新人研修二日目2
「それで、何処へ向うんですか?」
今回私と稲穂が行動を共にするのは徳田佳夕奈。
魁人の姉である。
大学一年という事らしいのだが、本日は私同様夏休みだそうだ。
正直に言おう、今日はやることなど全くない。
他の面々は琴村騨雄がどこにいるのか探るようだけど、私達は……そうだな。被害者になっていた女性の話でも聞きに行くか。
「既に琴村騨雄に出会った訳だし、資料についても魁人に教えたわ。あなたに教えるのは……そうね、聞きこみ調査でどう?」
「どう? と聞かれましても、前回も皆で家周辺回りましたし」
そういえば、黛さんたちは騨雄の家周辺を張っていたんだったっけ。
でも、今から行く場所は騨雄とは殆ど関係の無い場所である。
彼女も多分何故そこに行くか分かっていないはずだ。
「と、ところで高梨先輩、ど、何処に行く気で?」
「こっちだけど、なにか?」
ふと前を見ると、成る程、ラブホテルの乱立している場所に差しかかっている。
ソレに気付いたらしい佳夕奈は、私と稲穂を交互に見つつ忙しなく挙動不審に動いていた。
何かを感違いしているのだろう。
否定するのも面倒なので放置して突き進む。
「わ、私、そのす、好きな人はいませんけど、基本ノーマルでして、そ、そういった経験はないといいますか、いや、そのほんと、許して下さい」
本当に何を考えているんだろうか?
顔を真っ赤にして嫌そうに言いながらもなぜか期待に満ちた瞳をしている。
危ない兆候だ。
気のせいか私を見る目が稲穂と似通い始めている気がする。
まぁ、ここは通り過ぎるだけだからすぐに誤解は解けるけど。
「な、なんだぁ。よ、よかった……」
少し期待外れ感を出しつつ、佳夕奈は安堵の息を吐く。
開き掛けていた扉はぎりぎりで閉じ切れたようだ。
隙間からでも覗いたりはしないように。
やってきたのはこじんまりとした家だ。
縁ここなという琴村騨雄の同級生がいる家らしい。
さすがに話す段に稲穂は邪魔になるので、だっこして抱きしめていた稲穂を降ろしておく。
降ろされた稲穂が幸せ過ぎる顔で地面にへたり込んでいたが放置して呼び鈴を鳴らした。
佳夕奈が大丈夫ですか? と心配そうに聞いているけど、稲穂は震える手でサムズアップして気絶していた。
何が起こった……?
呼び鈴からしばらく、家から出て来た奥さんに来訪内容を伝えると、縁ここながようやくやってきた。
垢抜けない可愛らしい子だ。
引っ込み思案で守ってやりたい感じの彼女は三つ編みお下げに瓶底メガネの絶滅危惧種な女性だった。余りに珍しかったので、しばらく見ていると、困った顔で首を傾げられる。
「初めまして、妖専用特別対策殲滅課抹殺対応種処理係の高梨と申します。こちらに来た理由は、分かりますか?」
「……騨雄君の、ことですか?」
「ええ。あの日、何が起こったのか教えてくれない?」
「それは、もう警察の方に話したし、話す事は……ないです」
「そう。つまり琴村騨雄は二人の人間を殺した殺人者として抹消されるということで、いいのね?」
「ち、ちがっ。騨雄君は……」
私の言葉に泣きそうな顔をする彼女に、私は黙って瞳を見続ける。
「彼をどうするかは、あなたの証言次第。余すことなく事実を告げる事を望んどくよ。私にとってはどっちでもいいことだし」
「殺さないで……騨雄君は私を、私を助けてくれただけなのっ。だからっ……」
私は佳夕奈を呼んで縁ここなの横に立たせると、彼女の頭を撫でるよう指示しておく。
優しく接されたからか、彼女は泣きながら少しずつ話を始めた。
今回は佳夕奈がいたから彼女の警戒が早期に解けたが、これが魁人だったらまず無理だっただろう。
餅は餅屋。女性同士の方が警戒感は解けやすい。
まぁ、といってもイケメンに聞かれる時と比べると警戒感の解除は遅いのだろうが。
とにかく、今回はキャストが上手くハマったらしい。
もともと、ここなと騨雄はクラスメイトというだけで大した接点は無かった。
あの日、たまたまここなが生徒手帳を落としたらしい。
それを拾ったのが騨雄である。
初めは恐かったが、律儀に届けてくれた騨雄にお礼を言った。それだけだ。
まぁその時騨雄が珍しく恥ずかしそうに頭を掻いていたのだが、どうやらその辺りを見られたようだ。
騨雄と別れて一人になった時だった。
突然背後から誰かが襲い掛かり、ハンカチで口を塞がれたらしい。
驚き暴れようとした彼女の前に一人の男が現れ、目の前にナイフをちらつかせてきた。
黙れ。と言われれば、黙らざるをえなかった。
それ以上暴れて殺されてはたまらないからだ。
それでも、レイプだけはされるものかと必死にどうにか逃げようとしていた彼女だが、結果的に予想通りの事は起きなかった。
こいつを餌に騨雄を呼ぶぞ。と訳のわからない事を二人で話しだしたのだ。
自分はただの知り合い程度の存在で、自分を餌にされても絶対に来るはずなどないと抗議した。
でも、彼らは受け入れなかったらしい。




