表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Return or Reset  作者: つるめぐみ
2/3

(中編)修業

 現世では満ち欠けのある白い月。ここでは代わりに赤い楕円形の月が出た。

 木々の合間から時折響く、未確認生物の声に怯えつつ、男に指示された湖で洗顔する。

「くうー。手加減なしだもんなあ」

 澄んだ水面に輝く星々が映りこむ。手ですくい取れば自分が星天を支配する神にでもなった気分だ。

 わずかな月光が照らし、俺の姿を湖に映す。鏡代わりに見て、治療に専念した。

 額の皮が破れて、裂傷となって血がにじみ出ている。傷口を洗うたびに、脳髄まで響く痛みが襲いかかってきた。

「傷跡、残るだろうな」

 傷や世界の心配より、現実世界の時間の経過が気掛かりだった。

「向こうの世界が心配か? 大丈夫! こいつがあれば元の世界の元の時間には戻れるよ」

 俺の行動の一部始終を、観察していたのだろう。

 木陰から姿を現した男が、俺の心を見透かしたように言って、背中の大剣、流転剣を指差す。

「戻せって言っても、戻す気はないんだろ? まあ、俺も今は戻るつもりはないけど」

 俺は息を吐くと、悪戯っぽい笑みを浮かべている男に愚痴る。

 夢中になるのを忘れた俺に、この天球界で与えられた重く辛い使命。

 当初は逃げることしか頭になかったが、今は覚悟を以って最後まで貫きたい。そんな、好奇心に取り憑かれていた。

 男が俺の答えを聞くと、何かを投げ渡してくる。受け取って、小さなプラスチックケースに入った治療薬とわかった。

「そろそろあんたの名前くらい、教えてくれてもいいんじゃねえの?」

 俺は額に渡された薬を、必要以上に傷口に塗りながら男に質問した。

「名前かあ……規則で教えられないんだけど、確かに不便だな。じゃあ取り敢えず、(りょ)(もう)って呼んでくれ」

「何だそれ? 中国人かよ?」

 男が本名を名乗らなかったのは、俺が未来で勇者になるために、都合が悪いからだろう。

 この世界のどこかで運命的な出会いをし、旅をする仲間になるはずだ。

 RPGにおいて内容の知れた作品ほど、つまらないものはない。呂蒙との出会いを空想で思い描きながら、妙な楽しみに浸った。

 そんな、一瞬の沈黙の間に、ふとしたことに気づく。

「……と、いうことは、未来の俺のこともあんたのことも、一切話せないのか?」

 一気に結論づけて、呂蒙に訊いた。

「おおっ、思ったより閃きがあるな」

 感心したかのように答える呂蒙。

 少し考えればわかるようなことだが、いちいち呂蒙は俺を褒める。

 褒められるのは悪い気はしないが、その感情を見透かされているようで気に入らない。

「共通の話題、何もねえじゃん」

 俺はその場に寝転ぶと、大の字になった。この体勢でいると、疲れた筋肉に冷たい夜露があたって心地よい。

 体を横たえると何時間もの訓練の疲労からか、強烈な睡魔が襲ってきた。

「共通の話題か……仕方ないな。頑張った褒美に少しだけ教えてやるよ。未来の君のこと」

 呂蒙が俺の隣に座ると、言葉とともに小石を拾って投げこむ。

 軽快な音を立てた小石は無理な体勢だったのにも拘わらず、見事向こう岸まで渡り切っていた。得意気に咳払いをした呂蒙が、深呼吸をすると口を開く。

「あの人は俺の目標なんだ。強くて弱き者を救い、人を惹きこむ……俺なんかが何年かかったって追いつけない人だ」

「俺って、褒められたことがないから実感がわかないけど、未来の俺は尊敬されるほど凄いのか。幸せ者だなあ」

「俺が襲われた時に助けてくれてな。この頬の傷は、その時のものだ」

「……ふーん」

 呂蒙との旅路を想像しながら、俺の意識は薄れ混濁していった。既に、疲労は限界に達していたのだ。

 虫の声か鳥の声か判別できない生物の声が、子守唄となって眠りに誘う。

 存在価値を見失いかけていた俺が、驚くほど生き甲斐を感じている。

 夢であってくれという思いがいつの間にか、夢でも覚めないでくれという大願に変わっていた。


 翌日。天気は快晴、昇るのは昨日より距離が離れた二つの太陽。

 そして、もうひとつ付け加えの騒がしい朝。

「おーい、起きろ。朝だぞ! 寝ぼすけ」

 呂蒙の威勢のいい声で、ほぼ無理やり目覚めた。

 いや、目が覚めた理由は浮遊感と、妙な雰囲気のせいか?

