無力な私
「真奈ちゃん。行こう」
私は真奈香の腕を引いて歩きだす。
下手に急いで走れば不信感を皆に与えてしまう。
早く。早く逃げよう。もう、何時連絡が来てもおかしくないはずだ。
「あ、あの、高梨さん。ありがとう。あなたが適確に判断してくれたおかげで被害を最小限に食い止められたわ」
「いえ、ボクも咄嗟でしたから。草壁さんたちも、無事で何よりです。それで……ちょっと精神的に疲れまして、一度支部に戻らせていただいてもよろしいですかね?」
「ええ。のっぺっぽうは撃破して脅威は去ったみたいだし、後始末は私達でやっておくわ。処理班はもう帰っても大丈夫よ」
「ありがとうございます。では、真奈ちゃん、行こう」
そう草壁さんと家仏さんにお辞儀をして帰路についた時だった。
タァン。と乾いた音が一度だけ、響いた。
私は背中を押されて前につんのめる。
なぜ? と身体を捻って見た光景は……
真奈香の胸元を貫通して通り過ぎていく一発の銃弾……だった。
スローモーションのように真奈香が崩れ落ちて行く。
……は?
え? 何? どういうこと?
真奈香が……なんで?
ドサリ。崩れ落ちる真奈香。
尻もちをついた私に見えたのは、こちらに硝煙燻ぶる銃口を向けて立っている一人の男。
坂出……那澤。
「な、なんで……」
「さ、坂出さんッ!? 何をッ!」
「黙れ家仏。今の言葉を、聞き流せると思ったか高梨有伽。貴様言ったな。【蛭子】と」
……真奈香? 真奈香、なんで、どうして……
私は真奈香に這い寄る。
必死にゆする。真奈香から少しづつ血が、血が溢れだす。
「やだ……真奈香? 真奈香ぁ――――ッ」
「答えろ高梨有伽ッ! 貴様、研究所から逃亡した蛭子神を匿っているのかッ!」
ヒルコ? 匿う? お前こそ。お前こそ黙れよッ。
ふざけんなッ。ふざけんなクソ野郎ッ。
これが、一度きりのチャンスだったんだ。
真奈香を救う、たった一度の……
なのにまた。また救われたっ。
また真奈香が私の身代わりにッ。
ふざけるなっ。私がどれだけ、どれだけこの過去に賭けていたか……
「一度きりのチャンスだったんだ。過去を変えられる唯一の。なのに……坂出那澤ァァァッ!!」
「過去を変える……!? 貴様、白滝柳宮の能力を使ったのか!? 犯罪者の力を使うと言う事実が分かっているのか高梨有伽!」
「うるさいッ! 黙れ貧乏神がァッ」
立ちあがる事すら時間が惜しいと、私は尻餅から全身を前に傾け一気に走り出す。
何も言わずともヒルコが七支刀を取り出す。
無言で受け取り気合い一閃坂出向い剣を……
ぐんっ。と剣に抵抗感を感じた。
なんだ? と思って背後を見れば、因幡阿南の髪が七支刀まで伸びて絡みついている。
【麻桶の毛】。邪魔をするなッ!
「だ、ダメですッ。上官を傷付けたら、反逆罪で……」
「上官なら部下殺しても良いってのッ。ふざけんな。どけ、どいてよッ。貧乏神が殺せないでしょうがァッ」
「落ちついて、落ちついてくださいっ。総務の皆さん、上下さんを病院に、もしかしたらまだ……」
「わ、わかったわ。でも、心臓付近だし、生存率は高くないわよ」
草壁さんと家仏さんが真奈香を抱えて去っていく。
だが、それで、赦せとでも? こいつは、真奈香を、私を躊躇い無く撃ちやがったのにっ。
何か、何かないか? 稲穂のナイフを使っても絡め取られたら終わる。
ここからあのクソ野郎を殺す確実な一手……絡め取る?
