即断と提案
もしも王族との縁を公の場で築くことが出来たなら、それは貴族にとって大きな影響力を得ることになる。
例えば王女がお茶会で『貴女のドレス素敵ね』と言った場合。その貴族のご令嬢のドレスを王家が認めたと周りが意識し、ご令嬢の家と針子はたちまち流行の最先端を歩けるだろう。
例えば王妃が招待された夜会で『気分が悪くなったわ』と言った場合。招待した貴族は王家へ害を為したと周りは判断し、真偽がどうであれ貴族家は衰退を辿るだろう。
王族はその言葉一つで貴族たちの人生を左右出来る。そして重要なのが公の場で貴族が目を向けるのは“家”であること。
しかしミカルドが言った言葉はそれらとは異なり、非公式のこの場で縁を結んでほしいという申し出。
少しの間、部屋は静かだった。どの視線も私に向けられたが私はその視線たちを気にしないように努め、何やら考えている様子の父に向ける。
父は私の視線に気づいたわけではないだろうが、顔を上げてニコリと笑った。
「うん、お断りします」
申し出に対して断りの言葉を放ったのは、勿論私じゃない。
チラリと隣を見ると、ニコニコと微笑みを崩さず「リリルフィアもそれでいいでしょう?」とこちらに同意を求めてくる父。いいですけども。言い方というものがあると思いましてですね。
父の決断に強い賛意を示すことも難しく、私は「お父様が、そう仰るのでしたら」と言うに留めた。
実際、未成年な上にデビュタントも終えていない私。私の身の振り方の決定権は父にあるので、父に従うと言っておいて間違いはないのだ。
「…非公式だからですか?ならばシーズン中の夜会で場を設けましょう。王女殿下からソテラの街への御忍びに対する謝意を述べる形であれば、不自然では無いはずですので。」
ミカルドの提案にも父は肯定しなかった。寧ろ「“御忍び”であることを公表されてよろしいのですか?」と指摘する。
伯爵領に王族が訪れることはとても名誉なことで、通常ならば盛大にお迎えして大騒ぎになる。しかし、今レイリアーネは公には出来ない事情があるから多くの貴族にソテラの街にレイリアーネが居ることを知らせていなかったのではないか。実際に私達だって知らなかったからこそ昨日の一件があったわけで、そんな中で夜会の話題として『ソテラの街へ訪れた』と公表すれば、周りの貴族はどう思うだろうか。と父は指したのだ。
「ハルバーティア伯爵家には王族との癒着が疑われ、王女殿下には最悪の場合ですと王位継承権を巡る反逆と取られかねませんよ。」
父の言葉は可能性に過ぎない。けれどその可能性が考えられる時点で、貴族の中でそのような考えを持つ者が出る確率がゼロではなくなった。
被害が小さくとも、貴族から不満の声が上がることは避けられないだろう。
父の言葉にミカルドはクッと眉を寄せ、「ですが…」と引く気が無い様子。それに言葉を向けたのは彼の隣にいたレイリアーネだった。
「ミカルド、引くべきだと思うわ。」
「ですが殿下、」
「良いから!」とミカルドの肩を叩き父に向かって目を伏せる。それは目下の者たちに頭を下げることを良しとしない貴族のマナーで、レイリアーネが取れる唯一の謝罪の態度だ。
「無理強いがしたい訳ではないのです。ミカルドは私のことを思ってこのような提案をしたわけですので、それだけはわかって。」
従者を庇う姿は、昨日のレイリアーネには無かったもので私は少なからず驚いてしまった。父は一つ息を吐いて「私は提案を断っただけですので。」と、これ以上言及はしないと暗に言う。
「星の…ハルバーティア伯爵令嬢、貴女にも意志を確認せず無理な提案をしたわね。」
口調こそ王女らしい堂々としたものだけれど、その表情は申し訳無さそうに眉を垂らしている。そんな彼女を見て私は横に首を振った。
「光栄なことであったのは事実でございます王女殿下。もしもまた、ご縁がありましたら“今シーズンの夜会でご挨拶”出来ることを願っておりますわ。」
ハッと気づいた様子を見せたのはミカルドだった。横では父が「リリルフィア…」と苦笑いしているが、断るだけで終われば父が損をするだけではないか。
公の場でもそうでなくても、言葉にすることはそれだけで大なり小なり意味を持つ。もしもこの場で父や私がレイリアーネと関わりを持つことを是としたら、秘密裏な約束事を結んだことになるのだ。
そんな後ろ暗い種を生むことは、王族もハルバーティア伯爵家も望まない結果だろう。父はそれを危惧し、断ったと私は推測する。
対して私が一番気にしているのは、非公式での関係で目を向けられるのが“家”よりも“人”であるという点。今の状況で言えばハルバーティア伯爵家ではなく、リリルフィアを見られているということ。
家に齎される利益は全てリリルフィアに与えられ、リリルフィアの行動は全て家に影響する。そんなの荷が重すぎるので、父の言葉が無くとも遠慮したいものだ。
というわけで、そもそも今日の会話は無かったこととして、別の公の場で顔を合わせたという体を作ることで容易で安全な関係が『ハルバーティア伯爵家』に齎されるという結果になる。こうすれば父は王族との関係を結べる
ミカルドは私を凝視して「なんと…」と言葉を選び損ねている様子だけれど、父は「ウチの娘は優秀だなあ」と頭を撫で続けているので間違った提案ではないようだ。
「いきなり夜会で会話をとなると、不自然になるかもしれないですが。」
「ああ、それは大丈夫だよ。リリルフィアは色々有名人だからね。」
「…それは、初耳、です。」
何です、有名人って。