釣瓶火の叛逆・エピローグ
少女の慟哭を、私は遠くのビルから見つめていた。
彼女こそが【黴】をその身に宿した人物で、この騒動の中心にいるものだ。
「これから、彼女はどうなるの?」
隣にいる男に、私は問うた。
「どうなると思う?」
しかし、男は質問で返してくる。
「静香さんは助けるって言ってるけど?」
「もちろん。俺はそのために君を助けたんだ。彼女を救うために力を貸してほしい」
男は私を見て微笑む。美形の特権という奴だろう。ムカつくくらいに爽やかだ。
「止音君。私の答えなんて分かってるでしょ」
「そうかな?」
「死ぬはずだった私を助けたんだからさ。手伝うに決まってんじゃん」
私も止音君を見つめて微笑む。
本来なら、私は死ぬはずだったのだ。
白滝柳宮にあの写真を届けたから、命を狙われた。
でも、助かった。
止音君が助けてくれた。
私に居場所を与えてくれた。
「それで、私の初仕事はなんですかい?」
「君たち二人に頼みたいんだ。彼女が決意した時、殺されてしまわないように。それできっと君たちの生存もばれてしまうだろうけれど、その辺に抜かりはない。気にせず動いてくれ」
「簡単に言ってくれるわね。ったく」
私は踵を返し屋上のドアに向かって歩き出す。
そこには、私を待つ一人の少女。
「聞いてた? さっさと行くよ、優奈」
「りょーかいだよ、智佳斗ちゃん」
私たちが動き出す。
殿とゆかいな仲間たちとか訳の分かんないチーム名だけど、そんなことはどうでもいいのだ。
ようやく見つかった私の居場所。
そこからすら追い出されないために……
助けてみせましょう、高梨有伽をっ。
-------------------------------------
わたくしはそんな声が聞こえている下の階で、天井から上半身を出して有伽さんを見ていた。
正直、こんな結末になるとは予想していなかった。
きっとわたくしの記憶は無くなっていて、彼女を暗殺対象として追うだけの存在だと思っていたのだから。
これも不幸之手紙を破ったせいなのかしら?
電車内での記憶があるせいで殺し辛くなったではありませんか。
それに……今の彼女は、あまりに、報われない。
そんな彼女を、わたくしは……本当に殺せるのでしょうか?
「【天井下】さん、ついに連絡着たよ? 参加……するんだよね?」
「【尾獲枝】。何故ここに来ましたの?」
「別件でぇ~す。上の方の人たちを探りに来ました」
「殿と愉快な仲間たち……か。今日初めて知りましたけど、まさか鮎川智佳斗たちが生きていたとはね。驚きですわ」
「上からソレについても殺してしまっていいって連絡は来てる。でも、強制じゃないみたい。きっともう上にとっての脅威とは捉えられていないんだね」
「……まぁ。どっちでもいいわ。敵対して来るのなら諸共に撃ち抜くのみ。お覚悟を有伽さん」
わたくしはもう一度高梨有伽に視線を送る。
絶望に泣き崩れる少女はまだ気付いていない。
この世界は、既に過去を改変された世界であることに、そして、彼女が犯してしまった罪を、彼女はまだ知らない。
そしてもう変えることなど出来ない。
上司殺し(・・・・)をしたグレネーダーにはもう、彼女の居場所はないのだ。
さぁ、逃走劇の始まりですわ高梨有伽。あなたは逃亡の果てに、何処へ辿りつけるのかしらね?
「次に会う時は……敵ですわね」
出会い方さえ間違えなければ、きっと、いい友人になれていただろう少女に、わたくしは一度だけ、黙祷した。
次回章は居場所を捨てた妖少女です。




