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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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赤碧の帝王1

アブドーラは、アルメニア共和国の貧しい家庭に生まれた。


14人兄弟の9番目で、女兄弟は4人。男兄弟は10人いた。


父親と長男はレジスタンスの構成員で、アブドーラの10歳の誕生日にアマル帝国の治安維持隊に処刑された。


父親が処刑されて以降、アブドーラの家族は治安維持隊に追われるようになった。


その後、兄たちはみな次々とレジスタンスに入り、帝国への復讐を誓った。


アブドーラの母親は、もともと病弱だった。


夫と長男に続いて息子達が全て処刑されてから、殆ど寝たきりになった。


兄たちが父メンゾーラに似て気性が荒いのに比べ、アブドーラは、兄弟の中では聡明で穏やかな性質だ。


そして、痩せてはいたが大きかった。


アブドーラは、残った女兄弟や幼い弟妹を守り、大黒柱として働いた。


そんなアブドーラに、神経の病んだ母レニンスラは、連日罵声を浴びせる。


アブドーラや姉達は、スラム街にあって危険を犯しながら身を粉にして働いた。


しかし、6等市民の生活は苦しく、貧しいだけではなく人として扱われなかった。


やがて、持病を煩わせたレニンスラは他界した。


その後、兄弟姉妹は身を寄せ合い、貧しいながら明るく元気に生きた。


そんなある日、末弟のダイが黑斑病にかかってしまった。


運悪くその数日後、治療の出来ない6等市民を殺処分すると、アマルの執政府が発表をした。


ダイの治療費のために、器量の良い長女のカーナスラは金持ちの奴隷として自ら売られて行った。


執政府の狙いは、植民地のアルメニアの民から全てを取り上げること。


特に、貧しい6等市民である大半のアルメニア人から最後の所有物を取り上げることだった。


自分自身という最後の所有物を。


黒斑病は、アフロダイの豊富なアルメニアでは、栄養が不十分な者の身体に浮かぶ黒い斑点であり症状も感染性も無い。


身体が腐る黒紫病とは全く違う。


しかし、アマルのアルメニア執政府は、他の地区では、日焼け程度に認識されている黒斑病を、黒紫病よりも危険な病気と認定した。


貧しく学の無いアルメニアの人々は、疑うことなく、寧ろ積極的に自分達の仲間を貶めた。


執政府の思惑通りに。


ある日アブドーラが家に帰ると、家には誰もいなかった。


アブドーラを頼りに、アブドーラの存在だけを拠り所に生きていた兄弟たち。


アブドーラは、末弟のダイを探した。


アブドーラは道すがら、首を紐で縛られた黒焦げの人形を見た。


ワイナ語で書かれた立て札は焦げてしまって読めない。


数人の武装ゲリラが銃を持ち眺めている。


それが何なのか、その時は分からなかった。


妹達は、こんな危険な時間に皆で散歩にでも行ったのかと訝りながら、辺りを探した。


どれだけ探しても見つからない。


途方にくれ、布が破れ変色した長椅子に座った。


そして、ふと床を見ると小さな靴が。


片足。


アブドーラがダイに買ってやった靴。


ダイは大切にしていた。


靴を置いて出かけることなどない。


ダイは?。


姉や妹達は?。


胸騒ぎがして飛び出して行った。


散々探し回った挙句、兄弟達がいるはずのどの場所にも誰もいない。


不思議なことに、今日は、同じ村の人と全く出くわさない。


会う人はみな慌て家の中に入ってしまう。


まるで異世界に紛れ込んだように感じた。


途方に暮れたアブドーラは、とぼとぼと幼い弟や姉達のことを考えながら歩いた。


もう夜だ。


アブドーラは、さっきの黒焦げの人形の横を通った。


黒焦げの人形は片足だけ靴を履いている。


何で片足だけ。笑。


それでも、ダイはまだマシな方んだ...。


片足...。


!?


