新人研修三日目8
「高梨さん、ちょっと、支部長室に来てもらえる?」
騨雄へグレネーダーについての説明をしているのを聞いていた時だ。
常塚さんがやって来て私を引き抜いて行く。
まぁ、しばらく説明が続くだろうし、行くか。
私は一人廊下へ出る。
既に常塚さんは廊下の先を歩いていて、内周部への扉の前に辿りつくと私を待つ。
何の用かは知らないが、予想は付く。
「あの事ですか?」
「ええ。その通りよ。さすがに他の人には聞かせられないから、支部長室まで来てね」
「了解です」
私は常塚さんに連れ添って支部長室へと向かう。
無数のセキュリティで守られた支部長室には、機密文書が盛りだくさんである。
ここに来れるのは支部長である常塚さんだけなのだ。
付き添い、あるいは用事があれば常塚さんに先に連絡することでセキュリティを通過できるのだが、まぁ、滅多なことでは用事はないし、常塚さんも殆ど寄りつかないので比較的綺麗な内装だった。
ただちょっと埃が隅の方に見える。
「結論から言うと、やはり反逆罪になるみたい」
「だと思いました。因幡さんですか?」
「ええ。それと小金川さんね。あの人が一番あなたの抹消を望んでいるわ」
ああ、何度か聞いたことはあるな。
上層部に存在する妖研究所のスパイの様な存在。
ひたすら駆けあがってグレネーダーに食い込み続けている膿が。
「高梨さんの抹消指令は明日に降りるそうよ。今は簡易連絡だけだけど、明日の朝一番にターゲット指令書として送られてくるらしいわ。そこに参加していれば、その時点で皆が敵になるのだけど……本当に直前まで来るの?」
「余程のことが無ければいつも通りにしますけど?」
「そう。余程のことが起こって心変わりしてくれると私としては嬉しいのだけど。いえ、これはグレネーダー支部長として言うべき台詞ではないわね」
そう言いながら、常塚さんは支部長用のデスクに向うと、椅子に座って両手を組んで顎を乗せた。
アンニュイな顔で私を見る。
「私は斑鳩入鹿を殺してしまった。多分、そこが分岐点だったと思うわ」
「常塚さん?」
「あの日、一発の銃弾を放ちさえしなければ。ずっと、私はそれだけを後悔していた。あの人を殺さなければよかったんじゃないかって。でも、それを過去改変してしまったら、柳ちゃんは私の前から去ってしまう。そう、思っていたの」
一息ついて、顔を伏せる。
「あの人が憎かった。いきなり横から好きだった人を掠め取られたんだもの、当然よ。でも、柳ちゃんの幸せを応援したかったのも事実。だから、ずっと葛藤していたわ。でも、私が殺してしまったせいで、柳ちゃんにトドメを刺させてしまって、私は、これで良かったと思おうとしていた。今なら、きっとあの過去を改変しに向っていたわ。でも、それは叶わない。思い立った時にはもう。柳ちゃんが死んでしまった後だから」
「私が、隊長を殺さなければよかったですね。すいません」
「あなたに罪はないわ。あれは事故よ。決断しなかった私が悪いの。ちょっとの、ほんのちょっとの勇気があれば、嫉妬してでも柳ちゃんが生きてる未来があったのに」
「後悔が出来るだけ、常塚さんはマシだと思います。私は未来を変えようとしても、結局失ったバカですから」
「辛いなら、泣いてもいいのよ? でも、自分のことを卑下しないで高梨さん。あなたは、立派に処理班の仕事をしてくれていたわ」
「それでも……いえ、これ以上は水掛け論になりそうですし、止めておきましょう」
「そう……世の中、ままならないものよね」
「そうですね」
空気が重くなったな。
でも、明日が私の命日か。
長い様な短い様な。とりあえず、親父に最後の挨拶だけしておくか。
「話は変わるけど、琴村騨雄について、いいかしら?」
「はい。なんです?」
「彼について議員から抹消委員会に通達があったそうよ。抹消委員会は黴事件でこちらにやられているから渋ってるみたいだけど、先走って来る相手はいるかもしれないわ。彼に十分身辺に注意をするよう伝えておいてくれる?」
「了解……ああ、折角なんで佳夕奈を護衛に付けた方がいいですね」
「佳夕奈さんを? 男女を一緒にさせると間違いが起こるかもしれないわよ。護衛だし、四六時中一緒にいるといろいろと、魁人君の方が良いんじゃ?」
「いえ、むしろ間違いが起こって貰った方がいいです。彼女、百合の扉を開き掛けているので」
「……あぁ」
なるほど。と言った顔をする常塚さん。
協議の結果徳田姉弟を纏めて騨雄の家に送り込むことにした。
まぁ、あの三人なら余程の敵が来ない限り大丈夫だろう。
ついでに翼ちゃんにも頼んどこうか?
いや、あいつは逆に危険だ。絶対にポカやらかす。前田さんに頼もう。
あの人なら容姿が小動物だし、振動能力が物凄く頼りになるからいいだろう。
折角助けたのに抹消委員会に抹消されたら切ないしね。
常塚さんの話じゃ上層部が話を付けるまでだそうだけど、数日間は護衛がいるんだと。




