お前は消えろ
…………
……………………
………………………………
はっと我に返る。
どうなった? 時間は巻戻った?
ここは……
目の前に塚地陽大がいた。
ボコリ。塚地の頭が不自然に膨れ上がった。
それを見た瞬間、私は嫌悪感を覚えなかった。
むしろ歓喜に打ち震える。
戻った。
戻れた。この場所に、この時間に、この瞬間にッ!!
行ける。やれる。やり直せるッ!!
「あ? え? あれ? 俺、今、何しようとして? あれ? てかお前ら誰だっけ?」
丁度今、塚地の妖能力が発動した所の様だ。
余裕な時間は殆ど無い。
やることなど限られているが一つしかないだろう。
「……ナイフ、出して」
一瞬、私が誰に言ったか理解できなかったらしい。
というか。そうだった。私はこの時恐怖で身体が動かない状態だ。
じゃあ私の腕を切ることが出来ないじゃないか。
黴を外に出せない。
仕方ない。暴露されるかもしれないが、もう覚悟は済んでいる。
「ヒルコ、私の腕を切って」
『え? ええっ!?』
「た、助け、俺の意識が消えるっ。消えちまうよぉっ。なぁ、ぐれ、れねーだ、だぉぉ? だず、げでぇぇぇ……」
ダメだ、時間が無い。急げ、急げ急げ急げッ!
「ヒルコッ、さっさとしろォ――――ッ!!」
思わず叫んでいた。
私の気迫に思わず動き出すヒルコ、慌てたようにナイフを取り出し私の手首を切り裂く。
途端に溢れ出る漆黒の体液。
「わかってる? うん。お前達も理解してるね。頼んだよ【黴】アレを、喰らい尽くせッ」
それでも、黴が浸食するより肉片が彼らに触れるのが早かった。
紅葉葉さんと堂島さんだけは助けきれなかった。
二人が肉塊にされる様を見せられながらも、黴が肉へと到達する。
後は前回と一緒だ。
これで助かる命が在る。それだけで充分なんだ。
肉が黴に彩られて悶える。
家仏さんが草壁さんに追い付き首根っこひっつかんで退避する。
どうやら彼も救う事が出来たようだ。
そして……
「有伽ちゃんっ!」
たった一度きりの、もうやり直しの効かない一度きりの好機。
私に許された、最後のあがき。
隊長の妖、【釣瓶火】の能力。
後悔する者を、たった一度だけ過去に戻ってやり直させてくれる私の希望。
その希望の声をようやく聞けた。
私は思わず泣きそうになる。
それでも必死に耐えて告げる。今、私に近づくと危ないから。
「大丈夫、真奈ちゃんはそこにいてっ!」
駆け寄ろうとする真奈香を手で制し、肉の壁へと向き直る。
いつもいつも助けられた。
最後の最後まで助けてくれた。
自分の命すら投げ出して、私を助けてくれたから。
――今度は、私が助ける番だ。
「ずっとね、今のままが続くと思ってたんだ。隊長が居なくなるなんて、真奈香が居なくなるなんて、予想すらしたくなかった。でも、もう、後悔したくないから」
ようやく私の身体が麻痺から解けた。
ヒルコからナイフを受け取り、逆手にも傷を入れる。
二倍の放出になった黴たちが肉の塊へと殺到する。
こいつだ。こいつの暴走が真奈香を殺した。
彼自身に罪は無い。被害者なのだ。妖に目覚めただけの被害者なのだ。それでも。
直接グレネーダーと関係ないとはいえ、絶対に許せることじゃない。
だから、消す。一番最初に、欠片も残さず。
「お前は消えろぉぉぉ――――ッ!!」
喰らって、喰らわれて。
減っては増えて。
永遠にも似た生存戦争は、やがて肉片の全てが黒く染まって見えなくなった。
喰うものが無くなった黴たちが私の元へと戻って来る。
ありがとう。あなたたちの御蔭で、真奈香を救えたよ。
後は……隊長だ。
多分普通に出会っても闘う事になるはずだ。
そうなった場合の結末など一つしかない。
そう、隊長の死。
それを回避するには私だけじゃ無理だ。
真奈香に協力してもらうしかない。
いや、そうはならないかな? とりあえずグレネーダーの叛逆者になっちゃったみたいだし。
「有伽ちゃんっ」
「真奈ちゃん、無事?」
駆け寄ってきた真奈香に、私はようやく振り向いた。
過去に戻って初めて視界に収めた真奈香の顔に、自然と、涙があふれてしまう。
何故だろう、本当に自然と、私は駆け出し真奈香を抱きしめていた。
「う、うん、ぶ、ぶぶぶ、無事だけど、どどどうしたのっ?」
顔を赤らめ恥ずかしそうに混乱する真奈香。
そんな彼女の身体をギュッと抱きしめる。
きっと理由は分からないだろう。突然抱きしめられて泣かれるのだから。
「なんでもない。ただ……凄く嬉しい」
真奈香を救った。救えたんだ。未来を変えられた。
これで次に繋がる。
未来に戻ってしまっても、真奈香に任せておけば隊長を助けられるかもしれない。
でもまずは、ここから逃げないとっ。いつ坂出さんたちに私の事がバレるとも分からない。
名前: 草壁 狸狐
総務係の現係長。
あらあらうふふの使い手でよく笑う姿が見られるやり手の女性。
未だグレネーダー内で彼女が怒った所を見たモノはいない。
特性: 戦略家
妖名: 隠神刑部狸 またの名を八百八狸
【欲】: 計画を立てる
能力: 【野心家】
大きな地位に就きたいという欲望が増える。
【八百八狸】
狸たちを部下として使役する。
【軍略補正】
戦争に際する軍略などを立てる時戦場の俯瞰能力が高まる。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




