(後編)旅立ち
背中を押すように吹き抜ける、暖かく心地よい風。
六日目の朝。
俺と呂蒙は恒例の立ち会い稽古を終え、丘の高台で眼下に広がる大自然を望んでいた。
尽きることなく流れゆく大河。しぶきをあげる滝の手前には、先程まで俺たちがいた湖が見える。
呂蒙に天球界の動植物、人々の生活、たくさんのことを教わり、驚くことも少なくなった。
今では森から飛び出す鳥や動物の名称と生態系、どの植物が食料として用いられ毒なのか。未熟ではあるが理解し、旅立つ準備も整ってきた。
ただ心配なのは、自分の成長。自分は勇者として、いや、戦士として一人前なのか。
呂蒙とともに旅をし、更に磨きをかけるつもりだった。
「強くなったなあ……」
今迄、俺を褒めることをしなかった呂蒙が、視線を向けずにだが、はじめてそう口にした。
思わず満面の笑みを浮かべて、顔をあげるが、
「それ以上は褒めないぞ。すぐ調子にのるからな」
俺の頭の中を透視したように、呂蒙は息を吐くと緘黙した。
落胆して寝転んだ俺の隣に座した呂蒙は、大きな伸びをしながら視線を向ける。
「成果が見えなきゃ、やる気も湧かなくなるよな。どこが良くて、どこが悪いかわからない。ただ叱咤され続け、自分を虚飾し、諦めたんだろ?」
呂蒙が唐突もなく説教的な話をしてきた。
「諦めたって訳じゃねえよ。無駄な努力は疲れるって悟っただけだ」
駄目な人間と、烙印を押されるのが嫌だった。
慌てて体を起こして訂正すると、呂蒙が意味深の微笑みを見せる。
「今まで頑張って積み立てた力が無駄な努力と感じたか? そいつは違うな。陸上部だったんだろう? 身体能力が高い。反射神経も平均と比べたら上だぞ。諦めたらな。それで全て終わりなんだ。続ける力が更に強くしてくれる。お前さんの経験は無駄じゃなかったんだ。上を見過ぎて嫌になっただけだ。死にものぐるいで練習した成果が現れているんだよ」
「昔の話はやめてくれよ。嫌なんだ……今、諦めてないからいいだろ」
「じゃあ、このまま続けられるんだな」
呂蒙のほうが一枚上手だ。
絶妙な口回し、話術だけではなく、先の展開まで見通している。
俺の勇者になる覚悟を確認し、確固たる意志を築きたかったのだろう。
「いいこと教えてやるよ。このバンダナは未来の勇者に預かった物でな」
呂蒙が額につけた、真紅のバンダナに手をかける。
「いずれお前に渡そうと……」
俺の妙な視線に気づいたのか、呂蒙がバンダナを慌ててきつく締め直す。
「まだ渡さないぞ。これはその時がきたら、やるって決めているんだから」
「いらねえよ。そんな汚い物! というか、受け取りたくないって」
嘘ではなく本心なので、俺は二度否定した。
戦歴というかバンダナには砂や泥、そして微かに血液が付着しているように見える。
「えーっ……」
「そんな目で見ても受け取らないぞ」
俺はそんな馬鹿な会話と修行の日々が、まだ少し続くと思っていたんだ。
呂蒙が突然、立ち上がった。表情が一変した。
神経を貫くような張り詰めた空気、息が詰まる圧迫感。一点に空気が対流、集束していく。
異様な気配が出現し、何か来ると俺でも感じた。
「くそっ、予定より三日も早いじゃないか。どうなってる!」
戦闘体勢を取る呂蒙。俺は金縛りにあったように動けない。
呂蒙の視線の先、異形の者の手が空間を裂いて出現した。
暗紫色の肌、鋭利な刃と鋼色の爪、一突きで標的を貫ける巨大な角。
全身凶器の持ち主が、どす黒い殺気と焔の瘴気を纏って、全体像をあらわにした。その巨躯は、地球上最大最強といわれた、恐竜を思わせる。
だが、姿はまるで――。
「悪魔じゃないか」
口はザクロのように裂け、刃物のような歯が二対で横列を組んでいる。瞳は紅玉、獣と似通う毛が不自然なかたちで、藻のように体をはっている。
