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宜張による初愛依観察日記 4

✕月△日


 翔士しょうし司凉しりょうに聞いてきた。

「しりょーは女の人が好きなの?」

 

 どこからそんなことを聞きつけたのだろう。

 司凉が俺を睨んできたので、俺は慌てて首を振った。俺じゃないぞ。

 ふと妓撫の方を見ると、妓撫きぶがあからさまに目を逸らした。…犯人はきっとこいつだ。


「女の人って誰のことだ?若い女か、それとも年を取った女を言っているのか?」

 司凉が聞き返すと、翔士は「大人の女」と答えた。見事な切り返しに、司凉が絶句している。


 こいつはどこまで意味が分かっているのだろうか。幼児とはいえ侮れないなと俺が秘かに考えていると、「でもね」と翔士が言った。

「でも、何だ」

「だけど、タヌキは歌わないんだよ」


 司凉の肩がずりっと下がった。


 大好きな祝主とおしゃべりをして、翔士はとっても楽しそうだ。その隣で、お前の祝主はどこか疲れているようだがな。



✕月△日


 翔士が怪我も病気もしない。それは大変いいことだ。

 いいことなのだが、そうすると、司凉が泉恕せんどに来ない。来る理由がないからだ。


 ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎる頃までは良かった。そのうち来てくれると思っていたからだろう。

 が、ふた月半も過ぎ、三月めに掛かる頃、翔士はだんだんと元気がなくなり、ご飯をあまり食べなくなった。

 あれだけ元気に外を走り回っていた子がすっかりおとなしくなって、部屋の隅に蹲っている。


 胸に抱きしめているのは、この前司凉が残していった袍だ。時々くんくんと残り香を嗅いでいたが、だんだん薄まってきたらしく、「ふぇー」と言いながら涙と鼻水と涎をつけまくっていた。


「しりょー、俺のこと嫌いなのかな」

「嫌う筈がないだろう?」

 …存在自体を忘れている可能性はあるが、少なくとも嫌いではない。


 困った…と、俺は妓撫きぶ架耶かやと顔を見合わせてため息をついた。


 ものを食わないと言っても、まるで食べないという事ではない。水は飲むし、出された膳も五、六口は食べている。

 すぐに命が危ないとかいう状態ではないが、何せ、この子は今育ち盛りだ。しっかり食って体を動かし、頭を使うのが、今のこいつの大事な仕事だ。


 ものを食わないせいで、力も入らないのだろう。翔士は歩く事もほとんどしなくなった。部屋の隅で司凉の袍を抱きしめて蹲っているか、袍にくるまれて眠るかのどちらかだ。


「しりょー」

 くすんくすんと泣いて、翔士はまたうとうとと微睡み始める。

 そんなにあの不愛想な祝主はふりぬしが恋しいものかね…と俺は思う。


 腹に力が入らないため、翔士はもう大声で泣く事もしない。ただ、起きている間中、涙を零すので、目も鼻も真っ赤になっている。


佑楽うらくに文を出すわ」と架耶が言った。

「とにかく司凉が、一回顔を出せばいいのよ。佑楽に説得してもらうわ」


 翌々日、司凉がやって来た。

 部屋の隅で袍に顔を埋めていた翔士は、聞き覚えのある足音にぴくんと体を震わせた。

 頭を上げ、体の向きを変えると、袍を抱きしめたまま、期待と不安の入り混じった目で扉の方をじっと凝視する。


「ふええええええええええええええん」

 司凉が扉を開けた瞬間、翔士はまろぶように司凉の方へ駆けて行った。真っ赤に泣き腫らした顔を見て、司凉は心底驚いていたが、それでも飛び込んできた小さな愛依を慌てて抱き留めてやった。


「しりょー、会いたかったの、しょーし、会いたかったの!」

 ひしっと首にしがみついて、かき口説くように翔士が訴える。

「しりょーが来ないから、ご飯も欲しくなかった。

 しりょーがいないから、すごく寂しかった。

 しりょーに会いたかったよぉ。

 しょーしはね、しょーしはね、しりょーがいっとう、大好き…!」


 司凉の上質の袍の肩口は、翔士の涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。あれはおそらく染みになる。もう二度と着れないだろうなと俺は思った。


 取りあえず口舐めをして気を分けてもらった後、翔士には粥が用意された。

 しばらくまともな飯を食っていないので、先ずは粥からだ。


 翔士は司凉に逃げられないように、司凉の袍の袖口を片手でしっかりと掴んでいる。

 口に粥を運んでやっているのは妓撫だ。自分で食べさせても良いのだが、翔士は司凉に気を取られているので、盛大に粥を零しそうだったからだ。

 一椀完食すると、翔士は司凉の膝の上に乗っかり、胸に顔を埋めてうとうとと眠り始めた。恋しくて堪らなかった祝主の腕の中にようやく抱きしめてもらえて、安心しきって眠りに落ちていく。


「何、こいつ…」

 ぼそりと司凉が呟いた。

「顔を見せなかっただけで、ここまでするか?」


 司凉は今回、三晩泉恕に泊まってやった。

 この間の翔士の後追いは、いつもにも増してすごかった。片時も司凉から離れたくないらしく、目が覚めるなり、館に突撃してきて司凉の胸に飛び込み、ご飯時に連れ戻されても、飲み込むようにご飯を済ませて、また司凉に会いにやって来る。


 それほど寂しかったのかと、あの司凉が少しだけ情に絆され、帰る前の晩には、ねだられるままに初めて一緒の布団で寝てやった。

 祝主の匂いに包まれて、翔士は安心しきってぐっすりと深い眠りに落ち、厠に起きれずに司凉の布団におねしょをした。


 …司凉は激怒した。


  新たな発見・・・子供は泣きすぎると、顔に斑点ができる

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