94. 卒業式の定番
オープン戦での初登板を終えた俺は、匠と共にチームを一時離脱して八幡高校を訪れていた。
本日、三月一日は卒業式なのだ。
そして今、俺は全校生徒の前で代表挨拶を行なっている。
「今後、私たちはそれぞれの進路で困難に直面する事もあるでしょう。そう言う時、若さにまかせてガムシャラに頑張る……なんて愚行は絶対にしない事をここに誓います」
なお、プロ野球球団はどこも新人選手の卒業式参加を容認している。毎年、微笑ましいニュースとして注目選手が制服やスーツ姿で卒業式に出席する様子が報じられているのがその証拠だ。
プロって注目されてナンボの人気商売だしな、メディアに取り上げられ好感度を高める機会は選手にとっても球団にとっても多い方がいいという事情もあるのだろう。
もちろん中には『アピールチャンスを少しでも増やしたい』という思いから、あえて式には出ずチームに居残る選手もいるんだけどね。
ただ俺は入学時に『学生生活を何一つ犠牲にせずに勝つ』と誓いを立てているからな。初志貫徹させてもらった。
しかし、卒業生代表挨拶を任されるとはびびったぜ。こう言うのって、生徒会長とか首席の生徒がやるイメージだったからね。
でもまあ、俺も成績は悪くない方だったし甲子園で活躍したからな。メディア向けに学校が配慮してくれたのかもしれない。
まあせっかく選んで貰った以上は、トチらないよう頑張るわ。
「上手くいかない時に必要なのは根性ではなくて正しい知識!無事これ名馬、という言葉を胸に刻み、しっかりとリカバリーを入れつつ、明るい未来へ向かって正しいフォームで走っていきましょう」
拍手を貰った。ありがとう。
さあ、後はこのまま沖縄へトンボ帰り……なんだけど、帰りの飛行機まで少し時間が余りそうなので野暮用に使うことにしよう。
***
挨拶を済ませて教室を出るとすぐ、後輩野球部員の夏日朝顔に話かけられた。
「師匠、良かったら記念に学ランのボタンを一つ……ってもう全部なくなってるー!?」
と思ったら、なんかガックリとひざをついて落ち込んでいる。
彼女は、俺を慕ってよく話しかけてきてくれてた可愛い後輩だ。いや、顔も可愛いんだけど恋愛的な意味じゃなくてね。
実は俺、三年生になって以降、殆どの一年生部員からは遠巻きに見られていたんだよ。
嫌われてはいないと思うんだけど、なんか遠慮とか萎縮とかされちゃってた感じ。
それがちょっと寂しかったから、『師匠、教えて欲しい事があるんスけどー』とガンガン技術指導を求めてきてくれた彼女には好印象を持っている。
向上心があるのも素晴らしいしね。
「うう、第二ボタンを貰いたかったのに一足遅かったっス……」
「あー、なんかごめんな」
でも、どんなに早くても無理だったと思うぞ。
普通こう言うのって、先輩が後輩にあげるものだと思うんだけど、式の前にクラスメイトの女子全員から『後で記念にボタンくれ』って言われてOKしちゃってたからな。
しかし、せっかく来てくれたのに手ぶらで帰すのもなんか申し訳無い……あ、そうだ。
「じゃあ、代わりにこれ貰ってくれよ」
「へっ?」
代わりに学ラン本体をあげよう。
もう着る事ないし、そもそもこの先筋肉つけて体型変わったら物理的に着れなくなるし……ってことで袖を抜いて、そのまま彼女の肩にかけてあげた。
「あ、嵩張るし将来邪魔になったら捨ててくれていいから」
「いやいやいや、何言ってるんスか!めちゃくちゃ嬉しいッス!家宝にするッス!」
いや、そこまでは……
でもまあ喜んでくれた様で何よりだ。
「来年オフには八幡高校のグラウンドで自主トレする予定だから、その時また会おうな」
じゃあ、そろそろ行くわ。
人を待たせてるんだよね。
「うへへ、なんか彼シャツみたいッス……」
ん?
なんか聞こえた気がして振り返ったが、どうやら気のせいだった様だ。
***
「時間とってもらって悪いね、春山さん」
「ぜ、全然いいよ……」
現在、俺は小梅ちゃんと二人、人気のない図書室にいた。卒業式の始まる少し前、『後で話がある』と伝えていたのである。
ん?
