ララ1
ハイドラはローデシア大陸とエイジン大陸を結ぶ唯一の陸路にある。
ハイドラの北は未開の大陸ケラム、南はエルシャ海に面している。
ハイドラ最大の州タンジアは、面積の半分以上が、カリビアと言われる水深50cmから3mの遠浅の海だ。
カリビアは透きとおった海水が、アクアブルーやエメラルドブルーに輝くとても神秘的で美しい場所だ。
色とりどりの海藻やサンゴ、マングローブの一種デメロネアの緑葉が茂り、魚、エビ、貝など美しく珍しい生き物が豊富に住んでいる。
カリビアに沿って続く広大な真っ白な砂浜を、大きな男が、肩に巨大な魚を担いで歩いている。
魚は10mを越える大きさ。
巨大魚。
恐らくレッドアイと言う名の魚。
男は自分の倍以上あるその魚を、慣れた様子で軽々と持ち上げている。
後ろには、ヒドウィーンタイガーがついて来ている。
男もヒドゥイーンタイガーも異常なほど大きい。
そして、獰猛で気性の荒いヒドゥイーンタイガーが人に懐くのはとてもは珍しい。
レッドアイは、アーロンと同種の魚だ。
アーロンは、体長30センチ〜50センチ、オレンジ色の肉をしている。
ハイドラではどこの海でも取れる美味しい魚だ。
アルマダイが水に多く含まれるハイドラ最大の淡水湖、バイキール湖で、アーロンが巨大化したものがレッドアイだと考えられている。
バイキールには太古から40メートル級の、主といわれる個体が実在する。
40mという大きさは鯨の最大種よりも遥かに大きい。
近年この湖で主が撮影された。
太古の言い伝えにも、バイキールの主の記載があることから、主が死ねと、新たに普通のレッドアイが群れを率いて、巨大化すると考えられている。
レッドアイは群れを作って生活をしている。
獰猛な性質で、大きな草食魚や、川を渡る野牛や馬、水鳥を食べる。
しばしば漁船ごと人間を襲う。
バイキール湖は、弱塩湖で湖底でエルシャ海やアドリア海と繋がっているといわれている。
最も深い場所は、水深10万m以上あり、まだハイドラの科学力でそれを確かめることができない。
レッドアイの主は、太古の伝説より、リューイと呼ばれている。
リューイは、非常に知能が高く、巨体にして更にそれを上回る体力を持つ。
リューイが体当たりをすることで、浮島が沈んでしまうほどだ。
用心深いリューイは、常にバイキールの最も深い場所に潜んでいると言われている。
バイキール湖に伝わる、魚の形をした女神リューイの伝説によると、リューイは、5万年前に絶滅した人魚族の王女だという。
メディアに第2衛星ピットが落下した時に、水温が著しく高くなり、陸に上がれない人魚族は、ヒドウィーン族の必死の救助も虚しく絶滅したという。
人魚族はレッドアイに生まれ変わり、リューイは、バイキールの主となり、助けられなかったヒドゥイーンを襲うのだと。
雨季でも、漁をしなくてはならないタンジアの漁師達や、バイキールを経由して荷を運ぶ者達など、多くのヒドゥイーン達が、リューイの率いるレッドアイの群れに沈められ死んでいった。
そして、ヒドゥイーン達は人魚族の女神の怒りを鎮めるためにヒドゥイーンの子供を始め多くの生贄を捧げた。
ヒドゥイーンの祖先は、人魚族だという説もある。
今は、その伝説を信じる者はいない。ただ、メディアの前に広がる広大なナジミール平原には第2衛星ピットが激突した確証が生々しく残っている。
男は、何もないはずの白い砂浜に、何かが打ち上げられているのを見つけた。
白く細く、紫のヒレらしいものが見える。
エルシャ海から流れてきた魚だろうか...。
男はそう思い少し早足になる。
紫のヒレが波に揺れ温かな水とともに太陽光を反射している。
といも綺麗だ。
「人魚かの?。......まさか。笑」
男は、そんなことを呟きながらも急いだ。
