90. プロ野球監督との面談
落愛満博は現役時代、4つのチームを渡り歩き三度も打撃三冠王を獲得した大選手だ。そして現在は、晩年に所属していた名古屋ドラゲキンの監督を務めている。
二年前に就任した際、彼は長年低迷していたチームを立て直すために『おれ流ロードマップ』を打ち出した。
それは『一、二年目はストロングポイントである投手力と守備力に磨きをかけつつ選手達の消耗を抑え、三年目に打撃陣を補強して一気に優勝する』というプラン。
1年目はコツコツと土台作りをした。
若手を積極的に起用し、中継ぎ陣は『2日連続で投げたら、3日目は絶対に休ませる』という方針を貫いた。勝敗よりも基盤作りに重きを置いたこの年は、残念ながら最下位。
2年目は選手達への意識改革に着手した。
チャンスを掴んだ若手に徹底したプロ意識を植え付け、チーム内で細かい戦術や規律を浸透させていった。育成に多くのリソースを割いたが投手陣が期待以上に活躍した結果、4位まで順位を上げてシーズンを終了。
ここまでは非常に順調。そしてロードマップには『3年目は実を結ぶ年』と書いてある。
(そう来年は整備した最強の投手陣と補強した新戦力の打撃陣が噛み合い、チームが完成形を迎える予定ーーだったんだが、プランが狂っちまったなぁ)
そんな事を思い、内心で溜息をつく落愛監督。
理由は、興行的な不振と予算の都合だった。
ロードマップに従った結果、リーグ最強の投手陣と最弱の打撃陣が同居する事になり『2ー0でゲームセット』みたいな試合を量産し続けた名古屋ドラゲキン。
それは玄人目には『緊迫した投手戦』と言える面白い試合だ。
また短時間で終わるから、自軍選手達にも疲労が蓄積せず長い目でみた時には故障リスクだって大幅に軽減できる……のだけれど、大多数のファンからすれば『しょっぱい試合』以外の何物でもない。
興行的には、『点を取られたら取り返し、最終的に「8対7」位で勝利する試合が一番面白い』と言われているのだ。
結果、これまでの成績不振で元々少なかった客足はさらに遠のき、グッズ売り上げも含めて興行収入が激減。
さらに間の悪い事に、今年のオフシーズンはチームの中核を担っている人気のある投手数名がフリーエージェント……つまり他球団と再契約する権利を獲得する年でもあった。
そして収入減と、貴重な人材流出を塞ぐための契約金大幅アップが重なった結果……打撃力に秀でた助っ人外国人を獲得するための予算が無くなったのだ。
のみならず、集客へのテコ入れを望んだフロントは、今年のドラフト一位と二位で予定していた『即戦力の打てる野手』ではなく、『高卒の投手と捕手』を指名してしまったのである。
つまり、ウィークポイントである『貧打』に全くテコ入れがされないまま来シーズンを迎えることになってしまった。
(スカウトは二人とも逸材だと言ってたが、言うて筋力も技術もまだまだ発展途上高卒だからなぁ。プロ野球はコンディション管理一つとってもアマチュアとは全然違うし……来年、入団一年目からすぐにシーズン通して活躍できるとは思えん)
ちなみに落愛監督は、二人の試合映像を見てはいない。新戦力の見極めは毎回、春のキャンプで生のプレーを見て行う事にしていた。
シーズン中の監督は多忙を極めるし、いい所だけを切り取った映像はあまり参考にならないという持論を持っているからである。
(はあ……来年はどう戦おうね。またBクラスなら多分、無能監督の烙印を押されて解任されちまうしなぁ)
フロントは今回の件に関して申し訳ないと頭を下げてきた。とはいえ、あちらも商売でやっている以上、仕方ないことではあるのだ。
そして今ある戦力で何とかやりくりするのがプロの監督というものだ。だから少なくとも昨年を上回るAクラス……つまりリーグ三位以内には入る必要がある。
だが、そのためにはまだ戦力が足りない。せめて今日会う二人が、自分の予想をいい意味で裏切ってシーズン後半からでも一軍で使えるようになってくれるといいのだが……
そんな事を思いつつ、落愛は現在、ドラフトで獲得した選手への指名挨拶のために県立八幡高校を訪れていた。
(とりあえず、プロ向きの性格をしているか位は把握しておくか)
***
高卒ルーキー達と簡単な挨拶を済ませ、三人でマスコミ向けの写真を撮った後は密室で個別面談になる。
なお滅多にないケースだが、一つのチームから二人以上が同じ球団に指名された場合、上位選手から先に話す事になっている。
つまりは湊鴎賀からだ。
「もうすぐ契約金が入ると思うけど、使い道は考えているかい?」
まずは冗談混じりに軽いアイスブレイク……と見せかけつつ、落愛はいきなり核心にせまる質問をした。
ドラフト一位ともなれば、九桁にも届く契約金をいきなり手にすることになる。つまり、『欲しいものは大体何でも買えてしまう大金』だ。
しかし落愛の経験上、プロで成功する選手は殆ど全員が『税金分だけ引いて残りはすべて親にプレゼントする』、もしくは『貯蓄や投資にまわす』というパターンをとっていた。
プレゼントする前者はロマンチスト型。
『契約金はこれまでの野球人生を支えてくれた人への恩返しに使う。同時にこれから先、自分はプロとしての年俸だけで食っていく』
という強烈な覚悟と自負心をもっている場合が多い。高卒選手に多いパターンだ。
貯蓄や投資にまわす後者はリアリスト型。
『プロ野球選手は個人事業主であり、いつクビになるか分からない厳しい世界だ。そして契約金は、退職金の前払いに過ぎない』
ということを若くしてよく理解している。良い意味で現実的かつ冷静だから、プロ入りが決まっても一切気を緩めず新しい環境に適応する努力を惜しまない。こちらは社会人出身選手に多い。
ロマンチストとリアリストは対極のようだが、グラウンド外での見栄にはあまり興味がなく、今後野球で目立つことに執着している点が共通している。
だからこそ、契約金という大金を手にしてもストイックさを失わずに済むというわけだ。
さあ、期待のルーキーは何と答えるか。
「そうですね、沢山頂けるみたいですし景気良くパーっと使いたいなと思っています」
「そ、そうか……」
最悪の答えだった。これは、多くのスカウトやプロOBが『あいつは危ないな』と顔をしかめる類のものだ。
プロ野球の格言にはこんなものがある。
『入団時の契約金で高級車を買うのは三流。年俸で高級車を買うのが一流』
近代プロ野球というのは、まだ1軍で1試合も出ていない入団直後に自分の見栄に金を使い、高級ブランド品で身を固めて夜の街に繰り出す様な選手が長く活躍できる世界ではない。
スカウト資料では『湊鴎賀は野球に対して相当ストイックなタイプだ。それに非常にユニークな視点を持っている』と絶賛されていたが、節穴だったのだろうか?
