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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二節 チュパカブラ
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さよなら私の居場所

 しばらく待っていると、ようやく常塚さんが来た。

 だいぶ息を切って走って来たらしく私の前まで来ると荒い息を吐きながら膝に手を置いて息を整える。

 あまりにも無防備過ぎて拍子抜けした。


 私を騙し打ちする気はないらしい。

 演技かもしれないがこの人がこんな演技をするとも思えない。

 多分、本当にただ会いに来ただけか。


「ごめんなさい、待たせたわね」


「そうですね、連絡から既に二時間、普通の待ち人なら確実に怒ってますよ」


「それはそうでしょうけど、連絡が急だったから大変だったのよ。はいコレ」


 と、一枚の何かを差し出してくる。


「なんです? チケット?」


「飛行機のチケットよ。飛行場に向えば逃し屋本舗妖屋という人たちが後のことをやってくれるわ。パスポートもいらないそうよ」


 飛行機の予約チケットだった。

 しかも既に準備は整っているので時間前に飛行場に向えばいいらしい。

 場所は高港国際空港だ。


「もしもの場合に用意していたの。明日最後の確認の時に渡す予定だったから家に置いたままで、取りに戻るまで時間がかかったの」


「……私のために、ですか」


「最後の選択肢として用意しておいたのよ。必要になればいいなと思って。でも、余程のことが起これなんて言ってごめんなさい。さすがにこんなことになるなんて思っていなかったわ」


「気にしてませんよ。これは……必然だったみたいですし。私が死ななかった。それだけのことです」


「これから、どうするの?」


「妖研究所に復讐を、一先ずはこれで国外に潜伏して、それから考えます。追手は多分掛かるでしょうからそれを一人一人確実に潰して行くことになるかと」


「そう。明日、いえ、もう今日ね。出勤時間になればきっとグレネーダーも敵になるわ。それでもあなたは……」


「ええ。薙ぎ払いますよ。殺すつもりはありませんけど、もう、妖研究所を破壊し尽くすまで止まる気はありません。死ぬか殲滅させるか。邪魔するなら、諸共に……」


 私の言葉に、常塚さんは目を伏せる。

 そして、私を急に抱きしめて来た。

 突然のことにヒルコが反撃を行い掛けたが制しておく。


「ごめんなさい高梨さん。私、こんな地位に居ながら何も出来ないの。決意したの。あなたと一緒に逃げて、柳ちゃんの代わりにあなたを救いたいと思っても、自分の命を使いたいと思っても……今の地位から転がり落ちることが、恐いの。何かしたいのに、何も出来ない。私ができるのはこんな紙切れ一枚押しつけるだけ。ごめんなさい。本当に、巻き込んでごめんなさいっ」


 涙を流し、常塚さんは私を強く抱きしめる。

 まるで生活苦で手放さざるを得なくなった子供に言い聞かせる母親の様に。

 結局、決意した彼女は動けなかったのだ。


 全てを捨て去る決意が出来れば、きっと、彼女は隊長と一緒に斑鳩入鹿に合流して叛逆者になっていたはずなのだ。

 それが出来ず、ずるずると支部長で在り続けた。

 地位という鎖に雁字搦めにされた。

 決意を行っても、その鎖を解ける程、彼女の意志は強くなかった。


 彼女はきっと、ずっと支部長で在り続けるだろう。

 グレネーダーもきっと彼女のその思考を知ったからこそ隊長の裏切りの時ですら彼女への処分は下さなかったのだろうから。


「常塚さん。父さんのこと、よろしく頼みます」


「ええ。あなたの家の墓に、葬儀もこちらで行うわ」


 ゆっくりと、私から離れる常塚さん。

 両肩をしっかりと両手で掴み、私の目を見る。


「高梨さん、生きて。必ず、生きて戻って来なさい。あなたまで、不幸に死ぬことはないの。生き残って、幸せになりなさい。手伝う事も、仲間になる事も出来ないけれど、私は、あなたが生き続けることを祈ってるわ。ずっと、ずっとよ。くじけそうになったら、必ず思い出して、あなたが生きていてほしいと願っている人がいることを」


「常塚さん……私は……」


 こんな世界生きる意味はない。

 今も、ずっとそう思っている。

 ただ、許せないだけだ。


 私が死んだ後ものうのうとあり続ける妖研究所が。

 流亜のように泣き叫ぶ人たちが私が死んだ後も引き続き責め苦を受ける。そんな現実が。

 だから潰す。潰した後で私は死ぬ。

 それだけだ。


 これ以上生きても意味ないでしょ?

 だって、真奈香も隊長も、父さんすら居なくなってしまったのだから。

 こんな世界、居るだけ無駄だよ。


 私は一度だけ、マンションに視線を向ける。

 私にとってはずっと、生まれてからずっと住み続けていた居場所だった。

 家族だけの居場所だったのだ。


 そこすらも、消えた。

 私の居場所はこれで全てなくなったといってもいい。

 学校やグレネーダーが残ってると言われるかもしれないけれど、叛逆者にされれば確実に針の筵になるだけだ。


 結局、初めから思っていたことに変わりはない。

 叛逆者になってしまえば途端に人の評価は変わるのだ。

 レッテルが貼られる。

 私は上司を殺した極悪非道の妖使い。


 明日からの私はそう呼ばれるのだ。

 そして、黴、ヒルコ、草薙の剣を操る災厄級の妖使い。

 おそらく、いや、確実に、全支部グレネーダー員に通達されるだろう。

 未曾有のS級妖使いの抹消だと。

 一応、切り札は手に入れたが、アイツだけでは心もとない。もっとだ。もっと自分を強化しないと。


 マンションから視線を外し、常塚さんを無視するように歩きだす。

 それで、常塚さんは察してくれた。

 私がついに動きだすのだ。彼女はただ、見送るだけだ。


「さよなら、高梨さん」


「ええ……さよなら常塚さん、さよなら……私の居場所」


 ……最後の呟きは、風に流れて消えて行った。

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