男は5mを超える大男だ。
ヒドゥイーンの中でも大きい。
しかし、歩みは意外に早く、踏みしめる度白い砂は噴き上がる。
目は細く、エラが張り出し、顎が少ししゃくれている。
あまりハンサムとは言えないが、素朴な愛嬌のある顔立ちだ。
この男にもきっと多くの兄弟がいる。
ヒドゥイーン族は一夫一妻制度ではない。
兄弟といえども片方の親か、両方の親が違う場合がある。
多夫多妻制度で、通常、女は一生の間に数人の夫を持つ。数人の夫の子を我が子として大切に育てる。
母親中心とした家族を形成し、父親達は、別に暮らす。
幾つかの家族が共に暮らし、子供達は、半分以上の時間は家庭で過ごすが、残りの半分は、ヒドゥイーン族独自のマラツと言う養育施設で寝泊まりをして育てられる。
ヒドゥイーン族の歴史、誇り、知恵、お互いの接し方、動物の狩り方。数学、物理学。
マラツでは、長老達と子供達は寝食を共にし、お互いやヒドゥイーンの将来や夢について語り合う。
そして、その子の個性に合った仕事につけるように、行く学校が分かれる。
勿論、長老達や、子供達の半数は女だ。
男と女では例外もあるが教育の中身が違う。
男もまた、数人の妻を持ち、それぞれの妻と子供達の生活の世話をする。
多夫多妻の習慣も、一夫一婦制のアマル人やアトラ人からは、獣のようだと蔑まれている。
アトラ人も、アマル人も、半分は社会で育てるという点では変わりないにもかかわらず。
男は砂浜に打ち上げられている、その白い物体に近づいた。
人か?。
男は、レッドアイを砂浜に落とし、駆け寄った。
...ズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
レッドアイは、地面を揺さぶり、重く鈍い音を響かせ砂浜に落ちる。
男はしゃがみ、白い物体を覗き込んだ。
「あぁ、お人形か...綺麗なお人形じゃの。ハル見てみい。」
男はホッとして、ヒドゥイーンタイガーに話しかけ笑った。
ヒドゥイーンタイガーは低く穏やかに唸った。
「良く出来たお人形じゃの。笑。砂浜に身体が埋まりぱなしでは苦しかろう。水に浸かりぱなしじゃ寒かろう。笑」
男は人形をそっと持ち上げようとした。
!?
人形は微かに息している。
人形にしては、温かかい。
「あっ。こっ、これは、人魚姫様か!?。」
しかし、すらっと伸びた白い足がある。
人だ!。
紫色の髪をした、美しい少女だ!。
少女の唇は紫色になっている。
よく見ると細かく震えている。
少女は冷え切っている。
少女は、耳に美しいヒモン石のピアスをしている。
「なんと!。大変だ。大丈夫か?。お、お嬢さん。」
美しい少女は、一糸纏わぬ姿だ。
大男は、慌てた。
慌てに慌てている。
しゃがんだり、立ったり、あっちを向いたり、こっちを向いたり。
突然、滝のように汗が流れている。
男は良く見るととても若い。
男の顔は真っ赤になっている。
男は慌てて袖無しの毛皮を脱いだ。
慌て過ぎて毛皮を破くばかりか、ズボン(袴)もずり落として褌姿になってしまった。
...ググググゥゥ...ググググゥゥゥゥ...ゴゴゴゴゴゴーーーーーーー...
ヒドゥイーンタイガーのハルが吠え続けている。
まるで、そそっかしい主人を笑っているようだ。
「こ、こら!。ハル。笑うでない。」
男は、ズボンをずり上げると、破れた毛皮で少女を包み走り始めた。
大切そうに優しく抱きかかえて。
男の大きく太い腕に抱えられた少女は、本当に人形のようだ。
走り始めると、その衝撃で男の後ろに結わえた髪がほどけた。
ハルは、口惜しそうに、レッドアイの近くに留まっている。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーー...
