41.女子マネージャーの献身
互いに決め手を欠いたまま試合は進んでいった。
そして現在は九回表、八幡の攻撃。
一死から真田キャプテンが四球をもぎ取り、走者一塁でバッターは俺。基本的にランナーが二塁に行くまでは力を抜いて投げる神子だが、ここはまず間違いなくギアを上げてくるだろう。
八幡と当たる前のデータをみると今大会の神子の通算被打率は「.117」つまり十人に一人しかヒットを打たれないというヤベー投手だ。しかもこれが“得点圏被打率”になると「.056」になる。昨日の真田キャプテン、本当によく打ってくれたよな。
このレベルになると、今の俺でも狙い球を絞らなければヒットを打つのは相当難しい。
そして、ストライク先行されてしまった場合は狙い球を絞って打つのもかなり分の悪い賭けになる。
恵まれた体格から豪速球を投げ込んでくる神子だが、実はその本質はパワーピッチャーではなく、クレバーな変化球投手だからだ。
コントロールこそマツケンに若干劣るものの、神子はストレートの他にスライダー、スプリット、ツーシーム、カットボール、カーブと合計6つもの球種を持っている。しかも三振にあまり拘っておらず、硬い守備陣を使ってゴロで打ち取る事も厭わない。
一方で、あえて弱点をあげるならストレートの被打率が他の球種よりは若干高いことか。スピードはあるが球質自体に特筆すべき点はないみたいだ。
だから前世メジャーリーグに挑戦してからはピッチングの六割が変化球というスタイルにモデルチェンジしていた。本人曰く『ストレートで抑えることにあまり拘りも興味もない』らしい。『抑えて勝てれば球種はなんでもいい』というインタビューを見た記憶がある。
という訳で、狙うべきは初球のストレートだ。
そしてコースはズバリ……
「頑張れー!」
バッターボックスに向かいつつ腹を括るためベンチを見ると、声援を送るダリアパイセンと目があった。任せて下さいとサムズアップ。そして予想通り、竹中監督からヒッティングのサインが出る。
右投手の神子だが、俺は今回ある狙いからセオリーとは異なる右打席に立つ。
すると神子は目線で真田キャプテンを牽制した後、クイックモーションから直球を投げてきた。やはりギアを上げており、凄まじい球威で向かってくる。そしてコースはーー配球のセオリーと異なる内角!
だが
(ーードンピシャ!)
それを狙っていた俺は、『島津の内角打ち』を完コピしたフォームで迎撃。
そんな事できるのかって?
できらあ!
だって前世テレビで何度もみていたし、対戦前に対策を立てる為研究もしたし、この試合中にもマウンドから生でみたからな!
オリジナルみたいに『基本アウトコースを待ち、内角へきたら瞬時に対応』というマネはできないが、初めから内角を狙っていたなら話は別だ。
左脇を開けながら肘を抜き、体重を軸足に残したままその場でターンすると、打球はレフト方向へとカッ飛んでいき外野フェンスを直撃した。
大きく跳ねたボールが左中間を転がる間に真田キャプテンが生還!その間に三塁を狙った俺は……素早く送球先を切り替えた熊大の中継プレーによりタッチアウトとなった。
敵ながらあっぱれなナイスプレーだ。
あと、俺もちょいと欲張りすぎたかな……
とはいえ、点は入った。
「凄い凄い!すごいよぉー!」
ベンチに戻ると目を赤くしたダリアパイセンが出迎えてくれた。とはいえ彼女、この試合中に号泣していた訳じゃない。
「秋空先輩のお陰です。先輩のデータのお陰で打てました、凄いのは先輩です!この試合陰のMVPと言ってもいい!」
「うえ?!ほ、褒めすぎじゃない……?」
入部当初は野球素人だったダリアパイセンだが、一生懸命マネジャー業務に取り組む中で色んな事が出来るようになっていた。
その一つが、商業科の表計算ソフトを用いて行う『相手投手データのグラフ化』だ。ちなみにこれは、たいへん難しく手間のかかる作業。勉強もあまり好きでは無いはずなのに、チームの役に立ちたいからと竹中監督から習ってマスターしたそうだ。
そして甲子園にきてから今までずっと、睡眠時間を削ってまで対戦相手の配球パターンを『見える化』してくれていた彼女。おかげで俺は『神子がギアを上げたとき右打者への初球には内角直球を選択する確率が極めて高い』ことが分かっていた。
これは『初見で本気の内角直球をヒットにできる訳がない』という熊大バッテリーの自負と経験則がベースにあり、そして二球目以降への伏線としても有効な配球だからだろう。実際、二球目以降は複雑にパターン分岐してたから初球で仕留めきれなければ凡退していた可能性は高い。
ちなみにギアを上げた時のサンプルが増えたのは昨日と今日、八幡が何度もランナーを二塁まで進めたから。だからこれは、チーム全員でとった一点だ。
「絶対にこれを決勝点にしましょう」
周りに言いながら最終回のマウンドに向けた準備を行なっていると、匠がセンターフライに打ち取られたのが見えた。神子は再びトーンダウンしている、あちらは延長戦に行く気満々だな。
お互い譲れないし譲る気もない。
なら、戦って雌雄を決さなくてはならない。最終回、相手の攻撃は三番から、島津、神子へとまわる好打順だ。
と言う訳で
「俺は全球全力で投げます。皆さんもサポートと応援、よろしくお願いします!」
さあ、幕引きといこうか!




