従妹との戦い
前半・有伽。後半・美果主観でお送りしております。
「いいの? 下手したらあなたたちまでターゲッティングされるよ?」
「そうはならないよ。あなたが生きてる限り。あいつらの最優先は複数の妖を持つあなたの死体を確保する事。それより優先度が低くて面倒な私達は現状維持だよ。それ程目立つ動きはしてないし」
「そういうこった。お嬢ちゃんはさっさと逃げな」
伊吹さんと出雲美果に促され、私は走り出す。
「待てよ先輩ッ! 俺は、俺はどうすりゃいいんだよっ!」
魁人の叫び声が聞こえた。
溜息を吐いて振り返る。
まるで信じたかった相手を信じてはいけなくなったような、歪な顔をしている。
私を倒していいのか見送るべきか、判断が出来ないらしい。
いや、彼も私に別れが言いたいのか? でも翼達の手前私に親しそうに別れは言えない。そんなところだろうか。
「魁人。あんたは佳夕奈が女の子に惚れない様気を付けてなさい。後は小林さんや黛さんの言葉を良く聞いて、自分なりの仕事像を持つことから始めなさい。今のあなたではまだ犯罪者を相手にするのは無理よ」
「なんっ!?」
「じゃあね」
私は再び走り出す。
後を追おうとする魁人だが、そこに立ち塞がる伊吹さん。
「嫌がる女性の尻を追い駆けるのは紳士じゃないな。邪魔するぜ」
「どけよおっさんッ」
「おっ……お兄さんだッ!!」
「えー。伊吹さん相手だとオジサンでイイと思うよ」
「ミカぁ……俺はまだ30前だ!」
「え? うそっ!?」
私も驚きだ。最後の最後で伊吹さんの年齢が20代後半だと知らされてしまった。
どうでもいい知識がまた増えた。
さぁ、グレネーダーの面々は居なくなったし、後は一直線に飛行場を目指せばいい。
時間も良い具合だ。さっさと向ってみよう。例え。罠があったとしても。
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わたしたちは本当に高梨有伽を見捨てるつもりなどなかった。
でも、彼女を迎え入れることは絶対に出来ない。
それを行えばたちまちに妖研究所の暗殺班が絶え間なく押し寄せると鈴達に言われてるからだ。
だから、わたしは心を鬼にして彼女を見捨てる。
でも、死なれるよりは生かしておいた方がいいということで、三嘉凪さんに言われてやってきた。
対戦相手が翼お兄ちゃんだったのでちょっと心の準備がいったけど、一度相対してしまうと不思議と言葉はつらつら出て来た。
「美果……なんで、生きて、いや、でも、どうなって……」
混乱気味の翼お兄ちゃん。まぁ、そうだよね? 自分で殺した相手が目の前にいるんだから、不思議だよね?
でも、理由は教えないよ。どんな勘違いしてもいいけど、真相はまだ、秘密。
翼お兄ちゃんがラボと繋がっているのは、既に知っているから。
凄く、凄く悲しかったよ。まさか翼お兄ちゃんがそっち側の人間になってたなんて。
だから、ちょっとだけ、わたしの怒り、ぶつけさせてね?
「翼お兄ちゃん……」
「な、なんだ美果、あ。あの時はその、仕方なくて、俺、お前が犯罪者だって言われて、他の奴に殺されるくらいならって、それで……」
「知ってるよ? お兄ちゃん白滝さんに憧れてたもんね。最愛の人を殺してまでも仕事に忠実だって、漢を見たって。自分もそうありたいって。だからね、恨んではいないの」
その言葉に、明らかにほっとした顔をする翼お兄ちゃん。
これで、少しは自分の辛さを紛らわせてくれたかな?
「でも、でもね翼お兄ちゃん。わたし、知ってるよ。翼お兄ちゃんが、ラボの人間に染まりだしてるの」
ラボ。それを聞いた瞬間翼お兄ちゃんの顔は目に見えて青ざめ始めた。
「知ってるよ。麻桶の毛が有伽お姉ちゃんを断罪しようとした時、翼お兄ちゃんも一緒に煽ったよね? 知ってるよ。翼お兄ちゃんは影でこそこそ動いているの。凄く、悲しいよ」
「ち、違うッ! 違うんだ美果ッ。俺は、俺はお前を……」
「いくよ翼お兄ちゃん。少しでも、自分の行動を見直してくれると、わたし期待してるから」
ぶわりと広がる無数の触手。その全てが拳になる。
「て、テケテケっ」
「……また。殺すの?」
「っ!?」
わたしが攻撃体勢に入ったのを見て思わず反応した翼お兄ちゃん。
そこにわたしが寂しげに微笑んで見せると、即座にテケテケを打ち消してしまう。
結果、無防備に触手に殴られる翼お兄ちゃん。
別に肉体にはダメージが無いけれど、翼お兄ちゃんの魂に無数に打ち込まれる拳で、翼お兄ちゃんは訳も分からず膝をつく。
「今は、しばらくそこに居て。有伽お姉ちゃんが手の届かない場所に行くまで、ね」
「ま、待てッ。待ってくれ美果ッ! なぜだ。なぜ生きてたなら戻って来なかったんだっ。お前を生き返せるってあいつらが……っ」
「誰も、助けてくれなかった。わたしを救ってくれたのは、ラボでもグレネーダーでも翼お兄ちゃんでもなかったの。三嘉凪さんと鈴とついでに伊吹さん。だから翼お兄ちゃん。次からは……本格的な敵同士だよ」
「俺はついでかい……」
動けなくなった翼お兄ちゃんに別れを告げるように踵を返す。
伊吹さんはもう一人の新人さんを幻影で翻弄してるようで、既に遠くに退避していた。
すでにライターで火を付け煙草の一服すら行っている。
葉っぱ相手に突撃している新人さんは……可哀想に狸に化かされてるんだね。