数十トンある巨大魚を咥えて引き擦ろうとしている。
「こ、こら!。行くぞハル!。持っていけんじゃろが。」
ハルは、すぐ主人の元に戻った。
「ハルよ。わしはこのお嬢さんを助けねばならん。山中を行く。頼むぞ。」
ハルが咆哮を上げる。
ヒドウィーンタイガーは、平均で5mはある。
ハルは平均的なヒドウィーンタイガーより2周り以上大きい。
知能は高いが、獰猛で用心深いヒドウィーンタイガーが、人にこんなに懐くのは本当に珍しい。
男は、走りながら時折ズボンを託し上げながら、野生の山に入った。
「お嬢さんしっかりしなされよ。すぐに温かいとこに連れてくから。」
山には甲殻を持つ大きなクマや、巨大なカマキリ、ビルのように大きな肉食の陸イカ、熊並みに巨大化した目のないネズミ クローチなど、ケラムから紛れ込んだ多くの危険な生き物が数多く生息している。
しかしそれを、男は全く気にしていない。
男は息を切らせながら、山や崖を飛び登った。
巨大な身体からは想像がつかないほど俊敏で身軽だ。
途中、ハルは、少女を抱える男を護り、巨大なカマキリの頭を砕き、襲ってくるクローチの群れを噛み殺し蹴散らした。
ハルは獰猛で強い。
最も木々の茂った中腹を超え、背の高い草の茂った台地の辺りで、丘が動いた。
ゆっくりとその丘は起き上がる。
それは10m以上の大きさのあるクマ。
クマの全身は棘だらけの甲殻で覆われている。
バングリズリーと言われるハイドラの山々でヒドゥイーンタイガーと並び危険な獣だ。
...ググゥゥウオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
丘は次々と起き上がった。
...ゴゴゴゴゴゴゴゴ...
ハルは低く唸り威嚇する。
男は止まらざるを得なくなった。
バングリズリーと、ヒドゥイーンタイガーの闘いはタンジアの山中では良く見られる光景で、実力は五分だ。
ハルは通常のヒドゥイーンタイガーよりは桁外れに大きく力強い。
しかし、バングリズリーは10頭以上いる。今度ばかりはさすがのハルも分が悪い。
...ゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...グクグゥゥウウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーー...
ハルは間近にいた一頭と睨み合った。
甲殻グマの狙いは勿論、美味しそうな人間達だ。
ハルが咆哮を上げ、甲殻クマも咆哮を上げる。
ハルは、バングリズリーの一頭に飛びかかった。
...バッスウウン...
バングリズリは鋭い爪でハルに一撃を食らわせる。
...ガガガガググゥーーーーーーー...
大きなハルでさえ、弾き飛ばされる。
大勢を崩し着地した。
バングリズリーは怪力だ。
護るものがあるハルは圧倒的に不利だ。
...グクグゥゥウウウオオオオーーーーーーーーーーーーーー...
...バキッ...
別のバングリズリーがハルに噛みつき、鈍い音がする。
...ガガガガ...ググ...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ハルは何とかかわした。
ハルの頭部と背中は早くも血だらけだ。
...ゴゴーーーーーーーゴゴゴゴゴゴーーーーーーー...
それでもハルは、怯むことなく、主人と少女の周りを周りバングリズリーの群れを威嚇し続ける。
来る!。
...グクグウウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーー...
バングリズリーが再び飛びかかって来る!。
ハルはも飛びかかろうとしている。
「ハル!。もう良い!。下がれ!。」
大男は叫んだ。
ハルが主人の方を振り返った瞬間に、バングリズリーがハルに飛びつく。
ハルがやられる。
バングリズリーの強烈な攻撃を受けることは必至。
...ガッツン...
大きな音がして影がよぎる。
大きな岩がバングリズリーの頭部にめり込んだ。
バングリズリーは大量の血を流し後ずさる。
「ハル!。早う来い!。」
男の少女を抱えていない方の腕は土だらけで、隣の地面がえぐれている。
「はよせんか!。」
闘争本能全開だったハルだが、殺気を消し主人の元に戻った。
「お嬢さんの身体を考えたら、ここで時間を取れん。ハルよ、お嬢さんを護ってくれよ!。頼むぞ!。」
男は少女をそっと地面に下ろすと、ヒドゥイーンタイガーに言った。
...ゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーー...
