動き出した歯車
チケットを確認すると、まだかなり時間がある。
まぁ明日の宣告の後にちらつかせる予定だったからそこから空港に向える時間を考慮した予約時間にしたのだろうけどさ。
この時間までは私はこの町から動けないってことになる。
公園や見晴らしのいい場所は行くべきじゃない。
遠くから狙われれば自分には成す術がないし、隠れる場所がなければ直ぐに追い詰められる。
多少危険でも障害物の多い街中を彷徨う方が良い。
が、さっそく私の前に邪魔者が来ていた。
そいつはさらさらな黒髪を靡かせながら近づいてくると、いつものにこやかな笑みのままやぁ。とばかりに手を上げる。
その余りに警戒のないしぐさに、思わずため息が出たほどだ。
「式森さん、なんか用ですか。というか、こんな深夜に何で出歩いてるんですか。すでに三時か四時くらいですよ」
「早起きなんだ。有伽さんが死ぬかどうかの瀬戸際らしいから【黴】と【蛭子神】の保護に来たんだよ」
「……そう、【黴】と【蛭子神】、か」
『ちょっと待て、それ、有伽は? 【垢嘗】は!?』
思わず声を上げるヒルコ。
声帯が私のモノになってるのだけど……いつの間に声真似出来るようになったんだ。
何か気持ち悪い。別の場所から私の声が聞こえるとか、スピーカーじゃないんだから。
「残念だけど、有伽さんは犯罪者として追われてるからね。さすがに妖保護委員会でも彼女を救うことは諦めざるを得なかった」
つまり、彼は監視役だ。
私が無事殺された後、妖研究所に取られない様【黴】と【蛭子神】を保護するために来たのだろう。
「私が死ぬまでは手を出さないけど、死んだら保護のためにヒルコを助けに入ると?」
「そうなりますね」
と、式森さんとは別の方向に風が渦巻き三人の男女が現れた。
霜月 風次郎を長男として三兄弟の【鎌鼬】の妖使いたちだ。
一番上の風次郎さんが一礼すると、弟の霜月 炎太郎が面白くなさそうに「けっ」と視線を逸らす。
そして、風次郎さんの妹にして炎太郎の姉、霜月 氷夏はおもむろに近づいてくると、豊満な胸を押しつけるように抱きついてきた。
「死なないで……ほしい」
「確約はできないな。けど、妖研究所を潰しきるまで死ぬ気はないよ」
まるで恋人との別れを惜しむかのようにさらに強く抱きしめた氷夏は、名残惜しむように私から離れる。
「お手伝い、できませんけど、けど……応援してます!」
「ありがと」
感極まったのか、涙を流しだした氷夏は耐えきれないとばかりに乙女走りで物影に掛け去り静かに泣き始めた。
風次郎さんが頭を掻きながら彼女のフォローに向う。
本当は私に挨拶する気だっただろうに、長男は大変だな。
「で、護衛みたいについてくるのはいいけど、邪魔も救援もしないってことでいいの?」
「ええ。とりあえずどこに行くかは分かりませんし、我々が居る事で付けられたとなっては困るので、【鎌鼬】の皆さんが影からあなたを監視します。それと……これをお持ちください」
それは首に掛ける型のお守りだった。
「その中にネジが入ってます。どこで何をしてるか逐一僕に伝えてくれる優秀なネジ君ですよ」
正味いらない。
監視しますよと言われてるものじゃないか。
……ああそうだ。せっかくだしあいつに付けさせよう。
私の首には既に隊長のロケットが掛かってるし。
「そうね。一応、掛けさせておくよ」
私の言葉に首を捻る式森さん。
でも言葉のニュアンスが違う事に気付き切れなかったらしい。
こういう所が式森さんをポンコツ化させてるんだよな。着眼点とか咄嗟の判断は凄いのに。
「では、僕らは姿を消させて貰うよ」
「好きにしたらいい。どうせ私のやることは変わらないし」
とにかく後四時間程でグレネーダーが始まる。
午前10時。そこが飛行機の出航時刻なので、約六時間逃げ切らないといけない。
その上残り二時間程はグレネーダーからの攻撃をも予想しないといけないのか。
「ああ、そう言えば妖抹消委員会も動くみたいですよ有伽さん。他にもこまごまとしたチームがいろいろ動いてるみたいです。気を付けてください」
「他のチーム?」
「ええ。協力してくれそうな所といえばレジスタンスを自称している地下組織妖新撰組でしょうかね? 後は逃し屋本舗妖屋でしょうか」
……なにその痛い名前の団体は? 妖の新撰組?
「他には妖の惑星。神聖妖旅団。危険妖討伐隊など、おそらく有伽さんを襲ってくるかと思います」
なんだろう、凄く痛い厨二病拗らせた奴らが群れを成して来るようにしか思えないんだけど。
なんだよ妖の惑星って? 世界中を妖使いで満たしたいとかそんな奴か?
でもそれだと私を倒しに来る理由がないな。むしろ危険な妖を間引く方か。
「ありがと、警戒はしとくよ」
「ええ。お気を付けて」
私は式森さん達と別れ、街中を移動する事にした。




