リンダの鋭利な刃物
「取り敢えず、ラングは落ち着いて。」
憎しみの籠もった眼差しをアルジェントへ向けているものだから、アルジェントが戸惑いと怯えとでどうしたらいいのか分からなくなっている。
何時ものようにこちらへ助けを求めようとしないのは、先程アルジェントが退室したことが関わっているのだろう。けれど私の説明不足が原因の一端であるならば、私がアルジェントに手を貸してもいいはず。そう勝手に判断して私は「まずはお互いの紹介を改めてしましょう」と提案した。
「私がアルジェントにラングの年齢を言っていれば、間違いも起きなかったんだもの。だから私が二人のことをちゃんと紹介するわ。」
身長のことは、ラングが気にしている限りどうしようもないけれど…と胸の内だけで呟いて、先ずはアルジェントのことをラングに紹介する。
「アルジェントよ。一月程前…もう2ヶ月経つかしら?お父様と街で拾って、今は我が家の雑務全般をジャニアから言い渡されているみたい。ジルともよく話しているわよね?」
私が問いかけると、アルジェントは一度私の方を向いてから気まずそうに視線を外してから一つ頷く。マナーとしてあまり良くないその行動に、隣で控えてくれているリンダから不穏なオーラが出ているけれどもう少し怒るのは待ってあげてほしい。せめて私の居ない場で理由を聞いてあげてね。
「少し緊張しやすいけれど、よく働くし覚えることも不得手じゃないようだから周りからの評判もいいわ。今回はメイベル様がアルジェントに会いたいと仰って、言葉遣いを矯正して連れてくることになったのよ。」
私が出したメイベルの名前にラングは反応した。
ラングにとっては師匠の娘だから彼もメイベルのことはよく知っている。ハルバーティア邸で顔を合わせていた二人だけど、すぐに打ち解けてからはメイベルはラングを楽しくからかっていた。
2年で何か変わったかしら。
「メイベル嬢…!!俺がリリ様に会えないのを良いことに散々リリ様とお会いした時の話を聞かせるんですよ!?騎士団に入ってもわざわざ手紙を寄越すんですから仲間にも恋文と間違えられて二重に大変でした!!」
ああ、変わっていないみたい。
メイベルの楽しそうな表情が目に浮かぶわ。きっと今回のお茶会はラングの話も上がりそう、そもそも私の護衛となったのならお茶会へ同席することは可能なのだから、いっそ連れて行くのもありかもしれない。
一先ずメイベルとお茶会のことは置いておいて、アルジェントの紹介はこれくらいだろう。
問題はラングの紹介だ。
「先に聞くけれど、ラングさっき自己紹介したのよね?」
「はい!」
「何を言ったの?」
「え?名前ちゃんと言いましたよ!」
ラングのことだ、名前の他に何も出さない辺り絶対名前“しか”言っていないのだろう。
レイリアーネのときといい、メイベルと会う事になったときといい、アルジェントに身分のことを話すときは気を使わなければ卒倒してしまいそうだ。まして今回は年齢や身長のことでラングを既に不機嫌にさせているので、これで彼が子爵のことを知ったら…
「アルジェント、ラングのことを紹介する前に深呼吸しておきましょう?」
「え…はい。」
私の唐突な提案にも素直に従ってくれるアルジェント。
どう言えば精神的負担を和らげられるかと考えるけれど、率直にラングが子爵であることと爵位を賜った経緯を言ってしまう以上にいい案が思い浮かばない。
「一気に言うわ、心して聞いてね。」と前置きしてから、ラングの紹介を始める。
「ラング・オランジュ・イエニストよ。農家の息子で平民だったのけれど、騎士団へ入団してから数々の功績を収めて半年くらい前に子爵位を賜っているわ。叙爵のきっかけとなったのは同盟国への武力支援を行った『レディル戦』ね。騎士団が活躍したのはアルジェントも知っているのではなくて?」
つらつらと言葉を繋げる私に、聞いているアルジェントはすっかり顔が青くなっている。
ラングの方が向けないのか、両手を体の前で握りしめて落ち着かない様子は見ている者からしたら思わず憐れみを向けてしまうであろうほどに、怯えているように見えた。
「し、子爵…」
「私が言うことではないかもしれないけれど元はアルジェントと同じ平民で、私と出会った時も農家の息子として野山を駆け回っていたから、ラングは誰よりも貴族らしくないと思うわ。だからそんなに畏まらなくていいと思うの。」
同意を求めてラングを見るけれど、本人は「野山を駆け回っていたのはリリ様もでしょ!!」と余計な情報を付け加えてきた。5歳の遊びたい盛りに13の少年が連れ回した先が木登りだった時点で、私の令嬢らしさはその時半減したとだけ言っておく。
アルジェントの顔色は戻ることはなく、私が助けを求めるようにリンダを見ると彼女は一歩前に出てアルジェントを見る。
「アルジェント、よく考えなさい。貴方がお仕えする旦那様やお嬢様は伯爵家です。子爵よりも身分が高い上に目の前のラングの雇い主であり彼の実家はハルバーティア領にあります。しかもこのラング本人は身長を気にするような小物です。緊張する要素は欠片もないですよ。」
堂々とした物言いは聞いていて清々しいのだけれど、ラングには大剣が精神につきささったようで「リンダさん…酷い…」と泣きそうな顔になっていた。