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幕間 愛依は、失礼な心配をする

 あの後腰が抜けてしまった翔士(しょうし)は、散々司凉(しりょう)から馬鹿にされ、ほんのちょっぴりだけ気分けしてもらって、何とか宿までたどり着いた。

 いや翔士だって、気分けなんて迷惑は極力かける気はなかったのだが、なんせ足に力は入らないし、「お前をおぶって帰るまでの体力はない」と言いきられれば、自力で帰るためにもちょこっとだけ元気を分けてもらうしか方法はなかったのである。


 翌朝には無事に御所まで帰ってきた翔士だが、司凉が自分を殺すといった言葉がどうにも信じられない。

 もちろん司凉のためなら命を差し出しても惜しくはないが、大好きな司凉が平気で自分を殺そうとするなんて、翔士としては認めたくもないし、到底納得できないのである。


 今もあんまりしょぼくれた翔士を見かねてか、架耶(かや)が翔士を自分の部屋に招いてくれたのだが、いつもなら大喜びで口にするであろう練り菓子にも全く手をつけようとせず、翔士はぐったりと卓子に懐いていた。


 佑楽(うらく)が心配そうに自分を見つめているのには気付いていたが、元気なふりをする気力も出てこない。


「で、どうしたのよ」


 そう聞いてくるのは、架耶と同じく、泉恕(せんど)で長らく翔士の世話を焼いてくれた妓撫(きぶ)だ。

 翔士の様子がおかしいと聞いて、見に来てくれたものらしい。


「別に何でもない」

 気弱く翔士が否定するのに、

「何でもない訳ないでしょうが」

 呆れたように妓撫に返されてしまった。


「あんた、あの時司凉に気を分けてもらったんでしょ。神気が強まってたから、架耶がすぐに気付いたって言ってたわ。

 一体なんだってそんな事になったのよ。

 司凉、平気そうに見えてたかもしれないけど、呪陣封じで気をごっそり削ぎ取られて、相当疲弊してたらしいわよ。

 愛依(うい)のくせに、そんなことも分からなかったわけ?」


「だって…」

「だって、何よ」

「その、つまり…」


 大きな目でじっと見つめられて、翔士はとうとう観念した。


「司凉の事が心配で飯もろくに食ってなかったから腹も減ってたし、腰が抜けちゃって立ち上がれなくなったんだ。

 おぶうだけの体力はないって司凉から言われて、そんで、ちょこっとだけ気分けを…」


 翔士だってあれはないだろうと自分でも思えるので、自然、声は小さくなる。


「じゃあ、何?

 おぶわれるか、気分けしてもらうか、究極の選択だったってこと?」

 呆れたように妓撫に言われて、翔士は小さく頷く。

 そんな翔士を見て、妓撫は大きくため息をついた。


「で、何がそんなに衝撃だった訳?

 別に司凉から嫌いって言われた訳じゃないんでしょ。

 って言うか、今まで散々言われ放題だったわけだし、今更、気にするほどの事でもないと思うけど」


 三人にじっと見つめられて、翔士は仕方なく口を開く。

「……司凉、俺を殺すって言ったんだ」


 打ちのめされた口調で翔士が白状すると、周りを取り囲んでいた三人は、何だというように、一斉に呆れたように笑いを零した。

 という事は、司凉は魂返りの件を教えてやったのだ。


 周囲三人の反応に、翔士は猛然と抗議した。


「何で驚かないの?俺にとっては立ち上がれないほどの衝撃だったのに」

「もう、じれったいわね」


 妓撫はこつんと翔士の額を指で弾いた。


祝主(はふりぬし)は愛依が大事なの。だからひ弱な愛依が魂返りできるように、魂に覚えさせてくれるんじゃない。

 あたしだって、三度経験しているわよ」


「あたしは一回かな」

 傍から架耶が楽しそうに口を割り込ませた。

「怖くないわよ、翔士。苦しんで死なせるような真似、祝主は絶対にしないわ。司凉もそう言わなかった?」


「苦しくないように殺してやるって司凉は言ってたけど」

 架耶の言葉に、翔士は渋々そう認めた。

「だけど本当にそうなのかな。司凉、ちゃんとやり方を知っていると思う?」


「あのね、翔士。誰が教えるって訳じゃないけど、祝主は皆、そのやり方を知っているわ。まあ、祝主の本能みたいなものね」

「本能?」

 いよいよ疑わしそうに翔士は首を振った。


「俺、余計に心配だよ。だって、司凉、俺が初めての愛依なんだよ。

 ……もしかしたらあいつ、すっごく下手くそかもしれない」


 花茶を優雅に飲んでいた佑楽が、その途端、見事にお茶を噴いた。

 ……未だかつて、そんな間抜けな心配を自分の愛依にされた祝主はいない。

 

 一方の翔士は、初めて見る佑楽のそんな姿に目を丸くする。


「佑楽、大丈夫?

 ……って言うか、みんなどうしたの?」


 佑楽は咳き込みながら爆笑してるし、架耶は卓子に懐いてばんばんと卓子を叩いている。妓撫はお腹を押さえて、涙を流しながら笑い転げていた。

 翔士としてはごく当然のことを心配しただけなのに、皆がなぜそんなに笑うのか理解できない。


依人(よりうど)きっての色男が、あんたに掛かると形無しよね」

 やがて、ようやく笑いをおさめた妓撫が、涙を拭きながらようやく声を出した。


「ね、翔士。あんたって女抱いたことある?」

「な、何だよ、突然」

 翔士は思わず真っ赤になって、妓撫から目を逸らした。


「その顔だと、まだか」

 妓撫はあっさりと肩を竦めた。


「ぶっちゃけた話、祝主に殺されるのって、あん時よりずっといいのよね。

 ま、経験のないあんたに何を言っても無駄なんだけど」


 じゃあ言うなよ、とは翔士の心の声である。 


 一方の架耶は、そういうレベルのものとは全く違うんだけどな、と思ったが、翔士の反応が面白いので、にまにまと笑って二人の会話を聞いていた。


「ね、翔士。あんた、司凉の血をよく飲むでしょ?どう、美味しい?」

 聞かれて翔士はすぐに頷いた。

「うん。俺、どんなご馳走よりも司凉の血が一番好き。すっげえ、美味しいんだもん」


「あたしも司凉の血を嘗めたことあるわよ」

「えええええええ!」


「ったく、子どもはすぐに驚く」

 妓撫は肩を竦めた。


「司凉、女に関しては節操ないでしょう?

 だからあたしもそういう関係だったことがあるわけよ。

 その時、たまたま司凉が怪我をしていたから嘗めてみたんだけど、成唯の血とは全く違うのよねえ。成唯のは甘いけど、司凉のは普通の血。

 ちっとも美味しくない。


 祝主ってやっぱり愛依にとっては特別なんだって、改めて思っちゃった。気の交換をし合えるのも、祝主だけだしね。


 愛依を殺す時は、祝主が愛依と意識を同調させたまま、気を抜き取るのだと言うわ。祝主の恍惚とした気分を味わいながら死ぬんだから、愛依はちっとも苦しいことはないの。


 怖がることなんて何もないわよ、翔士。かえって、宮が目覚められるまで魂返りを許してもらえないあんたの方が、あたしには可哀そうなくらいだわ」


「ふうん」

 何か納得したような、しないようなあやふやな気分で、取りあえず翔士は頷いた。

「そっか、気持ちいいんだ」


 何かきわどい話を聞かされたせいで、自分でも何を言っているのかよくわからない。


「だけど、司凉本当に上手かなあ」

 結局、最後までそれが気になって仕方がない翔士だった。

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