「見つけたぞ。勇者あ……」
空気を振動させる悪魔の吐息に、俺は息苦しさで噎せかけた。
圧倒されたままの時、呂蒙が腕を出して俺を押し退ける。
「さがってな、颯流。こいつはラスボスの部下で、お前を殺すのを目的として送られた襲撃者だ」
部下? この風貌で? 未来の俺って、どんな化け物とやり合ってるんだ。
惑乱する俺をよそに、呂蒙と悪魔が見えない闘志をぶつけて対峙する。
とても太刀打ちできる相手とは思えない。身長、体重差があり過ぎる。まるで重量級レスラーと子供だ。
「行くぞ流転剣! 颯流に見せるはじめての実戦だ」
しかし、呂蒙に焦りや恐怖は見受けられない。迷うことなく流転剣を引き抜き、大地を蹴り一直線に疾駆した。
呂蒙が構えたのはほんの一瞬。
悪魔は自分の懐に入られたのも察知できないまま、呂蒙に角と右腕を切り落とされていた。
ゲームで画面から姿が消える現象を、スクロールアウトという。ゲームではなく現実で、これを見たのははじめてだ。
悪魔の腕と角は空中に舞いあがり、苔色の液体を八方に散らしながら、
「うあっ!」
轟音を立てて、俺の真正面に落下してきた。
俺の叫び声に敏感に反応した悪魔が、こちらに視線を向ける。致命傷を負った奴が、決死の行動に出る。それはつまり――。
「貴様を殺さずに、死ねるか!」
憤死覚悟で、標的に向け突撃することを意味する。
急接近した悪魔の腕があがり、俺は絶命を予感して目をかたく閉じた。
だが、一向に最後の一撃がこない。
恐る恐る目を開けたそこには、俺の前に立つ呂蒙の姿。
そして、既に真っ二つに切り裂かれて、痙攣している悪魔の骸が足元に転がっていた。
「やれやれ……だからさがってろって言ったろ」
呂蒙の圧倒的強さの前に、声も出ない。
大剣の血を払い落して鞘に納めると、安堵の表情で呂蒙は俺の肩を豪快に叩いた。
「あんなの相手に戦わなきゃいけないのか? 自信なくすな」
「おっ、また諦め癖、再発か?」
肩を落として落ちこむ俺の額に、呂蒙がデコピンをしてきた。
額に傷跡は残ってしまったものの、既に血はとまっている。額に残る微妙な痛みより、自分の力のなさに心が痛んだ。
「しつっこいなあ、諦めやしねえよ。ただちょっと凹んだだけだ」
けれど、諦めるつもりはなかった。
呂蒙と暮らす中で、こんな男になりたいという目標が築かれていたのだ。
取り敢えず一難は撃退、俺と呂蒙が気を抜きかけた時だ。
呂蒙の面持ちが瞬時に変化して、流転剣に手をかけた。それと同時に、俺は呂蒙に押し飛ばされる。
慣性の法則に赴くままに後転し、訳もわからぬままに体を起こす。
視線を向けた先には――想像したくない現実があった。
「あああ……」
地面に散る赤い斑点、その幾つかも俺の学生服に付着していた。
斑点が飛び散ったであろう源。そこには、空気を振動させる不気味な咆哮。
「よくも兄者を」
先程とは一回り小さい悪魔だが、そいつが空間を裂いて出現したのだ。
しかも俺たちにとっては最悪のタイミング、最悪の場所。
悪魔にとっては、絶好の奇襲となっていたのである。
悪魔の右腕は肘まで呂蒙の胸に突き刺さり、貫通していた。
「ぐっ……予定では……一匹のはずだった」
苦悶の表情を浮かべながらも、呂蒙は悪魔を睨みつけながら言う。
「そう、過去の話ではな。しかし、時を見通し渡るのは我等も同じ」
哄笑を響かせた悪魔が、突き刺さした腕を引き抜いて、呂蒙を解放した。
夥しい鮮血を流しながら、呂蒙は激痛を耐えつつ片膝をつく。
それもつかの間。血の気が引いた呂蒙は流転剣を落とすと、その場に倒れ伏してしまっていた。
「颯流……逃げろ!」
喀血しながらの魂を削った叫びが、呆然と立ち尽くす俺に向けられる。
――逃げる?
