淑女という花の糧は
思っていたよりも大きく響いたらしい夫人の声は、既に集まっていた注目の外側にも聞こえたようだった。少なくない令嬢や夫人がこちらに視線を向け、様々に話を広げる。そんな中でも当事者である夫人の声を聞こうと、皆が耳を澄ませていた。
「旧知の仲だからこその忠誠…釣り合う身分となってから捧げるべき相手の元へ還ってくるだなんて、これほど胸が熱くなるお話は最近ありませんでしてよ!?平民という辛い環境から這い上がり、戦地から無事に帰れる保証もないのに健気に待っていたハルバーティア伯爵令嬢…!!まあ、まあまあまあ〜!!!」
興奮して声が大きくなる夫人の語る内容に、絶句。
前半は間違ってはいないが胸を熱くさせるような感動的話でもなんでもない、『雇ってくださいね!』の言い逃げという自由奔放なものだったし。
後半に至っては何から訂正すればいいのか分からないほど、全く異なる心理描写で笑うしかない。無事帰るも何も騎士団での戦地派遣は秘匿情報で、知らせて良いのは身内のみ。健気に待っていたどころか騎士団に入団しているのだからもう戻ってこないだろうと思っていたのに。
「あの、夫人…?」
「あら嫌だわ私ったら…御免遊ばせ。二人の互いを想う主従に感動してしまいましたの。」
互いを、想う、主従…
思わずラングを見ると、彼もこちらを見ていて頬を引きつらせている。ここで夫人の感想がラングにとって正しい解釈なら、彼が私に見せる表情は照れだとか微笑みだとか何かしらの動揺だったりしたのだろう。
残念ながら『何それ俺知らない…』という状態なので、彼が私に剣を捧げたのはそういった強い感情からでは無いようだ。
「是非とも詳しく聞きたいわあ〜!!」
「ふふふっ!ナシェンフィ伯爵夫人、若い子たちをからかうものではありませんわ。」
興奮した夫人を宥めたのは、庭の芝生をゆっくりと踏みしめて歩み寄る見慣れたミルクティーベージュを揺らす女性。
その半歩後ろではヒラヒラとメイベルがこちらに手を振っていた。
「リリルフィアちゃん、お久しぶり。」
「お久しぶりにございます、ガーライル伯爵夫人。」
腰を落とす私に頷いて返したガーライル伯爵夫人は「人気者ね。」と柔らかい笑みで辺りを見た。結い上げられた髪から数本後れ毛が首筋に掛かって、メイベルとは違った大人の女性といった雰囲気を醸し出している。
ガーライル伯爵夫人に倣って辺りを見ると、ナシェンフィ伯爵夫人の興奮が伝染した令嬢や夫人から好奇の目が私とラングに向けられていた。
「平民の生まれを忌避するような方をお招きしてはいないけれど、花々が噂話に咲き誇るのは必然だわ。それを散らす事は容易ではないわよ?」
つまりは『好き勝手噂するのが貴族の女性、諦めろ』と。
扇で自身をゆったりと扇ぎながら庭に居る招待客を眺めるガーライル伯爵夫人は、貴族らしい本質を口にしない言い回しなのにハッキリと私に意見を伝えてくる。
少し後ろで「水を得た花々はまだまだ枯れそうもありませんわね。」とメイベルもガーライル伯爵夫人の言葉を肯定している。
「あらあらガーライル伯爵夫人、散らさなくても開いた花を蕾に戻すことは簡単よお。」
クスクスとナシェンフィ伯爵夫人が辺りを見回しながらガーライル伯爵夫人に言う。それに対して「貴女が蒔いた種なのに。」とこれまた楽しそうに扇を動かすガーライル伯爵夫人。
どちらも楽しいことが大好きと語っている若々しい瞳は、とてもではないが子がいるとは思えない。そして二人してクスクス笑いあったかと思えば私へと目を向ける。
「まあ!!ハルバーティア伯爵令嬢はイエニスト子爵が捧げた剣の意味をご存知でないの!?」
何も話していないのに、目を大きく見開いて驚愕の眼差しを私に向けるナシェンフィ伯爵夫人の姿は、同じく私も目を見開いてしまうほどいきなりのことだった。
そして夫人の言葉に頭はすぐさま状況判断のために動き出す。全く話題にしていなかった話の内容を考えるとナシェンフィ伯爵夫人の言う『花を蕾に戻す』ために必要な話なのだろう。
「剣を捧げるということは、騎士様が捧げた相手に忠誠を誓うということ。仕事として仕えるのとは訳が違うのよ?」
ご丁寧な説明に私は余計な口を挟まないよう頷くに留める。するとナシェンフィ伯爵夫人は満足そうに「そのままで。」と小声で呟いた。
「知らなかったのなら、先程ナシェンフィ伯爵夫人が仰っていたお話も変わってきますわねえ。」
「そうねえ。ハルバーティア伯爵家は古くから仕える使用人も多いと聞くし、その者たちの身分は様々。皆が令嬢にとっては忠誠を誓っているのと同じなのかもしれないわ。」
ナシェンフィ伯爵夫人の瞳はだんだん熱を冷ましていく。その様子に私は周りを観察すると、夫人と同じく色めき立っていた方々の空気も落ち着いてきている。
話している内容は嘘もなければ、ナシェンフィ伯爵夫人が先程興奮気味に言っていた解釈を改めたわけでもない。なのに空気は私達への興味が薄くなっていた。
「リリルフィアはイエニスト子爵がハルバーティア伯爵家へ戻ってくることに反対しておりましたわ。」
「まあ、メイベル本当に?」
「騎士団に所属するという栄誉を考えると、それも当然よねえ。」
ふふふ、ほほほ、と笑い合って話は曖昧に終わる。
メイベルの参入は驚いたけれど、彼女がラングが戻ってくることに初めは反対していたという話をした途端に、周りの温度は平温そのものになっていた。
人々の興味は『下位者の忠義』『上位者の信頼』を求めていたものだったようで、初めから仕える事が決まっていたり戻らないと思っていたりすることを示したことで、興味が無くなったのだろう。
「恐れ入りましたわ。」
「ふふ、種蒔きも上手ければ花摘みも上手でしょう?」
私の言葉にナシェンフィ伯爵夫人は自慢げな表情。それを当然のことだと思えるくらいに彼女の手腕は見事の一言に尽きる。
嘘を並べるのではなく、述べ方一つで自身の望む方向へ人々の感情を導くのだから。
「き、貴族って怖い…!!」
「あらラング、まだ茶会は始まってもいませんわ。」
微かに揺れるエスコートの手。
それに追い打ちをかけるようにメイベルは楽しそうに笑っていた。