冷や汗が滝のように流れる。


止まらない。


こんなに寒い冬なのに。


心臓が破裂しそうだ。


止まっているのに。


殴られた訳でもないのに、目から火花が飛び散る。


嘘だろ?笑。


でも、この俺の身体の反応。


認めてしまってる。


本当だと。


嘘...じゃ...ない....。


アブドーラは、気づいてしまった。


ここは地獄だと。


それは人形ではなく、最愛の弟ダイの変わり果てた姿だったからだ。


アブドーラは泣く余裕も無く、ダイを抱きしめ、全力で走った。


姉なら何とかしてくれると思った。


おかしなことに...。笑


姉のカーナスラの元へ。


途中で、炭化したダイが崩れ始めた。


アブドーラは戻り道に落ちた灰を集めた。


深夜でもう見えない。


雨が降り始めた。雨は無情にもダイを溶かし大地に返して行く。


アブドーラは、街の大金持ちニージェに買われたカーナスラに会いに行った。


ニージェは、薄ら笑いをしながら言った。


おまえの姉は役立たずだから、売ったと。


どこに?。


役立たず!?。


バカ言うな!。


姉さんは賢くて、器用だ。


この世で一番価値のある女性だ。


とても美人で。


頭が良くて。


ユーモアがあって、いつも僕たちを笑わせてくれる。


愛が深くて。


優しい姉さん。


どこに!?。


ガレボアにな。


ガレボアってガレボアって、臓器商人じゃないか!。


知るかよ。


臓器商人だって綺麗な女は好きさ。


心配すんな。


それに、3人も4人も変わらねえじゃないか。


え?。


何のことだ?。


ニージェの顔が青ざめた。


し、知らねぇ。


おまえも命が惜しけりゃあまり騒いでガレボアに捕まらないことだな。


奴は当分ここにいる。


両親のいねえ6等市民なんて、虫ほどの価値もねえんだよ。


そして...。


アブドーラは、自分の倍以上の体格の大人を。


歳の離れたニージェを撲殺した。


そして、ニージェの妻、その子供を皆殺しにした。


容赦なく撲殺した。


その後でカーナスラのいた小屋に行った。


小屋...。


ね、姉さんが小屋に住まされていた。


小屋は血だらけだ。


自慢だった綺麗な長い黒髪が沢山抜け落ちている。


まるで、鶏の羽をむしるようにむしり取られたんだ。


どんなに痛かったか...。


どんなに怖がってか...。


綺麗な黒髪の優しくて明るい姉さん。


髪の毛。


まだ巡り合っていない恋人のためにいつも手入れをしていた。


いつか優しい撫でてくれる恋人のために。


自分と家族を護ってくれる素敵な人のために。


綺麗で夢を一杯胸に抱えていた...。


姉さん。


アブドーラはやっとの思いで、臓器商人ガレボアの居場所をつきとめた。


ガレボアの娘が、カーナスラの、カーナスラが母親から貰ったカメオをしている。


それだけでは無い。


2番目の姉、ハマスラの髪飾りも。


綺麗な服も、宝石も、デートも、化粧も、花を見ることすら許されなかった姉たちの唯一の宝物。


若干16歳のアブドーラは、失意の中意識を失った。


犬の糞だらけの土の道。


土砂降りの雨。


惨めだった。


この時変わった。


アブドーラは鬼に変わった。


この世に住む鬼に。


アブドーラがガレボアの一族にした復讐は、筆舌に尽くし難い。


説明することが出来ない。


