宜張による初愛依観察日記 1
初愛依の可愛らしさをどうしても書きたくなって、宜張視点で書いてみました。
翔士が生まれてから、三歳くらいまでの日記です。
司凉の愛依の胎魂を、泉恕の百姓女の腹に植え付けて、闇食みの宮がお隠れになって九か月と十日。
自分の愛依が間もなく生まれそうだというのに、司凉は全く泉恕の方を気に掛けていない。
封じの傍ら、女遊びをそこそこ楽しんで、そのくせどこか生き飽いたような冷めた目で、日々を送っている。
元々感情が表情に出てこない奴だが、自分の愛依には関心を持つと思ってたんだがな。
ついひと月前、羽前が胴元となり、『愛依が生まれたら司凉がこっそり愛依の成長を見に行くか否か』という賭けを始めた。
が、全員が見に行かない方に賭けたため、この賭けはあっさりお流れとなった。
一昨日、「そろそろ愛依が生まれるんじゃないか」と同胞に聞かれた司凉は、「もう生まれてたんじゃないのか?」と他人事のように聞き返していた。
…生まれていないことくらい、気付いてやれ。
このままだと、誰かが教えてやらなければ、こいつは十年後に愛依を迎えに行くことも忘れそうだ。
と思っていたら、事態は急転した。
葵翳の命を受けてさりげなく様子を窺っていた同胞が、式を飛ばして愛依の危機を伝えてきたのだ。
鄙女にとっては六度目のお産だというのに、かなりの難産となり、母子ともに危険な状態に陥っているのだと言う。
どこぞの官女と春華宮にしけこもうとしていた司凉は、慌てて馬を駆って泉恕に駆け付ける羽目となった。
死にかけた赤子に祝血を飲ませてやったので、愛依は無事、蘇生を果たした。
助かったのはいいが、祝血を与えられたために、赤子は依人特有の甘い気を一人前に放つようになってしまった。
こうなるともう、仕方がない。御所に引き取るか、あるいは泉恕に守役を派遣して赤子を守るかのどちらかだ。
それをきいた俺はすぐに、沙羽におねだりに行った。
宗家が御所に赤子を引き取る可能性は低いだろう。となれば、早々に守役が募集される筈だ。
のんびりとした田舎でちんまい愛依の成長を見守る生活…。考えただけでも楽しいではないか!
かなりの数の愛依が守役に名乗りを上げたようだが、何と言っても俺の沙羽は、依人内でかなりの発言権を持っている。
俺は無事に、守役の座を射止める事ができた。
しばらく会えなくなるんだから、その代わり楽しい話をたくさんお土産に持って帰るようにね、と沙羽に言われた。
闇食みの宮付きの沙羽は、赤子と関わった経験がほとんどない。私も一緒に行けたらいいのに、と残念そうに呟いた沙羽のために、俺は面白い話をたくさん見つけてこようと思う。
初愛依の成長の様子をたくさん沙羽に話してやるために、俺は今日から日記をつける事にした。
題名は、そうだな…。『初愛依観察日記』で良いだろう。
以降、日記より抜粋
✕月△日
今日、初めて翔士を見た。すごくちんまい。おそらく俺の右の掌に乗る。
今日赴任したばかりなので、俺たち守役の泊まる館は、当然できていない。今、急いで建築が進められているところだ。
司凉と愛依は今朝方に邑長の家に移ってきたし、俺たちもしばらくはここに住まうようになる筈だ。
布団に寝かされた赤ん坊の翔士を、守役三人で上から覗き込んだ。(母親らはすっかり遠慮して、後ろの方へ下がっていた)
赤子は、肘や膝を曲げ、ぎゅっと拳を握りしめている。時々、びくっと体を動かすこともある。
妙にしかめっ面をしたり、そうかと思うと、にへえと笑っているような顔をしたり、赤子はなかなか面白い。
「見てて」と架耶が言って、翔士の指をつつくと、翔士はぎゅっと架耶の指を握ってきた。見掛けはアレだが、すげえ、可愛いぞ!