 昨夜、寝転んで見た景色と明らかに違う。視点が高い。

 寝ているはずだが、腰には支えられている感触。嫌な予感が、脳内を埋め尽くす。

 瞬間! 俺の視界が落ちるとともに、ひとつの嫌な予感が的中した。

 さぞかし、豪快に水柱が上がったことだろう。俺は昨夜、眺めていた湖中に、朝一番に投げ落されたのだ。

 どっちが上か下かわからずに、混乱(パニック)状態で水面から顔を出すと、一番に視界に入ったのは、呂蒙のむかつくほどの無邪気な笑顔だった。

「どんな状況でも冷静に。そして、鋭敏に動く能力を身につけるのだ!」

「アホか、未来の勇者を殺す気か。アホのギネスに載りやがれ!」

 水を大量に飲みこんで噎せつつも、吐いた俺の暴言に、呂蒙の動きがとまる。

 これは精神(インサイド)会心一撃(クリティカルヒット)か? と満足した刹那。

「いいなあ……それ」

「褒めてねえよ!」

 満足したのは呂蒙のほうだった。

「反応は良かったな。上がってくるのに、大して時間かかってなかったし」

 呂蒙が悪びれる様子もなく、救いの手を差し伸べてくる。

 どうにも納得できずに怒りが治まらない俺は、その手をつかむと同時に最大の力をこめて引っ張り、呂蒙も湖面へと引きずり落とした。

 おそらく、俺よりも見事な水柱を上げてくれたことだろう。

 豪快な音と同時に、呂蒙はそのままの体勢でダイブしていた。

「どんな状況でも冷静に、そして鋭敏に動く能力を身につけているんだろ?」

 仕返しが成功し、愉悦にひたって爆笑しながら言われたセリフを返すが、落ちた呂蒙が上がってこない。

 水面に出ていた大量の気泡も波紋も全て消えて静寂だけが残り、俺は次第に不安になってきた。

 背後から聞こえた得体の知れない獣の声に驚く。未知の世界に置き去りにされた俺には、生きる術がないのだ。

 呂蒙が姿を消して三分経つ。普通の人なら、限界とされる潜水時間だ。

「なあ、冗談よせよ。まさか、頭の打ちどころが悪くて死……」

 最悪の事態を予測して、生きた心地がしなくなる。

 慌てて救出しようと潜ろうとした、まさにその瞬間!

「がぼっ!」

 今度は俺が脚をつかまれ、水中に引きこまれた。

「くそっ、騙したな」

 浮上した俺は、既に水から顔を出した呂蒙に開口一番叫ぶ。

「それはお互い様だろ? どうだ、泣いたか? チビリかけたろ?」

「うるせえよ」

 からかってくる呂蒙の顔面に、仕返しとばかり水鉄砲を命中させた。

「上等だ。今日は水中での戦闘訓練をするぞ」

 すると、水を右手で拭い取った呂蒙が、妙な薄笑いを浮かべて俺につかみかかってきた。

 ――もとは面識のない男、一緒に過ごしたのはたった一日。

 それなのに、呂蒙の悪戯や大騒ぎに悪い感じはしなかった。

 しかも、人生はじめての野宿。場所は見知らぬ世界の森の中。熟睡できたのが不思議でならない。

 疲れていたとしても相当、相手を信用してなければ出来ない行為だ。

 それが何故だか、今の俺には理由がわからなかった。

 水中でつかみ合い、地上訓練と同様の攻撃を躱す修行が開始される。水が重たく思い通りに体が動かない。想像以上に困難な訓練に、疲労が一気に蓄積する。

 すると呂蒙が突然浮上し、水面に上がった。俺も倣うように浮上する。

「魚を捕まえたぞ。取り敢えず朝飯にしよう」

 俺が水面から顔を出すよりもはやく、呂蒙の声が聞こえてくる。

「うあっ、いいのかよ。大切な剣をモリ代わりにして」

 水を振り払い呂蒙を見ると、一番に見えたのは流転剣の切っ先にある銀の魚だった。

 神業ともいうべき素早い動きだ。いつ捕まえたのか確認できなかった。白刃に魚が二匹。突き刺さった状態で未だ暴れ続けている。

「本当はな、この世界の獣を捕まえる方法とかも、伝授したいんだが……まだお前さん、ここの動物に驚きっぱなしだろ? そこいくとホラ、魚は現世と見た目変わんないからさ」

 俺の疲労の蓄積を感じ取り、呂蒙は気遣ってくれている。

 湖から上がった呂蒙は、俺に手を貸して水面から上げさせると、鼻歌を奏でながら火をおこし始めた。

 そうだ。この男、豪放磊落。それでいて楽天家。気紛れな行動は俺と一致する時がある。

 呂蒙の強さや何事も動じない性格は俺の憧れでもあり、人と接する心は優しさも垣間見える。時折、瞬間的にする奇想天外な悪戯も、俺に似ているように思えた。

 だからだ。未知のこの世界で熟睡できたのも、未来の俺が俺に呂蒙を引き合わせたのも。

 しかも呂蒙の口から奏でられる鼻歌は――。

「それ、ミラクルショットのフライハイじゃん。俺、好きなんだよな」

 音楽の好みまで似ているときてる。

 手頃よく焼きあがった魚を差し出して、呂蒙が恥ずかしそうに頭を掻く。

「ああ……時々、歌っちゃうんだよな。つい癖でさ」

「未来の俺に教わったんだろ? いい曲だもんな」

 魚を食べ終えるまで、互いに歌い続けること数回。はじめてできた共通の話題に、しばらく時間を費やした。

 食事後には打ちこみ、駆けこみ。森に入り狩猟をして夜となり、疲れ切って死体のように寝る。

 そんな毎日が走馬灯のように過ぎて、あっという間に五日が過ぎていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