加速した舞台で笑う
ーー茶会に悲鳴が響き渡った。何人かの令嬢が地に崩折れ、それを見た人々がまた騒ぐ。辺りを見回してティサーナは一人の名を呼ぶ。歪んだ笑みを浮かべていたあの令嬢の名を。
「何の恨みがあってこんな事を…!!!」
叫ぶティサーナに返す声はない。
ただ、人知れず会場の隅で令嬢は低く声を絞り出すように呟いた。
「貴女が、あの方の隣に居るのだけは、許せない…」
憎しみに染まる瞳はティサーナの死角から彼女を見つめ、同時に愛おしげにティサーナの隣に立っていた男の幻影が浮かぶ。ーー
分かることは、このケーキと西方の紅茶を合わせることで初めて人に害が出るということ。
どちらか片方だけを口にしても、それはとても美味しい甘味や飲み物でしかない。だから標的となる者に警戒されることなく飲食を勧めることができるし、この2つを口にして倒れても西方の紅茶がこの国に出回って日が浅い今、ケーキと結びつけて考えられる人は実行した者の関係者くらいだろう。
紫のカップケーキを目の前に取り分けられた私は、どうにか朝から引きずっている食欲の無さが吐き気に変わらないように堪えていた。
この時のことを予見していたように悪化する体調の悪さは今、最高潮に悪い。
「お嬢様…ご気分が優れませんか?」
「大丈夫よリンダ。それより貴女もお菓子を選ばないと、皆様は選び終えておられるわ。」
心配してくれるリンダから目を逸らすように、私はスイーツスタンドに乗る菓子たちを眺める。その奥でシーラと話しているキステイン子爵令嬢の笑顔を視界に入れて、思考は再び小説の記憶を捲る。
小説ではティサーナを陥れるために、紅茶とケーキの害ある組み合わせは実行に移された。けれど今、ここにティサーナは居ないし小説であの事件が起こるのはクライマックス。
ティサーナが貴族として社交に復帰し、婚約者とも顔合わせを済ませた後の茶会が舞台だった。つまりはおよそ3年後に実行されるものだった筈なのだ。
それが今、そして我が身に降りかかるとは。
「そ、そう言えば…キステイン子爵令嬢は、お、お慕いしておりゃれる方がいるのでしゅね…!!」
「ふふっ!…ええ。叶わないものと知っておりますけれど。」
ノイン男爵令嬢が、先程のシーラが発した言葉を拾って会話を広げる。話の当事者であるキステイン子爵令嬢はゆったりと頷いて、思いの外アッサリと叶わぬ恋を暴露した。
「身分が、と言うより…お慕いする方にはお父君の決められた方と添い遂げねばならない、という次期当主として、貴族としての責務がありますわ。お父君のお眼鏡に適った令嬢が、既におられますの。」
「も、申し訳ありましぇん!!知らずに私…!!」
「あら、知らないのだから責めませんわよ。ノイン男爵令嬢に悪気がないことは分かっているつもりですわ。」
紅茶を飲み、微笑むその姿が儚げに見えた。
叶わぬ恋を募らせて、それでも相手の境遇を憂いている反面貴族としての責務を理解している。
「さあ、皆様ケーキは取り終えましたわね?では、頂きましょう。」
理解しているからこそ、やり場のない思いが慕う相手やそのお父君ではなく、気に入られた令嬢へ向くのだ。小説では詳しく綴られていなかった心理描写だけれど、きっと同じ気持ちだったのではないだろうか。
つまり、小説でティサーナの婚約者だったのは…
目の前に置かれた紫のカップケーキにフォークを入れる。少しの抵抗の後にふんわりと切れるカップケーキは、中に茶葉のような何かが練り込まれていた。
「まあ!美味しい!」
「ええそうね。皆様のケーキはどのような味?」
聞こえる会話が遠くなる。緊張からか、手が震える。フォークに一口分を刺し、持ち上げる手が重い。
近付く自分の手が周りに分かるほどの震えになるのを必死に堪え、自ら害あると分かっている物を口に運ぶ恐怖を押し込める。
その時私は、あの日言われた『厄介な事』の言葉を思い出す。
「アレは、私に降りかかることを知っていて伝えてくれたものだったのかしら。」
一人呟いた声はどうやらリンダに聞こえたらしく、彼女はこちらを見て「どうかされましたか?」と聞き返す。私はリンダの方を見た。
「よく聞いてリンダ。害ある物を証明しなければ罪は罪とならないし、間違いが正されることもないわ。」
「お嬢様…?」
「幸い、彼女の側には諌められる子が居るわ。きっと本当のことを隠さず話してくれる。」
「何を…」
戸惑うリンダに、そりゃ急に言われても解らないよね。と思いつつ、それでも話さずにはいられない。恐怖を追いやるように、偽善にも眼の前の令嬢が自身の過ちを見つめられるように、今出来ることをと考えてしまう。
「大丈夫。死にはしないはずよ。」
最後は、自分への励ましだった。
口にソレが入る瞬間、ガタンと誰かの椅子が音を立てる。
「だめっ「皆様手をお止めください!!!!!」」
高い令嬢の叫びに被せ、大きな制止の声が庭園に響いた。
立ち上がったシーラの驚愕の顔、口にある飲み込めないケーキ、綺麗な笑みで私を見つめるキステイン子爵令嬢。
令嬢や夫人、一部の殿方が茶会を楽しむ庭園に入ってきたのは物々しい騎士の武装をした方々が6人。その中にガーライル伯爵家の夜会で見かけた左利きの殿方が居るのを見て、なんとなく安心してしまう不思議。
飲み込めないケーキを流し込むように、何も気づいていないと思わせるために、私は先程の制止の声を無視して紅茶を一気に煽った。




