46. 試合前の映像
現在、二月中旬。
春の甲子園行きが決まり、テレビクルーが出場校紹介VTRの撮影に来てくれた……んだけどちょっとした問題が起きていた。
「細川くんと大樹くんもインフルエンザですか。竹中先生もお休みですしどうしましょう……」
困った顔をする冬雪部長。現在県内でインフルエンザが大流行し、撮影日というのに結構な人数の野球部員が休みになってしまっているのだ。
そう言えば匠が年明けに「占いによると今年の八幡野球部の運勢は『やや悪めの波乱万丈』、みんな普段の言動や怪我病気には充分注意するっすよ」とか言ってたな。すげぇ、いきなり当たっとる……
勿論手洗いうがいなど皆キチンとやって予防していたんだけど限界があるし、こればっかりはしょうがない。部員は全員予防接種を受けていたおかげで重症状の者がいないのが不幸中の幸いかな。
備えあれば憂いはあっても大事には至らず、だ。
甲子園期間中に罹患期間がかかるよりはマシだと思っておこう。うん、ついてるついてる。
そんな事を思いながらふと気づいたんだけど、病に身を侵されていた前世終盤より今の方がポジティブでイケイケな思考になってるなぁ。精神は肉体に宿るからだろうか。
でも、ここからも油断大敵だ。
思えば今まで、二度目の人生は望外なほど順調すぎたしな。『好事魔多し』ともいうし、怪我予防のトレーニングなんかは今まで以上にしっかりとやっておこう。
ちなみに、個人の運勢はこんな感じだそう。
細川流: 飛躍の年、自信をもって行動せよ
ニック: 最高の運気、思わぬ吉報あり
湊鴎賀:逆風。思わぬトラブルあり。言動注意
俺だけ悪くね!?
でもまあ、時々暴走したりKY(流行語)になっちゃう自覚はあるから気をつけておこう……前世からの悪癖ゆえ、気をつけたところで完治は難しい気もするが多少はマシになるはずだ。
「では大会注目選手である湊鴎賀くんから野球部について紹介して頂けませんか?」
「だそうですが、湊くんお願いできますか?」
水を向けられ快諾する。
俺も一応副キャプテンだし、順当な人選だろう。まあ、変なヘイトを集めないように当たり障りなく……
「ちなみに我々テレビクルーとしては何か強そうに見える撮れ高があると嬉しいです。八幡は優勝候補として注目されていますからね」
「あ、はい。わかりました」
そうかー、まあテレビ局の人達としてはそうだよね。公共放送らしく、礼儀正しくて感じの良いスタッフ達だし協力してあげたいなって気持ちになる。
そういえば、このVTRって二回戦以降に当たる相手校は見ることになるよな……なら部員の少なさやキャプテン不在のVTRって事で舐められず逆にプレッシャーを与えられるように、ちょっとだけ『かまして』みようかね。
「では、こちらの大きい鉄棒のところで撮って頂いてよろしいですか?ちょっとお見せしたいパフォーマンスがあるので」
「ええ、かまいませんよ」
了承をもらえたので、移動しながら事前にカメラマンさんに『こんな撮りできますか?』と相談したら驚きつつも可能と言ってもらえた。よしよし。
「ではカウントします、5秒前、4…3…えええ?!」
*****
とある男が家でテレビを見ていた。
番組は春の選抜高校野球。男は野球が好きで母校が21世紀枠で甲子園に出場したため、今日は有給を使ってガッツリ観戦する腹づもりである。
「とは言え、相手は昨年春夏連覇の王者八幡かぁ」
マツケン擁するLP学園、神子&島津の熊大苫小牧を撃破し優勝旗を手にしたメンバーが6名もレギュラーに残る八幡はこの春、優勝候補筆頭と言われていた。
「いやいや、でも母校も善戦してくれるはず……おっ、野球部の紹介VTRが始まるな」
この映像は試合開始前のオープニング、初回表のスタメン発表前後によく組み込まれてるものだ。練習風景や監督・球児のインタビューなどが1〜2分の間でコンパクトにまとめられている。
男の母校は、キャプテンが『個々の力では劣りますが、チームワークと元気で頑張ります』と模範的なコメントをして『サイドプランク』という横向きに寝た状態から肘と足で体を支え、頭から足先まで一直線を保つ体幹トレーニングを行なっている場面が紹介されていた。
「体幹トレーニングかあ、よくわからんけどなんか最近流行ってるよなぁ」
言いながら、試しにちょっとやってみる。
「おっ、これは中々脇腹に効くな……」
20秒くらいでキツくなった、普段鍛えてないならそんなものなのだろう。
映像では一分以上やっている様子だったから、母校の野球部員達はしっかり体幹を鍛えあげてきたらしい。たくさん努力してきたことが窺えるし、今大会の入場行進曲にあやかり思いっきり青春をアミーゴしてきて欲しいものだと期待を寄せる。
テレビは続いて、八幡の紹介VTRに移っていった。
「あっ、湊鴎賀だ……ってあれ?」
画面に映っているのは湊鴎賀で間違いないのだが、違和感がある。何故かバンザイした状態で立っていて……いや、そんなチャチな問題ではない、背景がおかしいのだ。
背景の木が真横から生えているように見える。
と、そこでカメラが動く。
対象を引きで撮りながら半回転すると全容がみえた。
「マジかよ……」
木が真横から生えていたのではなかった。
真横になっていたのは湊鴎賀の方だ。
バンザイした状態で鉄棒にしがみつき、まるで鯉のぼりのように空中で身体を静止させていたのである。体側面の極めて強い筋力とコントロールが必要とされる『ヒューマンフラッグ』という離れ業だ。
サイドプランクは、時間こそ短いもののテレビを見ている男にもできた。だが、これはそもそも試す気さえ起こらない。実際、それぞれの運動の強さをモンスターに例えるならスライムとボストロールくらいの差があった。
「筋肉があればこんな事もできる!」
そう叫んでからヒューマンフラッグを解除した湊鴎賀がカメラに向かってコメントを始める。
「我々はこの冬、徹底的に身体を鍛えあげてきました。故に、個々の力はどのチームよりも優れていると自負しています。春の選抜では圧倒的な機能的スピードとパワーを原動力に、ぶっちぎりで優勝することになるでしょう!」
そうして始まった試合は……一方的な蹂躙となった。
スコアは20ー0の大差で八幡が圧勝、そして湊鴎賀は結局ランナーを一人も出塁させない『パーフェクトゲーム』を達成。
ファンタジーにでてくる魔物のごとき圧倒的パワーを誇る集団が、底引き網漁のように大量点を掻っ攫っていく様子は、新聞に『八幡のトロール打線』というネーミングで取り上げられ以後全国的に有名となる。
ここだけ見れば、理想的な望ましい結果だ。
だが、いい事ばかりでは無かった。
試合前インタビューも相俟った結果、昨年まで『チャレンジャーの田舎公立校』として応援されていた八幡はこの日以降、『挑戦をうける絶対王者』へと立場を変えたからだ。
というのも甲子園は……というか高校野球の観客というのは基本的に判官贔屓、弱いチームを応援し強豪がコケるところを見たくなる深層心理がある。
結果、最後の夏が終わるまでずっと、八幡高校は一種の『敵役』としてアウェーの雰囲気の中戦う事になる。
しかもそれは大樹匠の占い結果『やや悪めの波乱万丈』のほんの序章に過ぎないのだった。




