新人研修二日目6
「高梨有伽。先に言っておくわ。これから行われるだろう逃走劇、私達は巻き込まれる気はない」
斑鳩入鹿の墓に手を合わせた川辺鈴は、私を見ずに告げる。
「それはつまり、私をスカウトする気はないと?」
「逃走中のあなたはね。スカウトしてほしければ追手を振り切って反撃出来る戦力を確保してからね。白滝さんが居れば違ったけど、あなたが殺したから」
「ごめんねお姉ちゃん。皆で話し合ったけど三嘉凪さんの鶴の一声に勝てなくって。事実死に場所探してるだけの今の状態で来られても迷惑なんだ」
出雲美果は斑鳩さんと隊長、そして真奈香にも黙祷を捧げる。
それが終わると踵を返して去ろうとした。
「ちょっと、ちょっと待ってくださいっ!」
引きとめたのは佳夕奈だった。
またか。良く相手を引きとめるな彼女。
「何かしら新人さん?」
「あ、あなたたちと高梨先輩の関係はわかりません、けど、今のは酷いです。高梨さんは親友とも呼べる人と尊敬する人をほぼ同時に失くしたんですよっ」
ああ、やっぱりまだ感情移入して暴走している。
彼女のこの性格は要注意だな。小林さんに伝えておこう。
「だから何? こいつが白滝柳宮を殺した事実は変わらない。私達の元へせっかく来る予定だった直前で殺したんだ、自分の上司を、親友を助けたいからって理由だけで。親友にしてもそう。折角助けに入ったクセに二度も見殺しにしたんでしょ? 私だったら、たとえ自分が死んだとしても入鹿お姉様を助けていたわ。まぁ、それを行う機会も失われたのだけど。誰かさんのせいでね」
「でも……」
「うるさいよあんた。霊前で争う話じゃないでしょ。それとも、気に入らなければ実力行使でも、する?」
鈴の背から巨大な蛇が鎌首をもたげ佳夕奈を睨む。
それでカチンと来たのか佳夕奈も妖能力を発動させていた。
宙を漂い始める三つの刀。その切っ先が鈴へと向けられる。
二人が闘いに突入しようかというその瞬間、二人の目の前に透明な手が無数に現れていた。
思わず踏みだしかけた足を止める鈴と佳夕奈。
その背後で、出雲美果が笑みと米神に青筋付けて立っていた。
「鈴、遊ばない」
「あ、ぅ……了解」
あー。あの川辺鈴って娘、出雲美果に頭上がらなくなってるのか。確かにあの【人魂】の能力はやっかいだしね。不意を喰らえば私でも殺されるだろう。
「じゃあ有伽お姉ちゃん。良い旅を。あなたの居場所が見つかること、祈ってるよ」
「それはどうも」
全く動かなかった私と稲穂に軽く手を振って、出雲美果は鈴を引き連れ去って行った。
が、未だに佳夕奈が動かない。
どうしたのかと前に回って覗いてみれば、どうやら恐怖で固まって動けなくなったらしい。
瞳孔が開いている。可哀想に気絶してるよ。
仕方なく私達は佳夕奈を安全そうな場所に運ぶことにした。
といっても行ける場所などないので支部に戻っただけではあるのだが。
保健室のような一室に入ると佳夕奈を寝かせてその横に丸椅子を持ってくる。
まぁ、佳夕奈が起きるまで待つしかすることないし。
ん? どうしたの稲穂? え? ドッキリ? まぁいいけど?
えーっと、佳夕奈に腕枕して寝とけばいいの?
というわけで、稲穂に勧められるままに佳夕奈の横にお邪魔して寝させて貰った。
なんとなく何する気かは想像つくけど、すぐばれるでしょ。
稲穂は私達を見下ろす形で丸椅子に座り、佳夕奈の目覚めを待つようだ。
そしてしばらく、ようやく佳夕奈が意識を取り戻す。
「……あ、あれ? 私どうなって……ふぇっ!?」
私は目を瞑っていたので見えなかったが、どうやら佳夕奈が寝返りを打って私の顔を見付けたらしい。
「え? え? ええええっ!? なんで高梨先輩が横に、というかなぜ腕枕!? え? ええ!?」
「ようこそ私達の世界へ歓迎すよ『か』」
不意な声に飛び起きる佳夕奈。その瞳の先にいるのは稲穂である。
「あ、ああああの、わ、私もしかして……」
「有伽お姉様の御寵愛を受けた感想は?」
「ふえぇっ!? わ、わ、わた、私、や、やっぱり、越えちゃた。越えちゃったんだ。扉開いちゃった。何時の間に!?」
「冗談よ」
「そうなんですね。私もう初めてを有伽お姉様に……ってぇ!? 冗談!? ちょっと、先輩方なんてドッキリ仕掛けるんですかッ!?」
予想以上に信じちゃってましたが、この娘は百合化の危険が高い。下手にこういうことで遊んではならないと私の本能が危険を告げている。
なのでこれ以上スルーする気になれず、信じ切る前にドッキリ大成功の報告を告げておいた。
稲穂が残念とか言っていたけど気にしない。
「真奈香の理想だった有伽お姉様ハーレム計画を引き継ごうと思ったのに」
「引き継ぐなそんなもん。私はノーマルだ」
「えええっ!? 有伽お姉様ノーマルなんですか!? そんなバカな。どう見ても……」
「そこ、口調が直ってない。今は傷心中だから稲穂抱き枕にしてると落ちつくだけよ」
「それ、全然ノーマルじゃない気が……い、いえいえ、何でもありません有伽お姉様」
……既に遅かったかもしれない。
そっち側に本気で行くなよ佳夕奈。面倒は見きれんぞ?