心の裏側で本当の俺と、偽りの俺が葛藤していた。
そして同時に、呂蒙と過ごした日々が瞬間的な映像で脳裏に浮かんだ。
『上等だ。今日は水中での戦闘訓練をするぞ』
遠慮なく馬鹿みたいにはしゃいで、悪口も気兼ねなく言い合える。
そんな人と出会ったのははじめてだったんだ。
『強くなったなあ……』
人に褒められたことなんてなかった。
感じたことのない努力の成果を語り、やる気を持たせ、力を与えてくれた。
『いい顔になったじゃないか』
そして、駄目な自分をぶち壊す切っ掛けを与えてくれた。
呂蒙という憧れの師に出会えたのは、俺にとって幸福だった。
『じゃあ、このまま続けられるんだな』
――そんな、あいつの期待のためにも。
「俺は駄目な自分をぶち壊すんだ!」
呂蒙が落とした流転剣を拾い、俺は白刃を悪魔に向けた。
人はそれを勇敢とは言わず、無謀と笑うだろう。
「修行し途中の出来損ない勇者に、何ができる?」
悪魔が冷笑を浮かべて、俺に視線を向けた。
相手は油断している。攻撃するなら今しかない。
――強くなっているはずなんだ!
呂蒙の褒め言葉が、お世辞じゃないと信じて精一杯やり切る。
修行を思い出して、呂蒙の動きを手本に敵の懐に潜れば、俺だって一太刀入れられるはずだ。
それだけを考えて大地を蹴った。
修業の成果は、本人の俺さえも驚くほど現われていた。
「なっ!」
悪魔が俺の動きを見て、驚きの声をあげる。
奴が攻撃態勢に入るより素早く、俺は懐へ絶妙なタイミングで接近し、全身全霊をこめて、流転剣を一直線に振りおろした。
一閃は悪魔の左目を切り裂いた。傷を負わせ、苔色の鮮血が飛び散る。
だが、これでは浅い。敵はこれで引きさがってくれる相手ではない。
流転剣を扱ったのははじめてだ。とどめに至らなかった原因は、俺の経験不足にある。
「この害虫が。調子にのりやがって」
悪魔の俺を見る目が変わった。
先程とは明らかに異なる、未熟者としてではなく戦士を見る目。
「くそ、なんかどうしていいか……よっくわかんねえ」
自分でも出来ることが意外だっただけに、動きに自信がついていかない。悪魔と本気で向き合う事態など、想像もしていなかった。
人生を懸けた戦いを前に、覚悟と不安という両極端の感情が混在している。心臓が鼓動で破裂してしまいそうだ。
「颯流! 俺の言葉を復唱しろ。あとは流転剣が応えてくれる!」
俺をこの危機的状況から救ってくれたのは、呂蒙の頼もしい背中を押してくれる叫びだった。
「くそがっ!」
この叫びに悪魔が俺に踵を返し、重傷で動けない呂蒙に標的を変更した。
奴の考えることは大体予測がついていた。
俺はいち早く察知して、呂蒙の前に立つ。
向かってくる敵を前に恐れはない。俺には心強い味方がいる。
呂蒙が『逃げろ!』ではなく、戦士として認めてくれた。それだけが、俺の自信へと繋がっていた。
背後から呂蒙の声が響き、俺を安心させてくれる。言われた通りに復唱した。
「咆えよ稲妻! 震えよ乾坤! 万有一体となりて闇を切り裂け!」
俺と流転剣に、異常な力が流れこんでいるのを感じ取ったのだろう。
向かってきていた悪魔が、驚愕の表情を浮かべて動きをとめた。
事実、俺は全身の血液が溶岩にでも変わったような感覚に陥っていた。
だが苦痛はなく、力と気迫がみなぎってくる。
目標の悪魔に視線を向け、力ある言葉を腹から声に変えた。
「その力を解き放て流転剣!」
一直線に真っ直ぐに、悪魔に一刀振りおろす。
キンッ
甲高い金属音と吹き抜ける風が虚空を裂くが、眼前の悪魔に変化は見られない。
「脅かしやがって、不発とはな。二人ともとどめを……」
勝利を悟ったのだろうか。悪魔が次の動作に入った途端、
「見事だ。颯流、よくやった」
呂蒙がはっきりと、俺を称賛した。
言葉が終ると同時に、悪魔の胸元から苔色の噴水が立ちあがる。
