咲き続ける花一輪
「皆様、お座りになってくださいな。」
ガーライル伯爵夫人に促され、庭に用意されたテーブルを見れば白いテーブルクロスが風に揺れる。スイーツスタンドに盛られた菓子たちの甘い香りが、席に着いた私の緊張を幾分和らげてくれた。
「リリ様、俺もう…」
極めて小声で「カエリタイ…」と言った辺り、ラングにしては配慮出来ていると評価すべきかそもそも口に出すべきではないと注意すべきか。
けれど先程ナシェンフィ伯爵夫人が発端で起きた私達の注目が集まってから沈静化するまでの、早すぎる展開にラングが付いてこれていないのは明白で。労ってあげたいとも思う。
「イエニスト子爵、自身に不利な本音は隠してこそ紳士というものですわ。」
「はいっ!!」
私のラングとは反対隣で、扇で口元を隠して助言するガーライル伯爵夫人にラングはピンッと背筋を伸ばした。それを横目で見つつ、私は一つの丸テーブルを囲う4人の面々に『どうしてこうなったのかしら』という疑問が拭えない。
「ハルバーティア伯爵令嬢、私もエマのようにリリルフィアちゃんって呼びたいわ!」
「はい。お好きに呼んでいただいて構いません。」
「私のこともファーストネームで呼んでもらって構いませんわ!」
私の対面に陣取るナシェンフィ伯爵夫人に「光栄ですわ、タチエラ様。」とご要望に甘えることにした。ファーストネームで呼び合うことは個人的に仲良くなった証明であり、敬称が変わったり無くなったりすることで相手との距離を測る目的にも使われる。メイベルが本日対面した直後、私に敬称を取るように言ったのもそのためだ。
そのメイベルは別のテーブルでこちらを頻りに確認しており、主催に連なる令嬢としては宜しくない態度だったのが見えた。
「ごめんなさいねえ、どうしても…どうしても!話したかったから替わって貰ったのよ。」
「いいえ、お二人は社交界でかなりの発言力をお持ちと伺っておりますので、恐れ多いと思っていただけですわ。」
私の視線の先に気づいたのか微笑んだタチエラは謝罪するが、実際得をしているのは私の方。タチエラもガーライル伯爵夫人も今後貴族について有利に立ち回りたいのなら、知り合って交流を深めていて損はない方々だ。
多くの者達がこちらを見ては私に物言いたげな視線を送るのも、先程のことを聞きたいけれどタチエラたちが居るから難しい、という証拠だろう。
「恐れ多いだなんて、私はそんな大層なものじゃなくってよ。」
「そうよ、そんなに気を張らないで?ラング君もよ?」
先程と呼び方が変わったガーライル伯爵夫人に、詰めていた息をふぅと吐いたラング。
身分が変わったことで他者の前で頑張らなきゃいけないのは、階級社会では致し方のない事。それを彼も分かっているから「はい、ありがとうございます。」と返すに留まった。
「それで、リリルフィアちゃんイエニスト子爵!先程のお話の続きを致しましょう?実際のところ、イエニスト子爵が騎士団からハルバーティア伯爵家へ雇うことを決めたのは何時なの?」
「つい先日ですわ。タチエラ様が初めに仰っていたお話でほぼ間違いないですが、違うのは私達の感情が貴女様のご期待に添えないことでしょうか…」
興味が薄くなったことを演出していたタチエラだけれど、それはあくまで演出していただけで本心ではないのはわかっている。
初めに話していた『互いを想う主従関係』が夫人の想像で、理想なのだろう。その想像とは違うかもしれないが、私は先程場を収めてくださった礼として夫人に話せることを話した。
「…それで、雇うことにしたのです。」
話し終えれば一層瞳を輝かせたタチエラ様が居た。
さり気なくティースタンドから焼き菓子を取り分けてくださったガーライル伯爵夫人にお礼を言いつつ、淹れられた紅茶に口をつける。香りは体に入った力を解してくれ、自然と短く息を吐いた。
「剣を捧げたくらいだから、イエニスト子爵の思いは本物なのね…!!それだけでも素晴らしい主従関係だわ!!何よりも2年間騎士団に入って離れ離れだったのに叙爵してハルバーティア伯爵家へ戻ったというのが…!!」
本当に、興奮気味な夫人には恐れ入る。
実は目の前の夫人二人と席を共にする事で、多少なりとも何か二人から言われるのではと思っていたのだけれど、宣言通りラングとのことを聞きたいだけだったらしいことに気が抜けた。
「そうだわ、リリルフィアちゃん。」
「はい。」
気が抜けた直後に名を呼ばれ、思ったよりも硬い返事になった。ガーライル伯爵夫人は神妙な面持ちで私とタチエラを見ると、頬を膨らませた。
「ズルいわ!リリルフィアちゃん、私もエマと呼んでちょうだい!!」
「何かと思えばエマ…大人気ないわよお。」
クスクスと笑うタチエラにムッとしたガーライル伯爵夫人は「呼んでもらっているエラには分からないわよ!」と拗ねてしまった。
10の私が言うのは変だけれど、可愛らしい方々だわ。
「エマ様、怒らないでくださいませ。メイベル嬢のお母様ということで、遠慮していたのです。」
「これからは、名前で呼んでちょうだい!」
すぐに笑顔になったエマは取り分けてくださった菓子の上に、新たにスイーツスタンドから取った菓子を乗せる。
その菓子を口に入れると、程よい甘さが緊張していた体に染み渡るようだった。




