助っ人
「あははははははっ。どうだ天原ァ! 私に逆らうからこうなンだよブァカがァ!!」
なぜか得意満面の笑みを跡形も無く消失した家に向けて高笑いする玉藻。
幸いなことに無人だったようだ。働き先から帰ったら呆然とするだろう住人に思わず心の中で合掌しておく。
ついでに言っとくけど、あんたこそバカじゃないの? 私より長年一緒だったでしょうに、土筆の能力忘れたかド阿呆。
チュインッとアスファルトに音を立てて弾丸がめり込んだ。
野生の感か飛び退いた玉藻はぎりぎり危機を回避した形だ。
唐突な狙撃に先程までの高笑いが完全に途絶していた。
「おや。この近距離で外すとは、わたくしもやはり腐れ縁を加味してしまいましたかしら?」
別の家の天井裏から顔を出した土筆が不敵に笑う。
その顔に、完全に切れた玉藻が鬼も逃げ出しそうな形相で九属性を一気にばら撒き土筆向けて打ち出した。
毒霧が厄介だ。周囲に広がり始めている。
仕方ない。ここは迎撃より脱出だ。とにかく九尾から距離を取ろう。
妖抹消委員会の対応は後だ。
私が動きだすと【八房】含めた四人が動きだす。
既に黴も私に戻ってきた。
玉藻の暴走で唖然と魅入っていた【七人同行】を脅威ととらえなくなったのだろう。
しばらくは追って来ないと勝手に戻ってきたらしい。
まぁいい。さっさと行こう。
【七人同行】に気付かれない内に小道を走り抜ける。
背後から四人程追ってくるがとにかく走る。
しばらく走ると袋小路だ。
この近辺は本当に入り組んでいるから面倒である。
「おいおい、袋小路じゃねぇか。【八房】さん。俺がやりますよ。ちゃちゃっとぶっ殺すんで見ていてください」
「止めておけ【恙虫】。お前だけじゃ彼女は殺せない。相手の実力もわからないのか?」
「で、ですが、こんな小娘一人に四人も使う必要は、しかも総長まで出張る理由がありません」
ふむ。八房が妖抹消委員会の最重要人物である会長というのは本当らしい。あいつを何とかすれば妖抹消委員会は潰せるか。
ちょいとキツいが一人づつ確実に消すか、それとも八房だけを執拗に狙うべきか。
が、そんな私の思いは唐突な闖入者によって中断させられることになった。
突如、地面に手が生えた。
なんぞ? と思った瞬間無数の手は柄杓を地面から取り出す。
それを見た【八房】は急に青い顔をする。
「これはまさか……いや、奴らは死んだはず。なぜ!?」
柄杓を手にした無数の腕は入れ替わり立ち替わり柄杓に水を汲んで地面へとぶちまける。
意味が分からないのだが、周囲全てに出現した手により見る見るうちに地面が水浸しになって行く。
辺り一面水だらけだ。
唖然としていた私の背後に飛び下りてくる一人の女。
顔の部分に紙袋を被っている。
こいつ……止音君のとこに居た新人?
「悪いね八っくん。この娘は貰ってくよん♪」
「なっ!? やっぱテメェ生きてやがったのかクソ女!?」
胸の大きな彼女は【八房】に手を振って私を抱えると、身体を変化させる。
「ほら、脱出脱出。私姿は変えられるけど能力使えないから舌使って脱出よろしく」
「はぁ? 助けに来といて脱出は自力でしてってどういうこと?」
「だって、今動けるのは私と千……えっと、【船幽霊】しかいないもので」
船幽霊。それって確か……生きてたの!?
思わず驚いたけど今はそんな場合じゃない。
無数に水を汲む【船幽霊】のおかげで追手の三人は溺れかけてるけど【八房】は直ぐに宙空に浮き上がったせいで水没の危機から逃れている。
「ほら、急いで、八っくんが来ちゃうから!」
「黄泉路に戻してやるぜ、優奈ぁぁぁッ!!」
知り合いの様だが決して仲はよくないらしい。
殺す気で突撃して来たので私は舌を伸ばして電信柱をひっつかむと立山優奈を引き連れ近くの家の屋根へと飛び上がる。
すると彼女は顔を隠していた紙袋を取った。
私を観察したせいで私へと変化した彼女は屋根の上で私の手を取るとクルクル回りだす。
「じゃ、別々の場所に逃げましょう」
少しだが敵の戦力を分散させてくれるのなら都合が良い。
そのまま利用させて貰おう。
何で助けてくれているのか理解はできないけど。いや、まぁ多分止音君からの指令か何かだろう。
本人に聞いてもはぐらかされるのだろうけど。
まぁいい。私としても援軍は助かる。
少し走って別の屋根に飛び移る。
すると、優奈ぁぁぁっ。と叫びながら【八房】が立山優奈を追って行くのが見えた。
うん、まぁ、ばれてるけど一応身代わり役は果たしてるね。
地面に降りるともう一人の紙袋女が待っていた。
私達はしばし見つめ合う。
でも、会話の一つも交わすことなく私は走り出した。
「次はあなたの番、がんばって」
そんな言葉が聞こえた気がした。