流転剣の一閃が、悪魔に致命傷を与えた瞬間だった。
信じられないとも言いたげな、奴の愕然とした視線が俺に向けられる。
「馬鹿な……また……また勇者を殺し損なうなど……」
悪魔の戦闘意欲、生命力も大したものだ。
心臓まで達した傷から出血し、喀血するのも構わず、ナメクジのように這いつくばり、緑色の軌跡を描きながら向かってくる。
まさに指先が俺に触れる直前で、悪魔は力尽きて絶命していた。
一陣の風が吹き抜け、灰となった悪魔の体を運んでいく。
「颯流、お前に足りなかったのは力や才能じゃない。覚悟だったんだ」
背後から呂蒙の声が聞こえた。
そして、倒した強敵を前に俺は高揚していた。
しかし、それも一瞬。呂蒙に全速力で駆け寄る。
致命傷であり、出血量も尋常ではない。
――手遅れなのは明らかだった。
「なんで? 俺を庇ったから逃げ遅れたんだろ。なんで俺のために……」
出血が激しく、押さえてもとまらない。どう処置していいかわからずに、途方に暮れた。
「未来の勇者をお守りするのが俺の使命だからな……」
「大丈夫だよな? こんな傷、すぐに治るだろ?」
言葉がつまっているのが自分でもわかった。
涙を流しちゃ駄目だ。しかし、我慢しても抑え切れなかった。
「お前も怪我したな。お揃いか」
呂蒙の言葉ではじめて気づいた。右頬に生暖かい感触がある。最後の一太刀の時、僅かに悪魔の攻撃を受けていたのだろう。
「なに流暢なこと言ってるんだよ。とにかく血を止めなきゃ!」
自分のほうが致命傷なのに、俺を気遣い優しい言葉をかけてくれる。こんな偉大な男を殺すわけにはいかない。
貰っていた止血剤を取り出すと、指先に大量につけて治療に取りかかる。
だが、呂蒙は俺の腕を強く握り締め、俺の行為を拒否していた。
「離せよ。治せないだろ!」
「無理なんだ」
強気の呂蒙から、予想し難い意外な言葉が出た。
「なんだよ。諦め癖か。俺の真似のつもりかよ。絶対に死なせないからな!」
腕を振り払うと気を取り直して、胸の傷口を確認する。
「諦め癖か。懐かしいなあ。俺の十八番だったっけ」
呂蒙が突然、過去を振り返るように語りはじめた。
死に直面した者が懺悔するには、あまりにも穏やかで落ち着いていた。
まるで己の死を予期していたかのように。
「新番組気になるよなあ……」
「?」
「ミラクルショットの曲。フライハイより、どちらかというとデビュー作のリミットのほうが好きなんだ」
呂蒙の口から語られる、妙な言葉の数々。
俺は呂蒙に視線を向け、ひとつの結論を見出して思わず息を呑んだ。
「まさかそんな……嘘だろ……」
呂蒙と同じ場所に受けた右頬の傷に手をやり、全身を震わせた。
「本当の名前、教えてやれなくてごめんな」
呂蒙が額のバンダナを取ると、俺に差し出してきていた。
その時がこないと渡さない。そう言っていた大切な物を――。
「う……受け取りたくねえよ。頼むから死なないって言ってくれ。俺にはまだ、あんたのような偉大な師匠が必要なんだよ!」
隠されていた呂蒙の額には今の俺と同じ位置、大きさ、形の傷があった。
「馬鹿じゃないか……未来の俺。こうなるってわかっていたのに。なんできたんだよ!」
涙が途端に溢れ出してきた。
未来の自分の死が辛いわけではなく、これが呂蒙との今生の別れと、はっきりわかってしまったからだった。
「この数日間、楽しかったよなあ……馬鹿みたいに騒いで、腹割って話して。だから会いに来たかったんだ」
「俺をほっときゃ死なずにすんだんだろ。なんで!」
「変なこと言うな、お前。ほっときゃお前も俺も消えるんだぞ」
説明されなくても、自分でわかっていた。
だけど、こんな俺のために、この偉大な男が死んでしまうのは悔やんでも悔やみきれなかった。
「颯流……お前は俺より素質があるよ。だから自信を持て」
「素質って、そんなの俺には……」