ハルが咆哮を上げる。
まるで了解の合図だ。
ハルは何故か誇らしそうだ。
そんな状況ではないのに。
大男はハルと少女から離れ、バングリズリーの群れに対峙する。
バングリズリーは、未だにハルを敵とし見做し、男を無視している。
単なる獲物だ。
ヒドゥイーンタイガーを倒さない限り、このご馳走も、あのもっと柔らかそうなご馳走も、お預け。
大男が構えた。
!?
危ない!。
...グクグウウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーー...
背後から甲殻グマの一頭が飛びかかる。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーー...
ハルが主人に危険を知らせる。
「おおらぁ!。」
...バッキィィィーッ...
大男は、瞬間的に甲殻グマの頭を掴み、岩に叩き付けた。
...ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
クマの首が逆を向いている。
地面が揺れる。
甲殻グマの口から多量の血が流れている。
まるで剥製のように目を見開いたまま静止している。
甲殻グマは即死だ。
10mを越える、爆発的な力を持つクマが...。
戦車並みのパワーを持つ甲殻グマが...。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーー...
ハルが吼える。
何か嬉しそうに聞こえる。
...グクグウウウオオオオオオオオーーーーーーーー...
...グクウウオオオオオーーーーーーーーーーー...
...グクグウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーー...
...グクグウウオオオオオーーーーーーー...
...グクグウウウオオオオオーーーーーーーーーーー...
...グクグウウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーー...
バングリズリーの群れが一斉に立ち上がり、大男に向かって吠える。
大男は全く動じていない。
流石に、十数頭の相手は無理だ。
不可能だ...。
大男は構えた。
!?
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
突然空で何かが破裂するような乾いた音がする。
バングリズリーの群れは、音に怯え動揺している。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンが高速で回転する様な音が徐々に大きくなる。
大男は更に巨大化し始める。
バングリズリーの群れは、怯えている。
さっきまでの荒々しさが嘘のようだ。
形態を変え始めた男に見覚えがあるらしく呆然と見上げている。
打って変わって怯えたウサギのようだ。
恐怖で男から視線を離せなくなってしまったようだ。
小刻みに震えている。
失禁している個体もいる。
...ドスーーーーーーーーーン...
...ドッスーーーーーーーーーーーーーーーン...
男が動き出す。
...ゴワッ...ゴワッ...ギュワッ...ゴワッ...ゴワッ...
バングリズリーの群れは、まるで子犬のようや悲鳴を上げ全速力で逃げる。
まるで蜘蛛の子を散らすように。
男達が山頂に向きなおり、歩き始めた時、背の高い草が揺れる。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ハルは咆哮を上げ慌てて男の元に飛び込んだ。
一頭のバングリズリーが鋭く大きな牙と爪をむき出し、男に飛び着く。
特別大きな個体...。
体長は他のクマの倍。
山のようだ。
...グクグウウウオオオオオオオオーーーーーーーーーーー...
恐らく群れのボスだ。
間に合わない。
でも、ハルは身を呈して、主人を庇う。
しかし、大男は、ハルをそっと押し返した。
ハルが吹っ飛ぶ。
その瞬間、巨大なバングリズリーが、山の岩場に叩きつけられていた。
...バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ドーーーーーーーーーーーーーーーン...
土の地面なのに、激しく揺れている。
なにかが強く叩かれたような音だ。
その巨大なバングリズリーは、頭部から肩にかけてぐちゃぐちゃに潰れている。
生物の中で最も硬い部類に入る甲殻は、粉々に砕けてしまって、中の肉が見えている。
...ドードドドド...
ハルは緩やかに転がった。
...ブシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
バングリズリーは、ぐちゃぐちゃに潰れ血を噴き上げている。
なお蠢いている。
「愚か者めが!。ワシを怒らせるからじゃ...。」
男は怒鳴った。
巨大化した男は、倍以上の鉄なのか人なのか分からない風態。
まだまだ、巨大化する余裕がありそうだ。
目から光がほとばしっている。
さっきまで次々と襲って来た野獣達が、遠巻きに見守っている。
木の陰、草の中。
息を潜めている。
本当に恐れているようだ。
ヒドゥイーンタイガーと鉄人は、黙々と急斜面を身軽に登って行く。