凄惨過ぎる。


帝国アマルの神帝カーは、アルメニア併合が完結したその日、アブドーラが鬼に変わり果てたその日、アルメニアの首都ベクスターに下天した。


わざわざアルメニアを選んで。


アブドーラは、あろうことか、神帝カーの大軍隊一億を止めた。


帝国アマルの1等市民ですら軍を見ることは許されない。


地面に額をすり付け見たものは即刻、首をはねられる。


アブドーラはカーのシムキャスト(兵曹用戦車)の前に現れ、臓器商人ガレボアの生首を差し出した。


カーのシムキャスト(兵曹用戦車)を囲む、白と黄金の鎧を着た巨兵達は、アブドーラに向け金に輝く黄金のショットアンカーを構えた。


天空から来たような、輝かしく美し過ぎる大軍と比べ、その少年はあまりにも汚なく見すぼらしかった。


「待ちゃれ。」


シムキャスト(兵曹用戦車)から微かな声がする。


神帝カーは、始めて白金のシムキャスト(兵曹用戦車)から姿を表した。


市民の前に神帝カーが姿を見せるのは、有史以来始めてのことだ。


空気も、日差しも、風も、影も止まった。


「朕を知ってか。」


神帝が、何者かに語ることなどない。


なぜならば神だから。


カーは、大帝国アマルで最高に位の高い、枢機院にすら、直接語りかけることは無い。


アブドーラは、礼拝するように、カーにひれ伏し言った。


「この世の神よ。我に力をお与えください。」


親衛隊白金の巨兵は、ショットアンカーをいよいよ放とうとした。


黄金のショットアンカーは、鯨すら粉々にする巨大さ。


カーは、側近である、赤と碧を見た。


赤と碧は、人間であり、最高位の将軍だ。スカルヤク•マーより位が高い。


赤と碧は巨兵団を制した。


カーは、再びアブドーラに話しかける。


これは、帝国アマルの歴史が始まって以来の前代未聞の出来事。


帝国1200億人にとって、正に空が落ちて来るほど異常な事態だ。


「この世の神と。朕は天界におらぬとや。」


帝国アマルの1等市民の言葉は、3等市民にすら分からない。ましてや、神帝の言葉など。


「俺は天界を知らない。」


6等市民アブドーラは、恐らく推測して答えた。


「天宙をや。」


「考えすら及びません。」


「朕はまさしくそちの神なり。与えられし力如何とす。」


カーは、笑った。


カーが?。


神帝が賎民を前にして笑った。


これ、正に奇跡。


「俺は幼い弟を焼き殺され、4人の姉はこの首の男に犯され、撲殺され、切り刻まれ、売られた。俺は戦闘神アジャイロに魂を売った。人の甘さを、曖昧さを、不誠実を、人間を、国を、全てサラウバルの炎で焼き尽くしてやりたい。」


「あの者の首をはねよ。」


碧が言った。


アブドーラは、膝を落とした。

終わった。

これで終わった。

ダイよ。

兄ちゃん、おまえの仇とれなかったよ...。

でも、もう楽になれるし、またおまえと遊んでやるぞ。

姉ちゃん達と、みんなでまた楽しくな...。

へへ。...。泣。


「天空、天界はわず。曰く唯なれ瞰。賎子。朕に見せたも。赤、碧を越えし力正なるを。」


(空の国や、天界などない。賤しい子供よ。私に証明してみせよ。私が赤や碧に話しかけるのと同じく、おまえに話しかける価値があることを。)


カーが言った。


白金の巨兵は、恐らくカーが見ているであろう視線に合わせ、鞘に入った黄金の大鉈をアブドーラに投げた。


...ズダドーーーーーーーーーーン...