なんか彼女、心なしか頬が紅潮して目が潤んでいる様に見えるな。卒業式の後って事で、おセンチな気分になっているのだろうか。
「そういえば湊くん、上着はどうしたの?」
「夏日にあげた」
ジト目で見られた。
後、なんか呆れられている感じがする。やっぱり、あんなデカいもの渡すのは迷惑だったかな……
いかん、何か話題を変えよう。
「そう言えば、俺たちが初めて会ったのもここだったっけ」
「そ、そうだね……」
「それから三年……濃密だったけど、なんかあっという間の高校生活だったな」
「うん……今日でお別れかと思うと、ちょっと寂しいよね」
よし、空気かわったな。
この流れならいける。
「春山さん、今日の本題に入るんだけど……俺、最近ケータイ買ったんだよね」
今までは野球に集中するためにあえて持たなかったんだけど、もう社会人だからな。自分にとって大切な人達と連絡を取りやすくなるメリットがデメリットを上回ると判断し、年明けから持つことにした。
「と言う訳で、良かったら連絡先を交換してくれないか」
「え?!」
なんか驚かれた。
「な、なんで二人きりにしてそんな事きくの…….?」
「同級生で俺が卒業後も連絡とりたいと思った女子は、春山さんだけだったからね」
「ふぁ?!」
「そんなに驚くことかな?」
いや、俺と小梅ちゃんの仲だし、ケータイ買ったから連絡先交換してって別に普通だと思うんだけど…………実はウザがれてたとかないよな?
「ほら、自惚れかも知れないけど一応俺もプロ野球選手になったからさ、衆人環視の元でメアド交換とかすると、他の女子から私も私もとか言われるかもしれないじゃん?」
でも俺はこの先も野球に集中したいんだよね。だから自分と浅い繋がりしかない人からのメールとかには極力時間を取られない様に、連絡先を交換する相手は絞っときたい。
「それは、私とは卒業後も連絡をとったり……あ、会いたいとか思ってくれてる……って、ことですか?」
「うん。てなわけで、いいかな?」
「は、はい。よろしくお願いします……」
よし、小梅ちゃんのメアド、ゲットだぜ。
これでいつでも野球部同窓会ができるな!
実は俺、20歳とか30歳とかになる年の正月とかに、恩師も招いて皆で集まれたらいいなーなんて思っているんだよね。
匠は竹中監督や他の男子部員の連絡先を押さえていたからこれで全員分揃った。つい先程、冬雪先生のアドレスも教えて貰えたし。
「私だけ……えへへ」
そうそう、同学年の女子マネは小梅ちゃんだけさ。三年間、献身的なマネジメントをありがとう。これからもいい友達でいてくれよな!
しかし、今日は野球部の皆と再会出来て楽しかったな……
そうだ!今日の事は、後でダリアパイセンにメール送っとこう。この間、『何かあった時は教えてね』って言われたばかりだし。
実は俺、パイセンとも先日連絡先を交換したんだよね。ほら彼女って副業で八幡の観光大使をしているからさ。
というのも俺、年明けから『八幡市の特別観光アンバサダー』に就任したんだよ。
市長から『プロ野球選手として地元PRに協力してほしい』とお願いされて、地域ぐるみで甲子園応援してくれた恩もあるから二つ返事で了承したのさ。
で、その就任式で再会したパイセンとメアド交換してたってワケ!
そう言えば、さっきの冬雪先生のリアクションも面白かったし……いや、でも流石にパイセンへ伝えるのはやめといてあげようか。
だって冬雪先生ったら
『いや、君と私は生徒と教師ですし……』
なんて言うんだもの。
で、今日からはもう違いますよって言ったら
『そうでした。お、男と女に……』
なんてワタワタしはじめたもんな。
うっかりが恥ずかしく、動揺したのだろう。
顔を赤くしてワードチョイスも誤解されそうなソレだった。まあ、恥をかかせない様にあえて指摘はしなかったけどね。
あの人は、昔からしごできだけどプライベートでは結構ポンコツなのだ。将来的に、異性から勘違いされてトラブルになったりしないかちょっと心配……
生徒想いで尊敬できる女性だけど、そこだけは今後も反面教師にしようと思う。