ああ。そうか。そうだ。忘れてた。
私は何の妖使いだった?
垢舐めだ。そうだよね? そうだった。
私は思い切り舌を噛む。一瞬の痛みと共に口内に広がる血という名の黒い悪夢。
濡らした舌を一気に吐き出し坂出向って振り被る。
水滴の如く飛び出す【黴】。離れた場所から坂出向けて跳びかかる。
当れッ。
そう思った時だった。
不意に、身体から意識が剥がれて行くような感覚があった。
なんだ? と思うと同時に上空へと引き離される様な感触。
視界が自分から、現場を俯瞰するように上空からの視界へと変化する。
自分の身体が急激に遠ざかる。
まさか、引き戻される?
未来に? なんで? まだ、まだだ。まだ戻れないっ。
真奈香の生死を見ていない。
隊長を救えてない。
それに貧乏神もまだ、まだ殺せてないッ。
嫌だ、待って。お願いっ。まだ、まだ戻れないのっ。
これじゃ未来が変わらないっ。全く変わってくれないっ。
私は必死に手を伸ばす。
既に豆粒のようになった自身の姿を求める。
雲の上に消える自分の意識が急速に光に包まれた。
ああ。戻ってしまう。
どう、変わってしまうのだろう? どう、変えれたのだろう。
お願いだから隊長。目を開けた私の前で、微笑んでいてください――――
……
…………
……………………
ふっと、現実感が戻った。
私は虚空を掴んでいて、目の前にあるのは地面に落ちた銀色のペンダントが一つだけ。
いや、違う。これは……ロケットだ。
周囲を振り向く。誰も、いない。なにも、ない。
銀色のロケットが……残されているだけだった。
「たい……ちょう?」
これって……嘘……だよね? 冗談だよね?
ドッキリだよね? 真奈香と二人でやってる立ちの悪い冗談……
周囲を見回す。
周りには隠れるような場所もない。
近くに人の気配はなかった。
直前まで持っていたはずの手も、隊長も、何もかも。
ただ、彼が居たという痕跡に、銀のロケットが落ちているだけだ。
思わず掴みあげる。
隊長のに似てる。でも違うものだ。
違うモノの……はずなんだ。
ボタンを押してロケットを開く。
果たして、そこに貼られた写真は……一枚のプリクラだった。
セミロングの綺麗な女性と、私の良く知る男の人が写った一枚の写真。
「救えなかった……? 一度きりだったのに、救いたかったのにっ」
心が引き裂かれたようだった。
どこにも向かえない思いが込みあげる。
私はやれたと思ったんだ。真奈香を救えたと……なのに、なのにどうしてっ!?
泣いた。
泣きすぎて、目が腫れて、声が枯れて。それでも泣いた。
惨めすぎて、切なすぎて、何もできなくて……
全て戻せる。なんとかなる。そんな希望の全てが打ち砕かれて……
声にならない叫びも、絶望の慟哭も、もう、誰にも届かない。
助けてくれる人も、救ってくれる人も、私にはもう……何もなかった。
救いたい人も、救ってほしい人も、同時に失くして、これから先、私はどうすればいい? 何を頼りにすればいい?
誰か、誰でもいい、助けて。
ああ……私は、無力だ――――
名前: 因幡 阿南
護送係の女。
田舎の垢抜けない感じのお嬢様といったタイプ。
真奈香に有伽ハーレム入りを密かに狙われている。
特性: 悪心必滅
妖名: 麻桶の毛
【欲】: 悪行を懲らしめる
能力: 【不機嫌伸毛】
不機嫌になると髪の毛が伸びる。
【枝毛】
一つの毛から幾本もの枝毛を生やせる。
【捕縛】
悪行を行った者を自動的に縛りつけることが出来る。
手動による巻き付けも可能。
相手に罪悪感が無ければ無効。
【神属性】
この能力を持つ者は神意能力の強制を受けない。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