まだ目も開かないので、目の部分は一本線のようで、何だか全体的に黄色っぽい感じだ。
「こいつ何か、さ…」
と言い掛けたところで、慌てて妓撫が俺の口を塞いだ。
俺が猿と言おうとしたのを感付いたってことは、お前もそう考えたってことだよな。
✕月△日(熱を出す)
翔士が熱を出した。明け方くらいからむずかり始め、ふえふえ泣いていたのが、だんだんと息が荒くなり、昼前にはひゅーひゅーと変な息をし始めた。
妓撫が司凉の符を裂いたので、司凉が慌てて都から駆けつけてきた。
意識が朦朧としているくせに、翔士は何故か祝主の気配だけはわかるようだった。
目も開かない赤子が、司凉が近付いた途端、司凉の方へ僅かに顔を向ける。
司凉が指を裂いて翔士の口元をつつくと、それまで母親のおっぱいにはも見向きもしなかった子が、貪るように血を吸い始めた。
うくうくと飲み続け、祝主の気が体全体にいきわたると、翔士は司凉の指をくわえたまま眠り始めた。
万歳の形で両肘を曲げ、何だかとっても幸せそうだ。
✕月△日(熱が出て二日目)
まだ熱の下がりきらない翔士は、母親のおっぱいに吸い付いてもすぐに飲むのを止めてしまう。
心配した架耶が、翔士を抱いて司凉の所に連れて行った。
司凉が昨日と同じように翔士の口元をつついてやると、翔士はすぐに指に吸い付いた。ちんまい手で必死に司凉の手を握りしめ、一心不乱に血を啜る。
庇護欲をそそられるような愛らしさに、俺たち三人は夢中になって赤子を見ているが、肝心の祝主はどこか冷めていた。
元々感情の起伏に乏しい奴だが、気を分けた愛依にここまで感情を動かされない祝主は珍しい。
本能では惹かれているが、それだけだという感じだ。
そう言えば随分前に、俺は情というものがよく分からない、と司凉は言っていたな。この先こいつは、ちゃんと愛依を可愛がってやれるんだろうか。
✕月△日(熱が出て三日目)
完全に熱が引いたため、司凉はあっさりと都に帰って行った。
様子を見に行くと、翔士は赤子用の籠に入れられて、人目のある土間に寝かされていた。
妓撫や架耶がいない時を見計らって、俺は指で翔士の口元をつっついてみた。翔士が騙されるかなと思ったからだ。
祝血だと思った翔士は、喜々として俺の指に吸い付いてきたが、血が出てこないので何かおかしいと気付いたようだ。
暫く指をくわえていたが、やがて思いっきり眉間に皺を寄せて、ぷっと俺の指を吐き出した。
顔を覗き込むと、今まで見た事もないような、ものすごくへちゃむくれた顔をしていた。
その後、司凉を恋しがって翔士は泣き始め、母親がいくらあやしてもしばらく泣き止まなかった。
俺は妓撫と架耶に、死ぬほど怒られた。
✕月△日
今日、佑楽が架耶に会いに来た。
翔士は人見知りが始まっており、架耶の腕の中であからさまに佑楽を警戒している。
遠目に見ている分にはいいのだが、佑楽がゆっくりと近づくと、怯えたように架耶にしがみつき、最後には「ふえーん」と泣き出した。
翔士が一番好きなのは司凉だが、俺たち守役にももちろん懐いている。
俺が抱っこしている時、知らない奴が近付くと、同じように服にしがみついてくるので、実はすげえ可愛かったりする。
「あれ、なんだ?」
架耶にしがみついている翔士の後頭部を見た佑楽が、小声で聞いてきた。
柔らかな黒髪が頭全体に生えているのに、後頭部が丸くハゲあがっているのが気になるようだ。
「ああ。あいつ、まだ寝がえりできなくてさ。基本的に仰向け。で、最近、足で蹴って上にずり上がるという技を覚えた」
「…ほう」
「そうすると、頭のちょうどあそこら辺が擦れるらしくてな。その部分の髪の毛がなくなった」
「なるほど」
顔立ちが可愛らしいだけに、翔士の丸ハゲはかなり見た目が強烈だ。
この前司凉が来たけど、少々のことでは驚かない司凉が、翔士の後頭部を見て絶句していた。
明らかに動揺した様子で目を逸らせていたが、一生アレではないからな。
因みに、理由を聞いて来なかったので、わざわざ教えてはやらなかった。
✕月△日
翔士は本当に、手の掛かる子だと思う。
大体ひと月に一回は高熱を出し、律儀に昇天しかける。いっそ見事なほどだ。
その度に司凉が都から駆けつけて来て、翔士に血を舐めさせてやる。
翔士は司凉の祝血が大好きだ。
最近涎が出るようになった翔士は、司凉の顔を見ただけで、だーと涎を零すようになった。
何を考えているか、まる分かりだ。




