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愛依は、真実に突き当たる

 その官女とようやく会う事が叶ったのは、翌日の正午をちょうど回った頃だった。

 司凉(しりょう)の名を出したため、玻奈(はな)翔士(しょうし)貴沙妃(きさひ)の首飾りについて知りたがることに、何の不審も覚えなかったようだ。

 問われるままに、快くいろいろなことを教えてくれた。


「ええ。覚えていますわ。宗妃さまが殊の外お気に召して、大切にされていた一品ですね」

 玻奈という年配の官女は、首飾りの事をよく覚えていた。


「それは見事なものでしたわ。翡翠の色自体がとても希少なものだったうえに、それを更に三つ連ねたものでしたから。

 周囲の金細工も申し分なくて、金に糸目をつけずと言い方がぴったりでした。

 宗妃さまはそれをとても大事にされていて、どなたから贈られたものかしらと、下世話ながら皆で噂してしまったほどです」


「じゃあ、宗主さまから贈られたものじゃなかったんだ…」

 翔士の言葉に玻奈は、ええ、と頷いた。

「最後まで貴沙妃さまは送り主の名前をおっしゃらなかったから、それ以上の事は私も知らないのです。

 ただ……」

 玻奈は躊躇うように瞳を伏せた。


「司凉さまからお聞きかも知れませんが、宗妃さまはその首飾りを身に着けて自害なさいました」

「え」

 初めて聞かされた思わぬ事実に、翔士はぞっと顔を上げた。

「……余程想いの強いものだったと、ご推察いたしますわ」


「それなのにその首飾りは墳墓に入れられなかった?」

 震える声で翔士が問い掛けると、玻奈は痛ましげに顔を曇らせた。

「そうですわ。よくご存じでしたのね」

緋沙(ひさ)から聞いたんだ。覇麝(はじゃ)さまが、亡き宗主さまから贈られた品以外は、貴沙妃の墳墓に入れる事を許さなかったって」


 答えながら、翔士は爪が食い込むほどに拳を握りしめる。

 女性として国の頂点に立ち、栄華を極めていた貴沙妃。その貴沙妃にも、確かに闇はあったのだ。


「その首飾りをもらい受けたのは誰?」

 念のためにそう尋ねる翔士に、玻奈は寂しげに微笑んだ。


「貴沙妃さまに長年お仕えしていた乃而(のに)さまですわ。

 宗妃さまの死に繋がるものだから捨ててしまえと覇麝さまはおっしゃったのですけど、それでは余りに宗妃さまがお気の毒だと、乃而さまが涙ながらに訴えられて。


 乃而さまは、本当は宗妃さまのご遺体と一緒に墳墓に入れて差し上げたかったのです。けれど、どうしてもお許しが出ませんでした。

 それで乃而さまは仕方なく、形見分けにこれをいただけませんかとお願いされたそうですわ」


 翔士は息を静かに吐き出した。やっと繋がった。

 鬼となって世を徘徊しているのは紛れもなく貴沙妃だ。そして鬼となり果てた貴沙妃は、今もこの地のどこかにいる。

 あの首飾り以外にも執着を残すものがあって、それを手に入れようと虚しくこの現世うつしよを彷徨っているのだ。


「他に宗妃さまが大切にされていた宝玉はない?」

 翔士の問いに、玻奈は記憶を辿るように瞳を彷徨わせた。

「確か、揃いの装身具があったように思います。腕飾りだったか、指輪だったか…」


 それが何かを、翔士は一刻も早く突き止めなければならなかった。

「宗妃さまに繋がるたくさんの方が、宝玉を形見分けにいただいてるんだよね。誰が何をもらったのかわからない?」

 玻奈は、それならば、と口を開いた。

「目録を見ればわかるでしょう」

「今すぐそれを見たいんだ」


 玻奈は驚いた風だったが、翔士の真剣な眼差しにすぐに頷いた。

「控え所に目録の写しがあった筈です。できるだけ早く、お持ちしましょう」



 この事を誰に相談したらよいか…。

 知り得た真実の重さに、押し潰されそうな気分だった。回廊を当てもなく歩きながら、翔士は忙しく頭を働かせる。


 格付けたちは闇の封じと宗家の名を第一義に考える。その大義の前には、屍鬼となった宗妃の苦しみなど、何の意味も持たないだろう。


 けれど翔士は、屍鬼となった貴沙妃を力づくで封殺するのは嫌だった。

 自ら死を選んだ貴沙妃は、想う相手に通じる品と共に墳墓に埋葬される以外は他に、きっと何も望んではいなかったのだ。


 貴沙妃の不実を責めるのではなく、鬼となった身を憐れんでくれそうな人…。

 そこまで考えた時、不意に翔士は、貴沙妃に通じるもう一つの真実に思い当たった。


 こんな簡単な事にどうして今まで気づけなかったのだろう。すべての事象は、一つの真実だけを真っ直ぐに指していたというのに…。




 その足で翔士は佑楽(うらく)の居室へと走った。

 こうして貴沙妃にまつわる真実が一つずつ明かされていくと、あらゆる疑念に既に答えが用意されていたことを翔士は思い知る。


 希少な翡翠を三つも重ねた首飾りを贈り得る財力を持っていたのは誰か。

 何故、貴沙妃は、理由をつけては佑楽を危険な任務から遠ざけようとしたのか。

 そして、その宗主夫妻が亡くなって以来、ずっと六茫宮(ろくぼうぐう)にこもりきりになっていた佑楽。


 頑なに閉ざされた部屋の扉を、翔士は必死に叩き続けた。すべてを正しい方向へと導けるのは、もはや佑楽しかいない。

 格付けたちは動き始め、見つけ次第あの鬼は封殺される。あの哀れな鬼を救い得るのは、きっと佑楽だけなのだ。


 拳が痺れるほど叩き続けて、ようやく佑楽は姿を現した。やつれてはいるが、驚いたように翔士を見下ろすその眼差しは優しく澄んでいる。

 いつもこの穏やかさに包まれてきた。

 決して声を荒げず、人の罪を責めずに、真っ直ぐに未来だけを見つめる佑楽の強さに、翔士はずっと守られてきた。


「どうした」

 ふわりと落とされた懐かしい物言いに、翔士の目から涙が溢れ出た。

「助けて」

 堪え切れずに、その服に取り縋った。

「あの鬼を殺させないで!鬼は貴沙妃なんだ…!」

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