだったんだけど、人間って良くも悪くも慣れる生き物だからね。
一方で、いいニュースもある。匠、ニック、細川の三名がUー18日本代表の合同強化合宿に呼ばれたのだ。三日間、同世代のトップ選手および一流指導者とみっちり交流しとても良い経験になったそうな。いいなぁ、俺も怪我さえ無ければ……
と、いかんいかん。こんな時こそレジリエンス。上半身のパワーや巧緻性をみっちり鍛える機会が出来たと思っておこう。
そうこうしている間に数日が過ぎ、俺たちは三年生になり新入生を迎えた。
早いな、もう最上級生か。
楽しい時間はあっという間だな。感覚的には転生してから今まで一年もたってない気がする。まあ、それだけ充実していたということだろう。
と、いうことで副キャプテンとして新入生の前で挨拶。
「いいか『壁に耳あり正直メアリー』だ。密告者メアリーはどこにでもいると思え。酒やタバコや暴力、その他違法行為は全て厳禁だ。恋愛は好きにすればいいが、エッチなことをする時は必ず相手の同意をとれ。あと、その日までに性についてしっかり学んでおけ」
昨年の就任時と同じ事いってるけど、こんなん何回言ってもええですからね。オカンと同じくらい口酸っぱく言うよ、俺は。
「と、まあ堅苦しい話はここまでだ。あ、そうそう。できるだけマスコミへの言動も注意したほうが良いぞ、週刊誌に無茶苦茶書かれて炎上したりするからな。経験者が言うんだから間違いない」
「「「 …… 」」」
とっておきの自虐ネタだったんだが、後輩達には微妙な顔された。まあ、先輩から急にそんな事言われても笑いにくいよね、メンゴメンゴ。
ちなみに、この炎上に関して周囲は心配し憤ってくれたが、俺本人は自分でも意外な程メンタルダメージを受けていない。
前世、有名人がどーでも良い事で炎上してるの見たり、余命幾許となった際に『結局、アカの他人の評価なんて人生で大して重要じゃないな』って心境になったからだろうか?伊達にあの世はみてねーぜ。
むしろ『八幡じゃなくて俺個人にヘイトが向いてまだ良かったわ』とか、『逆にヒール役を楽しんでみよっかな』なんて思っているまである。
強いヒールって、結構好きなんだよね。過日嗜んでいたなろう小説でカリスマ悪役令嬢のお話とかはよくブクマしてたし。
あと、打席での応援音楽を一年生の時からずっと『不沈艦』と呼ばれたレスラーの登場曲にしてるくらいには好き。
いつか彼の様に、善玉とか悪玉を超えた『凄玉』的存在になりたいものだ。
「ーーと言うわけで、夏の大会開幕まであと三ヶ月もないから、全国制覇目指してチーム一丸頑張るっすよ」
なんて思考が飛んでる間に、匠がつつがなく締めて新体制がスタートした。
ここで、新入メンバーについて紹介しておこう。
まず、男子部員が20名も入った。三年生11名、2年生14名と合わせて45名。私立強豪の100名越えに比べると少ないが、田舎の公立校としてはなかなかの大所帯だ。夏まで練習スペースをどう確保するか考えないといけないな。
ちなみに、上手いやつも結構いるが今のところレギュラー陣を押しのけてスタメンを掴めそうな奴はいない。最後の夏は春とほぼ同じメンバーがベンチ入りするだろう。
続いて女子マネージャー。
なんと11名も入った。総勢18名……多いな!
名門校の中には『多すぎると逆に邪魔!』と人数制限を設けている学校もあるようだが、八幡は来るもの拒まずスタイルで全員歓迎だ。ダリアパイセンや小梅ちゃんだってはじめは素人だったわけだしな。
ただまぁ個々に結構温度差はあるようだ。基本全員がレギュラー目指してガチで頑張るぞって男子部員とは違い、甲子園で興味が湧いたらしいミーハーっぽい子も何人かいる。
先日はそのグループに『握手して下さい』とか『サイン下さい』とか言われた。心よく快諾し、『代わりといっちゃなんだけど、キミ達に大事な仕事をお願いしたい。ちなみに期限は二ヶ月だ。』と分厚い専門書と春大会の全データを渡し県下三強の戦力解析を依頼したら頬が引き攣っていた。
うーん……
これから野球自体を好きになってくれたら嬉しいな!
なお、チームが色恋に浮ついた感じは特にない。
彼女持ち筆頭のニックが節度をもったお付き合いしているのが周囲にいい影響を与えている様だ。
先日、「俺はデキ婚で大学中退した親父とは違う!彼女を大事にするから高校卒業して就職するまで本番行為はしないのだ!」と宣言していた。いいね、そういうの嫌いじゃないぜ。
……これってフラグじゃないよな?
絶対守れよ、絶対だぞ!
とまあ、新入生についてはこんな感じ。
俺個人はどうかというと、痛めた足首はまだ強い負荷をかけられない段階だ。なので、移動はぴょんぴょん片足でジャンプがメイン。
あと、患側股関節の筋肉を使うための膝立ち歩きや、上半身を鍛えつつ足の浮腫を取るために逆立ち歩きを時々交える感じだな。
足の浮腫、いわゆる「むくみ」は、静脈還流ーー血液が心臓に戻る働きーーが阻害され、静脈圧が上昇して血管から水分が組織へ漏れ出ることで生じる。
普段はふくらはぎの筋肉が収縮することで、静脈を押し上げ血液を心臓へ戻しているんだけど、俺は今そこを使えないからな。
これは患部への循環を悪くし、圧力をかけて治癒を阻害するから適切に対処する必要があると言うわけだ。
で浮腫を取るために逆立ちはお勧めだ。足自体を心臓より高くするほど、重力の関係で自然と静脈還流が増えるからな。逆立ちが難しい人なら壁を使った三点倒立とかでもいい。その状態から一分ほど足首を曲げ伸ばしすれば、むくみに悩むご婦人でもかなり足がスッキリすると思う。
そんな訳で逆立ちで鉄棒まで移動して、懸垂とレッグレイズをし、次に椅子に座った状態からパラボリックスローをしていると、ミーハーっぽいのとはまた違う強い視線を感じた。最近、よくこの手の視線を感じるんだよな。
えーっと、遠くからじーっとみているあの子は確か、一年生マネージャーの夏日朝顔さんだな。
全然話した事ないけど、どうしたんだろ?
ちょっとこちらから声をかけてみようかね。