とはいえ、頭ごなしに否定して叱るのは落愛のやり方ではない。自分も若い頃、頭の硬い監督や先輩に頭ごなしに命令されるのは大嫌いだった。それに、こう言うプロ意識というのは自分で気づいて腹落ちしないと意味がない。
「例えば何に使うつもりなんだい?」
だからまずは先に向こうの話を聞き、必要に応じてヒントを提示しようと考えた。
「はい、自分専用のスタッフを雇おうと思っています。あとは回復を早めるための医療機器を購入したり、使ってみたいトレーニング器具の開発費ですね」
予想と全然違う答えが返ってきた。
医療機器?開発費?それに……
「専用スタッフ?プロにはキチンとしたコーチやトレーナーがいると思うが」
「勿論です。ただ、その方々の雇い主は球団なので常に僕を第一に考えてくれる立ち位置ではないですよね?他の選手と施術がブッキングしたときは高年俸のベテランが優先されるでしょうし」
息をのむ落愛。自分の経験と照らし合わせてみても、確かにその通りだったからだ。
プロ野球の特徴として、トレーナーと首脳陣の連携は非常に密だ。怪我の隠蔽による悪化や長期離脱を防ぐため、球団はトレーナーに選手のコンディションに少しでも異常があれば首脳陣に報告することを求めているから。
だが、選手側からすると、この「正しい報告システム」が「告げ口」として機能してしまう恐怖がある。
例えば、レギュラーが確約されていない選手が、監督やコーチにつげ口される事を恐れて軽微な怪我やコンディション不良をトレーナーに申告せず、必要な治療を受けずに悪化させしてしまうケースも多くて深刻な問題となっていた。
「あと、スポーツに詳しいメンタルトレーナーや専属となってくれる管理栄養士、鍼灸師のサポートも受けたいって思ってるんですよ。日本の野球界ではまだ馴染みが薄いですが、アメリカのバスケやアメフトのトップ選手たちはそう言ったスペシャリストを集めた個人専属チームを作っているらしいので」
どうやら眼前のルーキーは、齢18にして相当現実が見えているらしい。鳴物入りでプロ入りしたというのに油断せず、自分にとって少しでも有利な環境を作ろうとしている。
「そ、そうか。それは確かに金がかかりそうだな……」
「ええ、でもそれは『自身のパフォーマンスを最大化しつつ選手寿命を延ばすために必要な投資』だと思っています。プロ野球選手は身体が唯一にして最大の資本ですから」
(……コレも、一種のリアリストか。それも『貯金する』よりもさらにプロ向きなタイプの……)
ならばスカウト評価も納得だ。
内面で湊鴎賀への評価を上方修正する。
「君は、将来どんなタイプの選手になることを目指しているんだい?」
今度は純粋に興味が湧いたことを聞いてみた。ではそんなリアリストは、果たして一体どんな将来像を持っているのか……という疑問だ。
リアリストというのは現実的ゆえに若者らしいデカい夢を語ることは少ない……とはいえ、この高いプロ意識を持った青年が何と答えるのかも、また予想が出来ない。
「僕の目標は『世界一の野球選手』なんですよ」
「せ、世界一か。日本一でなく……」
大分ぶっ飛んでいた。
それはつまり、日本人にとって未踏の頂きである『メジャーリーグのサイ・ヤング賞やMVP』を獲得することに他ならない。
「はい。だから、暫くの間手元に残るお金は全て自己投資に回すんです。先程、監督は金銭面を心配して下さいましたが……なーに、10年後にはその1000倍を回収して、全額親にプレゼントしてやりますよ!」
(ロ、ロマンチストでもあるじゃーん!?)
その後も落愛は、まるでびっくり箱のような回答の数々に翻弄されることになる。
中でも印象的だったのは、何か質問はあるか促した際、自分が現役時代に三冠王を獲得した時のバッティング理論や感覚について根掘り葉掘り質問攻めしてきたことだ。
ピッチャーなのに何故……とは聞くまでもないだろう。登板日は自分が打ってチームを勝たせる気マンマンなのである。
もちろん選手の本質はプレーを見るまでわからないという持論は変わらない。変わらないが……とりあえず春季キャンプではこの選手に注目しておこうと思う落愛だった。
もしかしたら、この男は来年、Aクラス入りへの強力なピースになってくれるのではないかという期待を込めて……