大鉈は地響きをあげ地面に落ちた。


許されないはずのどよめきが兵団から起きる。


兵曹である、白金の巨兵の扱う巨大な鉈は、主に祭りごとに使うものであり、なお重い。


アブドーラは目を血走らせ、荒々しい息をしながら、獣のように叫び、何とか持ち上げようとした。


カーの従者や近衛兵達からは失笑が起きた。


いくら力があるとはいえ、人の子に持ち上がるはずは無い。


「こやつめ、馬のような声で鳴きますぞ。赤様、碧様。」


失笑は、爆笑に変わった。


その中、コウソンサンという若い軍師だけが、顔面蒼白になりガタガタ震えていた。


神帝カーは、白金の戦車に入らず、更に語った。


「朕を如何に見すや。赤よ、碧よ。」


辺りは凍りついた。


神帝カーのシムキャストの両脇に控える金と赤、銀と青のシムキャスト。


通常のものとは違い、宝石で出来た神輿だ。


総帥にあたる赤将軍と碧将軍が乗っている。


146の属国、1200億の民の国王よりも遥かに格上の両将軍に、賎民の子を討伐せよと、カーは命じた。


本当に虫けら以下の賎民の汚い子を、エイジンーローデシアの大将軍が二人がかりで討伐せよと。


異例ずくめの日だ。


兵士やひれ伏す民たちにとって、大陸が海底に沈み、空が落ちてくるほどの出来事が続く。


カーが気が触れたと思う者も少なく無い。


アルメニアのこんな片田舎を、大帝国アマルの正規軍を神帝カー自らが率いて通ったこと。


現人神カーがその姿を、白昼のもと人々に晒し、更に自らの声で語ったこと。


枢機院の長にすら語らないカーが、賎民の子に語ったこと。


そして、国内をまとめ、属国の国王より格上の両将軍に賎民の子の処分を命じたこと。


かつて、カーに直接話しかけようとした大国の王がいた。


それだけで全国民2億人が生き埋めにされ、歴史から抹殺された。


アマルの神帝は、強大で、尊大だ。


辺りは、虫の声も、風の音も聞こえないほど静まり返った。


両将軍は、巨兵団に神輿を降ろすように命じ、地に降りた。


両将軍は、年老いてはいたが、3m近い体躯だ。


背の高い赤は槍の名手、太った碧は青龍刀の名手だ。


人間とはいえども、知力に優れるだけでは、ここまで登りつめることは出来ない。


神帝の命は絶対だ。


属国王よりスカル•ヤク•マーより高位な両将軍は覚悟をしていた。


賎民の子を神帝の御前に立たせたことは、神帝を80000年遡り穢すばかりか、アマルの安泰を揺るがしかねない大失態。


両将軍は、大帝国アマル正規軍が、アルメニアを進行することだけは想定していなかった。


過去にも未来にも最初で最後であろう最も卑しい人殺しの道を。


臓器売買の裏街道を。


両将軍は、卑しく汚い少年の前に立ちはだかった。


赤は巨体からはおおよそ想定できない素早さで、巨槍をついた。


碧も呼応し、すばしこい鼠の逃げ道を青龍刀を振り塞いだ。


アブドーラに逃げる場所など無い。


ただ、圧倒的な力の前に、ただ、突かれ切られるしかなかった。


だが、アブドーラは逃げない。


そればかりか、巨鉈の飾りを赤の目に反射させ、腕を撥ねさせると、槍を伝い赤の面を引きちぎり、碧の青龍刀に反対の腕を切らせ、碧の青い面に食らいついた。


碧はアブドーラを払い落とし、青龍刀を振りかぶった。


アブドーラは両腕を無くし血しぶきが吹き荒れた。


膝を落とした。


終わった。


これで終わった。


ダイよ...。


「良。」


カーは言った。


「下の首撥ねよ。」


誰もが耳を疑った。


下?。


間違いではないのか?。


下?。


白金の巨兵は、迷わず赤と碧の首を撥ねた。


カーはアブドーラを見て言った。


「汝赤碧とす。」


巨兵団や、薬師が、物凄い勢いでアブドーラの下に集まった。


万が一アブドーラが死ねば普通の死を与えれることすら無い。


アブドーラは、もはや、下賤の虫けらでは無い。


「赤碧。汝、神やれとて登りゃれ。」


(赤碧よ。神である私の場所まで登って来なさい。)


そう言うとカーはシムキャスト(兵曹用戦車)の黄金の玉座にゆっくりと座り、宝石で編まれた重厚なベールは、ゆっくりとまた閉じられた。


天から来たような美しい大軍隊。


大帝国アマル正規軍一億は、また厳かに進み始めた。

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