アユム1
アユムは、6等市民の家庭に生まれた。家庭と言っても、アユムの両親はアユムが幼い頃に亡くなり、祖母ビアッカと歳の離れた兄ト二ーと三人暮らしだ。
家はエスカトラとアトラの交差する地域カルマンにある。
アトラの公営団地群であるネルカゴルに住んでいる。
ネルカゴルは今から500年前の第157経済成長期に作られた古い施設群の呼称。
店舗やデパート、下層市民用の職場、公園などがある。
巨大な中央塔エルガンツを中心に、巻かれたタコの足のように8つの居住区域テンタクルが八方に広がっている。
今では、このネルカゴルの住民は下層市民の1部だけで、廃墟化しているものが多い。
セキュリティフォーマットのしっかりしているネルカゴルは、エスカトラにいるようなやくざ者が、忍び込むことが難しい。
各テンタクルには、ネルカゴル専用の50体の上級アンドロイドと、100体以上の低級アンドロイドが配備されている。
その自動警備システムは強固だ。
全てのネルカゴルにおいて、アンドロイド達は老朽化し、その後、補填もされないため半数以下になっている。
が、寧ろ今の状況にはあっている。
500年前にはアトラの最先端の生活の象徴だったネルカゴルも、今や古い時代の象徴だ。
100年前からシステムの入れ替えや更新も無い。
ネルカゴルの優れたセキュリティシステムは、老朽化してもなお機能している。
一時は1000棟近くあったネルカゴルも、今や50前後を残すのみとなった。
ネルカゴルへアンドロイドを供給していたベグレブは、今や無人の州となりつつある。
アユム達は、兄トニーの収入で暮らしている。
トニーは、ネルカゴルのアンドロイドや、旧式の工業用、家庭用ロボット修理を個人で請け負っている。
兄は、非常に腕の良い技術者だが、6等市民なので収入は平均的な3等市民の10分の1以下だ。
ビアッカもトニーも、朝から夜まで身を粉にして働いている。
なので、アユムは幼いころから1人のことが多かった。
でも、寂しくはない。
貧しくても、15歳年上の兄も、祖母も常に自分を気遣い愛してくれる。
アユムにはそれが、充分過ぎるほど伝わっている。
祖母は数年に一回隣町のネルカゴルに検診に行って、数日家を留守にする。
その時は、決まってトニーが弁当を作ってくれる。
卵焼きの上になぜかケチャップでいびつなハートが書かれていたり...。
アユムは、それを見てくすくす笑って食べた。
アユムは、工場の煙に曇った空を見上げて呟く。
「おばあちゃん、無事についたかな...。」
空域通行車両や、普通の交通機関を利用できない6等市民にはとって、80km以上離れた隣のネルカゴルに通うことは骨が折れる。
しかし、定期診断を受けられるだけ、ビアッカは恵まれている。
アユムは、とても美しい少年だ。
薄い褐色の肌。明るい金色の髪。
瞳の色は右目がブルーで、左目はエメラルドグリーン。
細くスラッと伸びた身体は、少し筋肉質だ。
アユムの右頬には傷がある。
アユムが小学校に上がる前、仲良くしていた3等市民の子に突然ナイフで切られた。
アユムと近所に住むその子は、身分が違うにも関わらず良く遊んでいた。
アユムの両親は、息子の顔の傷を見て激怒した。
アユムの父親は、3等区画に入り、その子の両親に激しく抗議をした。3等市民は金で解決をしようとした。
その額はアユムの父の年収を上回る金額だった。3等市民にとっては、趣味に使う程度の金だ。アユムの父親は、金での解決を断り、その子に謝罪を要求した。
アユムの両親は、等級侵犯罪B級で囚われ投獄された。
そして、あろうことか、第1級死刑囚と取り違えられ、あっさりと処刑されてしまった。
懲罰省の役人は両親の遺骨を持って現れた。
公告を読み上げ、謝罪額として6等市民用の通貨30000ベリーが支払われた。
これは、三人が1ヶ月やっと暮らせる程度の金だ。
生活は立ち行かなくなった。
トニーは、6等市民として初めて入学を許可されたアトラ第5大学を辞め働き始めた。
先妻の子トニーは、容姿はお世辞にも美しいとは言えなかったが、ずば抜けて頭が良かった。
アユムには、両親が亡くなった理由は知らされなかった。
アユムは、毎日父や母のことを思い出したが、祖母や、トニーの前では決してその様子を見せなかった。
熱を出しやすいアユムが夜中うなされると、トニーは激務の中でも、徹夜でアユムの側にいて声をかけた。
それは今でも同じだ。
ビアンカはそういう日の翌朝は、ギュっと抱きしめてくれる。
ビアンカとアユムには、二人だけしか分からない挨拶がある。
どちらかが、小さい声で、あるいは微かな口の動きで「ぎゅう」と言うと、もう一人が抱きつく遊び。
時間差をおいて抱きついて笑わせることもあれば、淡々と抱きつくこともあった。
アユムが、マラソン大会で脱水症状になってしまったことがある。
炎天下たった1人で走るに、高齢の祖母は並走し続けた。
完走した、アユムに祖母は泣きながら抱きついた。「ぎゅう」って言いながら。
トニーとは、出かけるとき、ハグをして、ハイ5をする儀式がある。
2人とも、とてもウザい。
でも、愛情は一杯だ。
そんな、アユムも13歳になった。
アユムは兄トニーの同じく、学力テストではカルマン州で常に上位に入るほどの成績だ。
アユムの通う6等市民の学校は、カルマンの学校連盟には加入しておらず、その学校での試験結果や成績は、公式結果に認定されなかった。
そして、カルマンの公立ハイスクールに通うには、トニーの収入は少な過ぎた。
トニーは、あらゆる手を考え、あらゆる試みを行ったが、全く足りなかった。
結局、アユムは、6等市民用の職業スクールに通うことになった。
この学校に通った瞬間、等級昇格や将来への道は閉ざされる。
トニーは、一晩中走り、仕事で疲れている自分を痛めつけ、叫び拳を壁に打ちつけ、己の無力を呪った。
どこの州や市の職業スクールも、能力の無い下等市民の通う学校とみなされている。
知能の発達の遅れた生徒も、精神に障害のある者もいる。
しかし、救いはある。
厳しすぎる管理の下におかれる3等市民、それに加え矯正プログラムを受けさせられる4から5等市民などに比べ、自由だ。
高度な遺伝子分析や適合テストにより職業や婚約者が決まってしまう他の市民よりも遥かに自由意思が存在する。
イザナミではなく、旧世代スーパーコンピューターイズナップに健康管理をされている6等市民は、上位等級市民の区画への侵入が禁止されている。
その代わり、管理やコントロールされていない自然の海や野山へ立ち入ることができた。
安全ではないにせよ、恐らく、自由と自然、動物達と共に生きるという点では、他のどの階層の市民よりも恵まれている。
6等市民にとっての脅威は、上位等級市民だけだ。
そして、掃き溜めのようなその場所にこそ、本物の原石が存在する。
アユムのように。
アユムは、職業スクールに淡々と通った。
アユムは兄の仕事に近いコースを専攻できたことに満足している。
実際は、スーパーコンピューターや、オペレーターを必要としない、アンドロイドの修理工は、非常にやりがいがあり、本当に専門性が身につく仕事だ。
アユムは、球を蹴って得点を競う、ルコントの部活動に所属した。
6等市民でも参加できる市民大会や、国体もある。
アユムは、すぐに部のエースになった。
明るくひたむきなアユムは直ぐに人気者にもなった。
ムウと言う名の同じ部の少年は、アユムの親友だ。




