有伽 VS 隊長
隊長は無言で一歩踏み出す。
私に向け、さらに一歩。
その歩みに戸惑いは無い。本気で私を止めようとしている。
でも、止まれない。
「隊長、初めてあったのは四月頃でしたね」
「……そうだな」
「あの頃は私、ただの赤舐めでしかなかったから、蹴りの一撃で終わってました」
「ああ。普通の女学生だ。私の攻撃を避けられても困る」
「まだ、半年も経ってないんですよね。でも、私にとってグレネーダーはとても過ごしやすかったです」
「私もだ。ずっと、あのままでいたいと思った。だが、人は変わる。場所は移ろう。ずっと変わらない場所などという場所は無い」
「そう。そして人間も。変わる。だから隊長。今の私を、あの頃と一緒にしていたら、隊長でも死ぬかもしれませんよ」
「ほう。大した自身だな。【黴】を手にしただけで随分と尊大になったものだ」
「【黴】? 違いますよ隊長。尊大なんじゃないんです。今の私は、本気で、隊長を倒してしまいかねないから……警告してるだけです」
私の言葉に不穏な気配を察したのだろう。
隊長は怪訝な顔で警戒を始める。
「……行きます。あなたを倒し、真奈香を救う」
「行かせん。お前を倒し、お前を救う」
次の言葉は無かった。
無言のまま私は走る。
隊長も同時に走る。
「草薙ぎ!」
私の言葉に左腕からせり出す七支刀。
出て来た柄を右手で掴み引き抜く。
どこからともなく現れたその剣に隊長は息を飲みながらも蹴りつける。
自動で迎撃を行う七支刀。
その剣を持った瞬間、私の身体はまるで歴戦の剣士のように適確に相手の攻撃を防ぎ出す。
蹴りを拳を弾き、逸らし、反撃する。
闘えていた。
あの隊長と互角の戦いを行えていた。
私は強くなった。
その実力は未だに赤舐めでしかないけれど、借りモノの力はいくつもある。
銃弾の連撃すら受け切る七支刀の動きに、さすがの隊長も焦りを見せる。
こんな武具は聞いたことが無いと目が言っていた。
「くっ」
どれ程の連撃を加えようと全て剣一本で防ぐ私に忌々しそうに呻く。
「ならばッ」
隊長が一度バックステップして距離を取る。
すかさず走りだす隊長。
拳の一撃を逸らそうと剣を振った瞬間、拳が開き掌で剣を受け止める隊長。
当然、刃を掌で受け止められるはずもなく、そのまま掌へと喰い込んで行く。
さすがに焦った。
隊長を再起不能にするのが私の目的じゃないのだ。
痛めつけるつもりなどなかった。
が、隊長は気にせずさらに足を踏み込むと、もう一つの拳を握り込む。
「歯を喰いしばれ有伽ァッ!!」
渾身の一撃が私に襲い掛かった。
焦って逃げようとする。
が、手にした七支刀が隊長の腕に食い込んでいるせいで逃げ切れない。
結果、私の顔面に隊長の拳が叩き込まれた。
「これはっ!?」
隊長が目を見開く。
私の顔面と拳の間に不自然に広がる粘体。
拳の威力を完全に殺しており、私へのダメージは皆無だ。
『有伽、物理ダメージは吸収スルから、負けナイで』
「ヒルコ!? ありがとっ」
そうだ、隊長の攻撃でただやられるわけじゃない。
私は【黴】を使わなくたって隊長を無効化できる。
それだけの力があるっ。ヒルコのおかげで物理攻撃は封じた。
私を傷つければ【黴】が暴走するので下手に切り裂く事も出来ない。
防御面は完璧。攻撃だって、自動で戦ってくれる草薙ぎの剣を託されている。
全部、私の力じゃないけれど、それでも、隊長と互角に戦える。
「まさかとは思ったが、生きていたのか【蛭子神】!」
「ヒルコ、稲穂のナイフ!」
途端、ヒルコから飛び出るナイフを掴み、私は隊長に切りかかる。
舌打ちと共に跳び去る隊長。
七支刀が食い込んでいた腕を引き離し、息を整える。
次の瞬間、隊長がぶれた。
時間を巻き戻したのだ。
つまり、今、私に向って飛び込んだはずの隊長は過去を変えた。
隊長は私に向って飛び込まなかったという未来に変わったのだ。
当然、七支刀で裂いた腕は元通りになっている。
さすが隊長。一筋縄では攻略出来そうにない。
でも。真奈香を助ける為に、隊長、今だけは、倒させていただきます!
「ちぃっ、お前の成長は眼を見張る物があったが、ここまでやっかいになるとはな」
さすがに予想外だったようで、私の力を改めて脅威と認識したらしい。
警戒しながらも攻略法を考え始めたのが分かる。
当然、このままこちらを攻略させる手を見付けさせる訳にはいかない。
ここは攻めの一手に賭ける。
「次はこちらから、行きます隊長!」
「ちっ。考える時間を与えんつもりか」
といいつつも迎撃態勢を取る隊長。
稲穂のナイフをヒルコに戻し、私は七支刀を構えて走り出す。
隊長、覚悟してください。
皆を救える幸せな最後を目指すから。必ず到達して見せるから。
だから、真奈香をまずは救わせて!