「マルチエンディングって知ってるだろ?」
「ちょっとした会話や行動で、終わりが変わるっていうゲーム用語だろ?」
呂蒙の言っている意味がわからない。呂蒙になくて俺にあるものなんて考えつかなかった。
「むかしの俺は奴を追い払うのが精一杯だった。だけどお前は恐怖と覚悟に打ち勝って、奴を倒したんだ。お前なら運命を変える力があるはずだ」
「だからって、あんたが死ぬこと……」
尚も反論する俺の額に、呂蒙のデコピンが炸裂した。
威力もなく痛みも感じない。けれど、心に重く響くデコピンだった。
「颯流、俺が死ぬのを後悔していると思うか?」
激痛を耐え、満面の笑みを俺に向ける。呂蒙に未練は感じられなかった。
「涙を拭けよ。颯流……もっと前を見ろ。これからなんだぞ。旅に出て、たくさんの仲間に会って、見果てぬ世界を冒険して……ワクワクすることが山ほど待っているんだ」
力を失っていく呂蒙の手を、慌てて俺はつかみ取った。
最後まで偉大な男の教えを、心に刻もうと誓った。
「お前に会えて良かったよ……強くなれ。颯流」
呂蒙――いや、未来の風巻颯流の手が徐々に冷たくなっていく。
俺は無駄だと知りつつ体温を下げさせまいと、ずっと呂蒙の手を握っていた。
そして、未熟者の自分を悔いて、一生分の涙が涸れるんじゃないというくらいに泣き続けていた。
二日後――。
背中を押すように吹き抜ける、暖かく心地よい風を感じながら、俺は一人、丘の高台で眼下に広がる大自然を望んでいた。
手元には一冊の本と携帯ゲーム。大好きなミラクルショットのリミットを聴いていた。
「呂蒙って名前、調べたんだ」
俺は呂蒙の墓標に体を向けると、手にした本を開いた。
「まさか『呉下の阿蒙』から取っていたとはな。もう少し早く気づいていれば、戒めだとわかっていたはずなのに」
中国、三国呉志の出典にあった故事に、こう書かれていた。
三国時代、呉の呂蒙は主君の孫権に学問に励めと言われて必死になって勉学に努めた。
その後、孫権の家来である魯粛が呂蒙と再会し、その進歩に驚き『以前は武略だけの人間と思っていたが、今は学問も上達して、かつて呉にいた頃の呂蒙ではない』と称賛したのである。
ちなみに、故事にある『呉下の阿蒙』は少しも進歩しない人。学のないつまらない人をいう。
「あんたも不安だったんだな。自分は進歩しているのかって」
中国故事の本を置くと、新しく入れたばかりの音楽を再生する。
「新番組さ、第一回見たけど大したことなかったぜ。それと、昨日、ミラクルショットの新曲出たんだ。結構、これがいい曲なんだよな。題名? スタンドアップだって! なんか俺のことみたいだよな。この歌詞」
心機一転、呂蒙に似せて散髪した俺の髪を風が揺らす。
「やっぱり、ここの景色は最高だよな。ここなら、寂しくないだろ?」
傷は癒えた。十分泣いた。呂蒙から受け取ったバンダナを巻くと、大きく背伸びをして深呼吸する。
流転剣で現世に戻って考えた後、再びやってきたこの天球界。俺が見つけた答えは――。
「会いたいよなあ、未来の俺に。なあ、呂蒙。この中にいるんだろ?」
自分の胸を叩き、後ろを振り返る。
棒を立てただけの埋葬場所に、携帯ゲームを置くと、俺は地平線まで続く道を見つめた。
「ゲーム貸してやるよ。俺にはしばらく必要ないし。代わりにこれを借りてくぜ!」
流転剣を片手に、振り向くことなく丘を駆けおりる。
今度こそ諦めない。使命をやり遂げ、必ず戻ってくると誓う。
世界を見渡せるそこで、俺の成長を見守ってくれと祈りながら――。
「待ってろよ。未来の俺!」
ワクワクできる冒険を。出会える仲間と世界を想像して。
そして呂蒙、未来の俺が言ってくれた可能性を信じて、迷わず走り続けると決めたんだ。
大好きなあの歌たちに背中を押されるように。
奇跡の場面、再挑戦。限界越えて、高飛翔。




