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悲劇は止まらない


騎士たちが何やら騒がしくしていても、私は紅茶を煽るお嬢様から目が離せなかった。


その姿が令嬢のマナーには程遠いことを、ご自身が分かっておられるだろう。それでもそんな行動をとられる意味を考えると、目を離してはいけないと自分の直感が訴える。









「ハルバーティア伯爵令嬢!!ああ、なんてこと…!!」







その声に視線だけ動かせば、先程も何か言いかけていたゾディス男爵令嬢が首を横に振って後退る。信じられないと言わんばかりのその姿に彼女と、その隣でこの騒ぎの中微笑みを浮かべているだけのキステイン子爵令嬢も何か知っていると私は確信した。


何も言わないお嬢様は不自然に深くゆっくり呼吸していて、見ているのは騎士団の方。


帯剣した彼らは胸に手を当てて礼するだけの略式で挨拶し、動きを止めた茶会の出席者の視線を浴びながらそれぞれに何かを探すような動きをする。その間、時間を惜しむように厳しい顔をした一人の騎士がアニス様の方へ進み出た。








「騎士団に匿名より『トルロイ子爵令嬢茶会で不穏の兆しあり』と一報が入りました。そしてこれも。」








騎士が掲げたのは手に収まるほどの瓶。中には濃い色合いの何かが入っており遠いこちらからは視認できない。アニス様はそれを見て動揺し、眉間に深く皺を寄せておられる。








「それが何を示しているのか、ご説明願えますか。」


「…これは“フラティ”の茶葉、この茶会で出されたものと同じだとお見受けしますが。そして、一報にこの茶葉は“毒の欠片”と。」








ざわめきが悲鳴に変わる。抽象的な表現でも“毒”という単語が出て、それをこの場にいる誰もが口にした。それだけでこの騒ぎは当然と言えよう。


しかしこの中でも動揺を見せないお嬢様に、言い知れぬ不安が胸に残る。そしてお嬢様と同じく、未だ微笑むだけのキステイン子爵令嬢にも。








「毒って…トルロイ子爵令嬢、どういうことです!?」


「私達に何を飲ませたの!!!」


「い、いやぁあ!!」








一人、また一人と錯乱し始める。


この場にいるのは淑女として冷静な行動を求められているとはいえ10前後の令嬢が大半。騎士がこの錯乱を狙って声を大きく宣言したのなら大したものだ。逆ならば、考え無しにも程があるが。


騎士が叫びだす令嬢たちに目を向け、一歩後退る。その行為だけで、彼の行動は後者であったことが判明した。








「…駄目ね。騎士様は大人相手しか知らないようだわ。」







隣でカタリと椅子が動いた。


立ち上がったお嬢様はテーブルに手をついて立ち上がると、騎士や叫ぶ令嬢たちを見据える。相変わらずゆっくり呼吸している事に疑問を覚えたけれど、動いてくださった事に安心してしまった。


お嬢様は息を深く吸い、テーブルから手を離すと2度打った。パンパンと大きく響いた柏手に、誰もがこちらに目を向ける。







「アニス、貴女が主催でごさいましょう!黙っていないで、知っていることを述べませんと、“毒の欠片”はここの者たちにとって“毒”と取られますわ!!」


「!!」







お嬢様の言葉に、反応した者が4人。


騎士、アニス様、ゾディス男爵令嬢、キステイン子爵令嬢。


アニス様は大きく深呼吸する様子を見せると、テーブルが並ぶ中央に歩みを進めた。近くなって見える表情は緊張からか険しいが、お嬢様の言葉で何か喝が入ったのだろう。中央でアニス様は声を張り上げた。








「“フラティ”は毒などではありません!西方の紅茶で我が家で飲んでいるものと同じものを取り寄せてお出ししました!私はこの庭園に不穏など持ち込んではいない、そう宣言いたしますわ!!」







強い声、意志ある瞳、震える姿は誰が見ても嘘を言っているようには見えず、先程のお嬢様の言葉もあってか招待客たちは冷静に話を聞く様子を見せた。


アニス様の言葉を信じるとして、我々招待客が気になるのは何故騎士団がこの茶会で使用される茶葉を持ってきたのか。そしてそれが“毒の欠片”とはどういうことか。







「騎士様、断片だけでなく、一報の全容を伝えていただけませんか。でなければ我々は、口にした全てのものに恐怖します。“欠片”ということは、対となる何かがあるのでございましょう?」







お嬢様の言葉は凄い。


皆の不安を取り除こうとするばかりでなく、騎士に対して何故場が錯乱するのかを説明してみせた。そして“毒の欠片”という部分も解釈を述べて解決を促しているように思える。


けれど、お嬢様の顔色が、悪い…?









「い、一報には『トルロイ子爵令嬢茶会で不穏の兆しあり。茶葉は“毒の欠片”共に鍵となりしは“菫の…」







騎士は言葉を切り、何故かテーブルを見て青褪める。


視線の先にはお嬢様のお選びになったカップケーキ。









「は、ハルバーティア伯爵令嬢…!!それを、まさか…!!!」








騎士がお嬢様を知っていることも、カップケーキを見て動揺している理由も、分からず私の意識は視界から崩れ落ちる小さな体に全て持っていかれた。


先程まで凛々しく会場を操っていたお嬢様。


私がお守りすべきお嬢様が。


固く目を閉ざして地に崩れ落ちる姿に、戦慄した。


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