23.5 文筆無双には向かない人間性
時は夏の甲子園開会式より少し遡る。
新戸信玄はゴシップ誌の記者である。
かつては林の如く引き篭もるワナビーだったが、小説家になろうで活動するも芽がでず、みかねた親がコネで2.5流の出版社にねじ込んだことで記者になった。
本人は不満そうだったが、殆ど書かない上にエタッてばかりで、しかも有名な作品の感想欄の『悪い点』ばかり熱心に書いて荒らす様な男だったので当然の帰結である。
そんな新戸だったが、ゴシップ誌との相性は良かった。嗅ぎ回ること風の如く、批判すること火の如く、図々しいこと山の如し。成功者を叩きたい一心での活動は文章の稚拙さを補い、やがてゴシップ記者としてぼちぼち評価される様になる。まあ、あくまでも『ぼちぼち』ではあるが。
さて、その新戸、本日は四国の片田舎に来ていた。ただし今回はゴシップ活動ではなく、高校野球雑誌の取材である。
所属する出版社の稼ぎ頭は高校野球雑誌。その夏の甲子園特集は、予選を勝ち抜いた全国の高校に書面で取材を行う他に、いくつかの注目校を短期間で取材してまわって作成される。
しかし今年、メインライターの女性が産休に入り人手が足りなくなった事で、一年生エースという話題性がある田舎の一校を新戸が担当することになったのだ。
「どうせなら優勝候補を取材させろよ」
そんな事を思いながら八幡高校にやってきた新戸。先輩記者からインタビューをとる様に指示されていた一年生エースを探していると、胸のデカい美人な女子マネージャーに案内された。
鼻の下を伸ばしながらついていき、件の一年生を見つけて話しかける……と、開口一番にこう言われる。
「あの、念の為確認させて頂きますが……取材許可はとっていますでしょうか?」
「な、なにをいってるんだ!失礼じゃないかキミ」
怒りながら所属する出版社と野球雑誌の名前をあげる新戸。取材許可?ゴシップ取材ではそんなもんとったことはないぞ、報道の自由を知らんのか、の精神である。この男に社会の常識は通用しない。
ちなみに、大人の芸能人相手でもグレーゾーンだが、関係者以外が無許可で公立校の敷地に入り学生相手にインタビューするというのはギンギンのブラックである。
本来は顧問の竹中からストップが入るのだが、甲子園に出場と共に増えた雑務に追われて今グラウンドにはいなかった。
首を傾げつつ、あれーおかしいな、なんて言ってる一年生。新戸は既に彼のことを「なんかいけすかねぇ奴」と認定している。
そして、仕事として指示を受けている通りの内容で始まったインタビューは、途中こんな具合で少々荒れる事になった。
Q:座右の銘は?
A:『無事是名馬』と『一石ニ鳥』です
Q:随分と虫がいいような
A: 怪我=弱体化だし、効率化は大切ですよ
Q:そんなんで勝てるんですかねぇ
A:ホワイト企業が業績も勝る例は沢山あります
「じゃあ、最後に投げるところを写真にとって終わりね」
「あー、すみません。今は関節のダメージを抜くためにノースロー調整中なんですよ。なので後は、締めにHITトレーニングってのをやって終わりです」
せっかく取材してやってるのに何だこの失礼なガキはと憤慨する新戸。両投げらしいし、もっと謙虚な態度だったら『二刀流』という独創性あふれるカッコイイ二つ名でもつけて記事にしてやろうかと考えていたのに。
ちなみにこのネーミング、過日読んだ人気のウェブ小説に出てくる黒い剣士の二つ名でつまるところ丸パクリになるのだが新戸にその自覚はない。
そんな取材も終盤を迎えた頃、こんな事を言われた。
「あ、そうだ。これは取材してくれた記者さん全員にあらかじめお願いしているんですが、僕の両投げを記事に『二刀流』って書くのはやめて頂きたいんですよ。個人的なこだわりで大変申し訳ないのですが。」
「はあ!?どういうことだ」
気になって説明を求めると、二刀流というのは短刀を防御に長刀を攻撃に使う戦闘スタイルだから、プロ野球で防御と攻撃の両方を一人でこなすような選手が出てきた時にこそ相応しい名称だろうとのこと。
「そんな選手、出てくるわけないだろ」
「いやいや、現実はたまに漫画を超えてきますよ」
「他にタイトルの代案もないだろ。無責任だ」
「ありますよ『二丁拳銃』とかどうですか」
両投げ投手なんだから刀よりも飛び道具の方がそれっぽいでしょと説明される。ちゃんと理屈がついているのがまたムカつく。すぐに否定してやろうと思ったがーー
「ちなみに『二丁拳銃』のネーミングはそこにいる春山さんが考えてくれました。センスいいでしょ?」
そう言って示されたのは小柄な美少女。ちょ、ちょっと湊くん!?なんてわたわたしている彼女をディスるのは、流石の新戸も躊躇った。
そうしているうちに始まった、最後の練習であるHITトレーニング。本日はエアロバイクに跨り20秒の全力のペダリングと10秒の休息を合計8セット繰り返すことに加え、心理的限界を突破して下半身の筋肉を極限まで酸欠に追い込むため運動中は両サイドからマネージャーが声をかけるというハードなものである。
が、それはそれとして運動自体は合計4分という短時間で終わるので、運動歴の浅い新戸にはキツさがわかりにくいものだった上ーー
「下半身逞しいね、かっこいいよ!」
「バキッバキじゃん、すごいね!」
両サイドから顔の良いマネージャー2人に応援されると言う大変羨まけしからんものだった。
「がんばれ♪がんばれ♪」
「我慢して♪我慢して♪」
マネージャーは2人ともノリノリで、ちょっと楽しそうに耳元で囁いている。それがまたムカつく。
「だして、最後に全部だして♡」
「ラストスパート〜、カウントするね♡」
ペダルを漕ぐ一年生の息はハァハァ荒いし、なんかもうそう言うプレイにしか見えなくなってきた。なお、語尾にハートが見えるのは新戸の気の所為である、たぶんね。
「「ごー、よん、さん、にーいち……ゼロ♡」」
「んああぁぁー!……っっ……はあ、はあ、はあ」
「お疲れ様♡」
「頑張ったね♡」
「あー、全部出せた……いつもあざっす……」
(許せねぇ……このクソガキ、許せねぇよ……)
陰気な高校時代を過ごしてきた新戸は激怒した。
必ず、かの邪智破廉恥な男を抹殺せねばならぬと決意した。新戸には野球がわからぬ。新戸は、元穀潰しである。ろくに努力せず、ギャルゲで遊んで暮して来た。けれども嫉妬に関しては、人一倍に覚えるタイプであった。そして、単純で考えの足りぬ男でもあった。
そんな訳でこの日『取材』した内容を元に書かれた皮肉たっぷりの記事。ちょっとした『ヒューマンエラー』によって多忙な上司のチェックをすり抜け掲載された結果、会社は大量のクレームに晒され多大なダメージを負うことになったが、それはもう新戸の知った事ではない。
なお、後に新戸が『ヒューマンエラー』の元凶であることや許可を得ず高校生を取材した事はバレることになる。
当然がっつり叱られ、減給処分を食らい、以後野球雑誌にかかわることはなかった。
次回、明日投稿予定です。




